第十七話 赤鱗将軍ヴァルド
戦場の喧騒の中、赤鱗軍の将――ヴァルドが進み出た。
全身を覆う重装甲は竜鱗を鍛え上げたもの。肩に担ぐ大斧は竜骨を刃に仕立てた戦斧。
その威容は、ただ立つだけで周囲の兵の士気を高め、敵を圧倒する存在感を放っていた。
「黎明国の主よ……名は、蓮だったな」
低く響く声。戦場の騒音すら押しのけて届く威圧の波。
「そうだ。俺が黎明国の代表だ」
蓮は一歩前に出て、敵将を正面から見据える。
「フッ……小国の首領風情が、よくぞ堂々と名乗ったものだ」
ヴァルドは嘲笑を浮かべ、大斧を地面に叩きつける。轟音が走り、土煙が上がる。
「だがその胆力、ただの烏合の衆ではない証拠だ。……だからこそ、叩き潰す価値がある!」
赤鱗軍が鬨の声を上げた。
蓮の背後では、仲間たちが固唾を飲んで見守っていた。
「蓮……気を付けて!」
リーナが叫ぶ。
「将軍は“生きる戦場”そのものよ。あらゆる武技と経験を積み重ねた怪物……」
イリスが冷静に分析する。
「だが、あれを止められるのは蓮しかいない」
カイエンが唇を噛みしめながら呟いた。
◆ ◆ ◆
蓮は深く息を整え、無限アイテムボックスを開いた。
取り出したのは、先日強化した魔導剣《黎明》。
竜の魔核を組み込み、光属性と全属性魔法の増幅機能を備えた、彼自身の象徴ともいえる武器だった。
「お前を止めるのは、この剣だ」
「面白い!」
ヴァルドが雄叫びを上げ、大斧を振りかぶる。
「我が赤鱗軍の名に懸け、力尽くで押し潰す!」
大斧が振り下ろされる。
その一撃は風を裂き、地を割るほどの威力を帯びていた。
「くっ――!」
蓮は剣で受け止めた。
衝突の瞬間、凄まじい衝撃が全身を駆け抜ける。地面が陥没し、周囲に土砂が飛び散った。
「軽く受け止めるか……なるほど。小国の首領にしては、やる!」
ヴァルドが笑う。
「やるのはこれからだ!」
蓮は剣を押し返し、魔力を込めた。
「――《光刃衝波》!」
剣先から放たれた光の衝撃波が、ヴァルドを直撃する。
しかし、竜鱗の鎧に弾かれ、傷一つ付かない。
「これが竜鱗鎧の力よ! 並の魔導剣では貫けん!」
「なら――もっと全力を見せるだけだ!」
蓮は再びアイテムボックスを開き、爆裂結晶をいくつも取り出して地面に叩きつけた。
瞬時に連鎖爆発が起こり、爆炎がヴァルドを包む。
「うおおおおっ!」
ヴァルドの咆哮が爆炎を突き破った。
炎に包まれながらも怯まず、むしろその気迫は増していた。
「効いたようだな」
蓮が小さく呟く。
鎧の表面には確かに焦げ目が走り、隙が生まれていた。
◆ ◆ ◆
戦況を見守る仲間たちも緊張を強める。
「蓮の攻撃が通じてる……でも、あれだけで倒せる相手じゃない」
リーナが拳を握りしめる。
「大丈夫。蓮なら必ず突破口を見つける」
イリスの声は冷静だったが、その瞳には確かな信頼が宿っていた。
ネフェリスは震える声で祈るように歌を紡ぎ、兵士たちの心を落ち着けた。
◆ ◆ ◆
「さあ、次はどう出る?」
ヴァルドが笑う。
「俺は戦場で育った男だ。数え切れぬ屍を踏み越えてここに立っている! 小僧の魔導剣ごとき、俺の魂を砕くことはできん!」
「……あんたがどんな過去を背負っていようと、俺は退かない」
蓮は静かに剣を構えた。
「俺には守るものがある。この国と、人々の未来だ!」
再び激突が始まった。
斧と剣が火花を散らし、衝撃波が戦場を揺るがす。
ヴァルドの斧が振り下ろされるたびに、地面が裂ける。
蓮の剣が閃くたびに、光が闇を切り裂く。
両者は互角。
だが、ほんのわずかな隙を突けるかどうかが勝敗を分ける。
◆ ◆ ◆
「これで終わりだ!」
ヴァルドが渾身の力で大斧を振り下ろす。
その瞬間、蓮はアイテムボックスから取り出した閃光玉を足元に叩きつけた。
眩い光が走り、ヴァルドの目を奪う。
「――今だ!」
蓮は跳躍し、剣に全魔力を込めた。
「黎明剣技・終刃――《光穿一閃》!」
白光の刃が竜鱗鎧の焦げ目に突き刺さり、甲冑を貫いた。
「ぐおおおおおっ!」
ヴァルドが絶叫し、膝をつく。
「勝負は……俺たちの勝ちだ!」
蓮が叫ぶと、周囲の兵たちが歓声を上げた。
◆ ◆ ◆
赤鱗軍は将を失い、動揺の中で退却を余儀なくされた。
黎明国の防衛線は守られたのである。
「……やったな、蓮」
リーナが駆け寄り、笑みを見せる。
「ああ……でも、まだ始まりにすぎない」
蓮は息を整えながら答えた。
彼の眼差しは、すでに次なる戦い――帝国本軍との決戦を見据えていた。




