第百四話 境界崩壊域〈ブレイクライン・ゼロ〉
蓮と“黒の蓮”の力が激しく衝突した瞬間、階梯世界の境界が、音を立てて――割れた。
白と黒の境界線が波打ち、まるでガラスの板が砕けるように世界そのものが断片化していく。
「っ……空間が崩れ始めてる!」
ミストが緊迫した声を上げる。
「二人の創造力が飽和して……階梯が耐えられないの!」
イリスが白銀の光で崩壊を押し返すが、それでもひび割れは止まらない。
世界そのものが――蓮と黒蓮の“理念の戦い”に耐えられず、分解されている。
◆ ◆ ◆
■ 崩壊する階梯、世界深層へ落下
「みんな、散開して!」
蓮が叫んだ瞬間――
白い大地が沈み込み、巨大な渦が足元に開く。
「わわっ!? これ落ちるやつ!?」
ネフェリスが叫ぶ。
「落ちる前に“落ちる方向”をコントロールする!」
マリルが魔導支援を展開するが、渦は光と闇を同時に吸い込み、そのどちらも飲み込む強引な力を持っていた。
「くそっ……!」
シャムがリーナを抱き寄せる。
「大丈夫か、リーナ!」
「う、うん……でも、これどこまで落ちるの……?」
崩壊の渦は止まらず、蓮と黒蓮までもを飲み込んでいく。
「蓮!」
イリスが手を伸ばす。
「大丈夫だ、イリス――!」
蓮が応えようとした瞬間。
渦が世界全体を引き裂き、全員を飲み込んだ。
景色が黒く反転する。
◆ ◆ ◆
■ 世界深層――“起源の裏層”
光が戻ったとき、蓮たちは全く別の空間に立っていた。
そこは――音のない世界。
地面は白く、空は黒い。
ただ上下が反転しただけの世界ではない。
重力さえ存在せず、時間も流れていない。
ただ“概念だけが在る世界”。
イリスが息を呑んだ。
「ここ……“起源の裏層”よ」
「起源……?」
ノアが驚く。
「創造階梯の最深部。世界が生まれる前の“理念だけの領域”……!」
ミストが信じられないというように囁く。
「そんなところに……俺たち来ちゃったのか……?」
シャムですら青ざめた。
だが蓮は――違うものを感じていた。
(……ここ、知ってる)
どこか懐かしい。
いや、違う。
これは――蓮が元の世界で“何かを諦めた瞬間”にいた場所に似ていた。
「蓮……?」
リーナが心配そうに覗き込む。
「いや……なんでもない」
蓮は首を振った。
しかし。
一歩前へ出た瞬間――
「!」
黒い世界が裂け、そこから“もう一つの蓮”がゆっくりと姿を現した。
黒蓮の姿は先ほどまでと違う。
輪郭がぼやけ、顔も、身体も、過去の影のように変質していた。
「お前……変わったのか?」
蓮が言うと、影の蓮はゆっくりと顔を上げた。
『此処は……お前が“逃げる理由を作った場所”』
蓮の心臓が跳ねた。
「なに……?」
影の蓮の声は、もはや無機質ではなく、蓮自身の“怯え”や“諦め”を混ぜたような濁りを帯びていた。
『創造主の階梯に立ったのは、お前の意思ではない。お前はずっと逃げていた。
戦いから。
責任から。
未来から。
――本当は今でも、逃げたいと思っている。』
「……っ!」
蓮の背筋に冷たいものが走る。
その言葉が、“事実”だからだ。
誰よりも近くにいたイリスが一瞬だけ蓮の手を握った。
それだけで、蔵のように閉ざしていた胸の奥が少しだけ温まる。
「蓮は逃げてない!」
ネフェリスが大きな声で叫ぶ。
「戦って、悩んで、それでもみんなを守ってきたよ!」
「逃げる気なら、こんな場所に来てねえよ」
シャムも拳を握る。
「蓮は……ぼくを救ってくれた」
ノアが静かに言った。
「逃げてる人に、できることじゃない」
「蓮くんは、自分の弱さを知ったうえで……歩いてる」
マリルも言葉を重ねる。
だが影の蓮は首を横に振った。
『違う。“逃げなかった”のではない。ただ――逃げる場所がなかっただけだ』
蓮の胸に刺さる。
あの世界で。
あの過酷な現実で。
確かに“逃げ場”なんてなかった。
(……俺は、逃げ場を失ってここに来たのか?)
そんな疑問が胸に灯った瞬間――
影の蓮が右手を振る。
黒い世界が音もなく形を変え、そこに“もう一つの世界”が姿を現した。
蓮が元いた地球。
疲れ切った自分。
崩れかけた日常。
誰にも頼れず、孤独だった自分。
「……これ……俺だ」
蓮は震える声で呟いた。
「そうだ」
影の蓮が告げる。
『創造主を名乗るなら――お前は“過去の自分”すら救えねばならない』
「過去の……俺を、救う……?」
『自分を救えない者が、どうして他人の未来を創れる?』
言葉に、蓮は息を飲んだ。
◆ ◆ ◆
■ “蓮自身”との戦いの本質が始まる
イリスが前へ出る。
「蓮。あなたの“理念の戦い”は、もう哲学でも力比べでもないわ」
「じゃあ……なんなんだ?」
蓮は震える手で拳を握りしめる。
「――“自己救済”。あなたの創造の核心はそこにあるの」
リーナも蓮の肩を掴んだ。
「蓮。過去のあなたを、今のあなたが否定しないであげて」
「俺が……俺を、救う……?」
蓮は影の蓮を見つめた。
そこに立っていたのは、敵でも怪物でもない。
“蓮自身の痛み”だった。
『さあ、蓮。創造主を名乗るのなら――まず自分を許し、救ってみせろ』
蓮は一歩踏み出した。
震える足を、必死に前へ。
「……わかったよ。逃げてたのは、確かにお前の言う通りだ。でも――」
蓮は拳を握る。
「逃げてた“俺”も、俺なんだ!」
影の蓮がわずかに目を見開いた。
「俺はその弱さごと抱えて進む。お前を否定なんてしない。だって――お前がいなきゃ“今の俺”はいない!」
光が蓮の胸からあふれた。
階梯の深層が震え、黒い世界が押し返される。
「だから行くぞ――一緒に超えるんだ、“俺”!」
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