第十五話 赤鱗軍の進軍
夜明け前の黎明国。
まだ薄暗い空の下で、村の広場にはいつもより多くの人々が集まっていた。
「蓮様、南の国境で帝国軍の動きがあったとの報告が!」
急ぎ駆け込んできたのは、ローヴァ村から派遣された斥候だ。
「赤鱗の紋章を掲げた部隊……間違いなくヴァルド将軍の軍勢です!」
その名を聞いた瞬間、場の空気が一変した。
「赤鱗のヴァルド……帝国でも屈指の猛将だ」
イリスが厳しい声音で言う。
「戦場で一度も敗れたことがないと言われる男。その軍勢が動いたということは、黎明国を本気で潰す気だわ」
「……やっぱり来たか」
蓮は静かに息を吐いた。
「地竜を討った時点で、帝国は放っておかないと思ってた」
「蓮兄! 俺たちも戦えるぞ!」
若い兵士が拳を握りしめる。
「竜の鱗で作った武具もあるし、訓練だってしてきた!」
「焦るな」
蓮は彼の肩を押さえた。
「戦うことは避けられない。でも、ただの正面衝突じゃ勝てない。俺たちは“逃亡者”であり、“建国者”だ。知恵と準備で乗り越えるんだ」
◆ ◆ ◆
一方その頃、帝国軍本陣。
荒野を埋め尽くすように並ぶ赤鱗軍の旗。およそ五千の兵が、統制された動きで行軍していた。
「将軍、進軍速度を落としますか?」
副官が馬を寄せて問う。
「不要だ」
赤鱗将軍ヴァルドは分厚い胸甲を鳴らしながら答える。
「奴らはまだ小国もどき。防備も整っていまい。力で叩き潰せば終わりだ」
彼の背には、竜の骨を組み込んだ巨大な斧があった。
その存在感だけで兵士たちの士気は異様に高まる。
「我ら赤鱗軍は敗北を知らぬ! この進軍で黎明国の灯を消す!」
雄叫びが荒野に響き渡った。
◆ ◆ ◆
黎明国の作戦会議。
蓮を中心に、リーナ、イリス、カイエン、ネフェリス、ノアらが集まっていた。
「敵は五千。こちらは民兵を含めても千に満たない」
ノアが計算した数字を示す。
「正面から戦えば、勝率は二割以下」
「勝てない戦はしない。それが俺たちのやり方だ」
蓮は言い切った。
「無限アイテムボックスを使う。資材を投入して防衛線を築き、同時に魔導罠を仕掛ける。竜の素材もここで役立つはずだ」
「なるほど、正面衝突じゃなく“迎撃戦”ってわけね」
リーナがにやりと笑う。
「面白くなってきたじゃない」
「ただし問題は、住民をどう守るかだ」
イリスが冷静に指摘する。
「戦える者は限られている。子どもや老人は早めに避難させなければならない」
「避難先なら、山岳の洞窟を使える。以前探索した時に、十分な広さを確認した」
ネフェリスが提案する。
「よし、避難部隊は俺とリーナで護衛しながら先導する」
カイエンが力強く言った。
「じゃあ、残った兵力で帝国軍を迎え撃つ。竜の鱗で強化した防具、魔導罠、そして……俺の魔法を総動員する」
蓮の声が響き、全員が頷いた。
◆ ◆ ◆
夜。
黎明国の外れでは、蓮が静かに術式を描いていた。
「これは……?」
リーナが近づくと、光の紋様が地面に広がっている。
「転移阻害陣だ」
蓮は汗を拭いながら答える。
「帝国の魔導師が奇襲を仕掛けても、これで一時的に封じられる」
「さすがだね、蓮。……でも、無理はしないで」
リーナは心配そうに見つめた。
「大丈夫。俺は“逃げる”ために力を得た。でも今は――守るために使う」
その言葉に、リーナは小さく笑った。
――黎明国を守る戦いが、目前に迫っていた。




