第十三話 初めての交易
黎明国が旗を掲げてから十日余り。
畑には芽吹きが揺れ、村人たちの顔にも笑顔が戻りつつあった。
だが物資の不足は依然として深刻であり、交易は避けて通れない課題となっていた。
「では、出発だ」
蓮は仲間たちに声をかける。
今回の交易隊は、蓮、リーナ、ネフェリス、ノア、そして護衛としてカイエン。
人数は少ないが、機動力を重視した布陣だった。
「イリスは留守を頼む。国の中をまとめられるのは君しかいない」
「任せて。……でも、無茶はしないでね」
イリスの心配げな眼差しに、蓮は小さく頷いた。
◆ ◆ ◆
交易先に選んだのは、山岳地帯にある集落「ローヴァ村」だった。
石材の産出で知られ、黒牙軍の支配もまだ及んでいない。
道中、ネフェリスが鼻歌を歌いながら歩く。
「ねえねえ、交易って楽しみだよね。どんな人に会えるんだろう?」
「お前は遠足気分か」
カイエンが呆れたように笑う。
「でもまあ、その明るさが交渉には役立つかもな」
「僕は石材の質を重点的に調べたい」
ノアはすでに手元のメモをめくりながらぶつぶつと考えていた。
「俺は……ちゃんと国の代表として話せるかどうかだな」
蓮は苦笑し、深呼吸をした。
「大丈夫よ」
リーナが隣で言った。
「蓮は、蓮の言葉で伝えればいい。きっと通じる」
その言葉に背を押され、蓮の足取りは少しだけ軽くなった。
◆ ◆ ◆
やがて交易隊はローヴァ村に到着した。
山の斜面に張り付くように家々が並び、岩壁を削った採石場が広がっている。
「よそ者か……」
警戒する声とともに、数人の男たちが現れた。
リーダー格の老人が目を細め、蓮たちを見据える。
「何用だ?」
蓮は一歩前に出て、深く頭を下げた。
「俺たちは黎明国の者です。交易を望んでここに来ました」
「国、だと……?」
老人が目を見開く。
「ただの村人ではなく、国を名乗るか」
「はい。まだ小さな国ですが、未来を築こうとしています。そのために石材や鉱具が必要です。代わりに、食料や薬を提供します」
蓮の言葉に、周囲の村人たちがざわめいた。
「食料……? 本当にそんなものがあるのか?」
蓮は無限アイテムボックスを開き、取り出した。
新鮮な穀物、干し肉、保存食、そして回復薬。
山村では手に入りにくい品が、次々と目の前に並べられる。
「……!」
人々の目が一斉に輝いた。
「これだけの物資を持っているのか……」
老人は驚愕を隠せなかった。
しばしの沈黙の後、重々しく頷いた。
「よかろう。交易を受け入れよう。ただし――」
「ただし?」
「お前たちが本当に“国”であるなら、我らを守れる力を示してみせよ」
◆ ◆ ◆
その言葉の直後、集落の外から轟音が響いた。
岩壁が崩れ、巨大な魔獣が姿を現したのだ。
「地竜〈ロック・ドラゴン〉……!」
ノアが顔を青ざめさせる。
山岳地帯に潜む危険な魔獣で、硬い鱗を持ち、並の武器では傷一つつけられない。
「おお……神よ……!」
ローヴァ村の人々が悲鳴を上げ、逃げ惑う。
リーナが剣を構え、ネフェリスが詠唱を始める。
「蓮、どうする?」
蓮は無限アイテムボックスを開いた。
取り出したのは――強化された爆裂弾と、魔力を帯びた鎖。
「証明してみせるさ。俺たちが“国”を築く力を」
蓮と仲間たちは、地竜へと突撃した。
◆ ◆ ◆
戦いは激しかった。
リーナの剣が火花を散らし、カイエンが槍で隙を突く。
ノアの魔導装置が砲撃を放ち、ネフェリスの歌声が仲間を癒やす。
そして蓮は、鎖で地竜の動きを縛り、爆裂弾を弱点に叩き込んだ。
「これで――終わりだ!」
轟音と共に爆炎が広がり、地竜の咆哮が山にこだました。
巨体は崩れ落ち、地面を震わせた。
沈黙の後、ローヴァ村に歓声が響いた。
「すごい……! 本当に倒した!」
「奴らはただの旅人じゃない……!」
老人は深く頭を下げた。
「黎明国……その力、しかと見た。これより我らはお前たちと交易しよう」
こうして黎明国は、初めての同盟を手に入れた。
◆ ◆ ◆
だが、遠くからその様子を見つめる影があった。
帝国の密偵だ。
彼は地竜を討伐する蓮たちの姿を目に焼き付け、冷笑を漏らした。
「……これが黎明国。将軍に報告せねば」
その報告はやがて、赤鱗将軍ヴァルドの耳に届き、さらなる嵐を呼ぶことになる。




