第十二話 赤鱗将軍の影
黎明国が正式に名を掲げてから数日。
村人たちは以前よりも活気に満ち、畑には芽が出始め、防衛線には新たな見張り塔が建ちつつあった。
旗印の星が風にたなびくたび、人々の胸に誇りが芽生えていく。
「よし、この水路で畑はしばらく安泰だな!」
カイエンと若者たちが土を掘り、川からの水を引き入れる。
「怪我もだいぶ良くなったわ」
ネフェリスが治療を終えた兵士を励まし、歌声のような魔力で人々の心を和ませていた。
蓮はその様子を見守りながら、胸の奥に熱いものを覚えた。
「……少しずつでも、国になっていくんだな」
イリスが隣に立ち、書簡を手にしていた。
「ええ。人々はもう、この国を信じ始めている。でも――」
「でも?」
「帝国は、そう簡単に見逃さないわ」
イリスの言葉に、蓮は真剣な表情を浮かべる。
◆ ◆ ◆
その頃、帝国の奥地――黒牙軍本陣。
赤い甲冑をまとった巨躯の男が、玉座に座していた。
赤鱗将軍ヴァルド。
彼の周囲の空気は、炎のように熱を帯びている。
「ドルガが討たれたと聞いた時は耳を疑ったが……ふむ、あの村が国を名乗ったか」
ヴァルドの口元に冷たい笑みが浮かぶ。
「ならば面白い。潰すのは村より国の方が価値がある」
配下の兵士が跪き、報告する。
「将軍、既に補給拠点の整備は完了しております。いつでも進軍可能です」
「よい。だが急ぐな。奴らに時を与えれば、より多くの血と涙を刈り取れる」
赤い瞳が妖しく光り、戦乱を愉しむ気配が広がる。
「黎明国……愚かなる幻想を抱いたその首を、この手で刎ね落としてやろう」
◆ ◆ ◆
一方、黎明国の会議室――といってもまだ木造の集会所だが――では、蓮たちが次の計画を話し合っていた。
「農業、防衛、医療……基盤は整いつつある。でも、物資の不足はまだ深刻だ」
ノアが資料を広げ、指で示す。
「鉄や石材、加工用の器具……村だけでは限界がある」
「やっぱり、交易を始めるべきだな」
カイエンが腕を組む。
「近隣の集落と手を結べば、物資も人も増える」
「でも、帝国の目もある。交易は同時に危険を呼び込むわ」
イリスが警告する。
「だからこそ、俺たちが行こう」
蓮が決意を込めて言った。
「自分たちの目で確かめて、信じられる相手を探す。それが、国を広げる第一歩だ」
リーナが剣を膝に立て、力強く頷いた。
「私も行く。交易先を守るのも私の役目だ」
ネフェリスが手を挙げ、にこりと笑う。
「じゃあ私も! 歌があれば、初対面でも仲良くなれるでしょ?」
「外交に歌を……悪くないな」
イリスが思わず微笑んだ。
◆ ◆ ◆
その夜。
蓮は焚き火の前に立ち、掲げられた旗を見上げていた。
「帝国は必ず動く。だが、俺たちの国も立ち止まらない」
心の中で呟き、拳を握る。
――だが、その背後で静かに忍び寄る影があった。
帝国から放たれた密偵。
黎明国の発展を見届け、ヴァルドのもとへ報告するための存在。
「なるほど……これが新たな国か」
闇の中で密偵は旗を見上げ、冷笑を浮かべた。
星々の下にたなびく旗は、確かに人々の希望の象徴だった。
だが同時に、それは帝国にとって“消すべき灯火”でもあった。




