第十話 国づくりの礎
黒牙軍を退けた戦いから数日後、村はようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
しかし、村人たちの表情は安堵だけではなく、緊張と覚悟に満ちていた。
蓮は広場に立ち、人々へ向けて口を開いた。
「みんな。俺たちは戦いに勝ったけど、まだこれで終わりじゃない。むしろここからが本当の始まりだ」
人々が耳を傾ける。
村はもはや一つの集落ではなく、“国の核”になりつつあった。
「国を築くってことは、剣や魔法で守るだけじゃない。畑を耕し、家を建て、食べて生きる力を持たなきゃならない。だから、今から俺たちの国づくりを始める」
蓮の宣言に、広場はざわめいた。
戦で疲れた顔の中に、それでも希望を見いだそうとする眼差しが並んでいた。
◆ ◆ ◆
最初に着手したのは農業だった。
戦いで荒れた畑を整地し、無限アイテムボックスから取り出した種や肥料を配布する。
「これが……本当に“全部違う種類”の種なのか?」
若者が驚きの声を上げる。
「ああ。前に冒険の途中で手に入れた品だ」
蓮は微笑み、畑に膝をついて土を掘った。
「水を引く仕組みも作ろう。川から水路を整えて、畑を潤すんだ」
カイエンが頷く。
「俺と若者たちで水路を掘る。土木作業なら任せろ」
「ふふ、頼もしいわね」
リーナは笑みを浮かべつつ剣を杖代わりにしていた。戦での傷はまだ癒えていないが、それでも彼女の気持ちは前を向いていた。
ネフェリスは畑のそばで魔法を使い、土に栄養を与える。
「大地に歌を届けるよ。きっと豊かな実りが返ってくるから!」
彼女の声に合わせ、草木が揺れ、芽吹きが早まったように見えた。
その光景に、村人たちは思わず拍手を送った。
◆ ◆ ◆
次に進めたのは防衛線の強化だった。
黒牙軍の再襲来を防ぐため、木柵を補強し、見張り塔を建てる。
「この塔なら遠くまで見渡せる。敵が来ても、すぐに気づけるだろう」
ノアが新たに開発した魔導装置を塔に設置し、周囲を監視できるようにした。
「警報も鳴らせるから、夜襲にも対応できるはずだよ」
「素晴らしい。これで守りが格段に上がるな」
イリスは塔を見上げ、満足そうに頷いた。
「ただし……敵も学ぶ。今度は前より狡猾に攻めてくるだろう」
その言葉が、人々に緊張を走らせた。
だが同時に、備えあれば憂いなしという実感も広がった。
◆ ◆ ◆
夜。蓮は村の中心にある仮設の政庁――といっても、まだ大きなテントに過ぎないが――に仲間たちを集めた。
「農業、防衛……国としての形が少しずつ見え始めた。でもまだ足りないものがある」
「法律や制度……統治の枠組み、だね」
ノアが即座に答える。
「そうだ。みんなが安心して暮らせるためには、ルールが必要だ。だが、押し付けるんじゃなく、みんなで決める形にしたい」
リーナが微笑む。
「それって、“国民会議”みたいなものかな?」
「ああ。みんなの声を集めて、国を形作る。俺一人じゃなく、ここにいる全員で」
蓮はそう言って、仲間たちを見回した。
「ふふ、逃亡者のはずだったのに、いつの間にか“王”みたいになっちゃったね」
ネフェリスが茶化すように言い、皆の笑いが広がる。
だが蓮は首を振った。
「王じゃない。俺はただの一人の人間だ。だけど、この国を守る責任だけは、絶対に放さない」
その言葉に、イリスが静かに微笑んだ。
「だからこそ、あなたが人々を導けるのよ」
◆ ◆ ◆
その頃、遠く離れた黒牙軍の拠点。
敗戦の報告を受けた本隊は静まり返っていた。
「……将軍ドルガが討たれたか」
低い声が響く。
玉座に座る影――帝国の上級将官にして、“黒牙四将”の一人、赤鱗将軍ヴァルド。
「面白い。ならば次は、我自ら出陣するとしよう」
赤い瞳が妖しく光り、戦乱の炎が再び世界を焼こうとしていた。
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