プロローグ 神無き地平
夜空に広がる星々は、どこまでも冷たく、そして果てしなく遠かった。
その輝きの下で、一人の青年――蓮は、かつて築き上げた国家の地図をゆっくりと畳んでいた。
黎明帝国を退け、自由を求めて立ち上げた国。
そこには仲間たちの笑顔があり、民の暮らしがあった。
だが、世界は一つで終わらない。
因果の彼方に、新たな地平が存在していることを、蓮は誰よりも知っていた。
「蓮……本当に、行くの?」
背後から声をかけたのは、彼と共に歩んできた仲間、リーナだった。
栗色の髪を揺らし、不安げに見つめるその瞳には、別れを惜しむ色が宿っていた。
「行かなくちゃならないんだ」
蓮は静かに応える。
「俺たちが作った国は、もう自分たちの足で歩ける。だからこそ……次に広がる世界で、また新しい未来を探すべきだと思うんだ」
リーナは唇を噛み、やがて小さく頷いた。
「分かってる。蓮がそう決めたなら、私も……ついていく」
「ありがとう。だけど――」
「だけど、はナシ。ここまで一緒に来たんだもの。これからも、でしょ?」
力強いその言葉に、蓮は苦笑した。
仲間たちは皆、それぞれの覚悟を胸に抱いている。
無限アイテムボックスに収められた膨大な資源と知識、それを支える全属性魔法。
蓮一人の力ではない。共に歩んできた仲間と民の想いこそが、次の一歩を支えるのだ。
その時だった。
夜空を裂くように、まばゆい光が降り注ぐ。
空間が揺らぎ、見えざる渦が蓮たちを包み込んだ。
「これは……転移?」
「違う……もっと根源的な、因果の奔流だ!」
眩暈のような感覚。
足元から世界が崩れ落ち、星の海に呑まれていく。
仲間の声が、次第に遠のいていく。
――そして。
目を開けた時、蓮は見知らぬ大地に立っていた。
空は灰色に曇り、風は乾いて冷たい。
遠くに広がる大地には緑が乏しく、生命の気配が希薄だった。
それは、彼が知るどの世界とも違う、「神無き世界」。
「ここは……どこだ?」
思わず呟いた言葉に、背後からリーナの声が応じた。
「蓮……! 無事?」
「リーナ……よかった、君も一緒か」
やがて他の仲間たちも次々と姿を現す。
しかし、蓮の無限アイテムボックスは微かに震えていた。
――一部のアイテムが反応しない。
まるでこの世界の理そのものが、異質であるかのように。
「魔力の流れが……不安定?」
イリスが辺りの空気を感じ取り、険しい表情を浮かべる。
「この世界には、神の加護も律も存在しない。だから、魔法が根底から揺らいでいるのよ」
神のいない世界。
それはつまり、人が拠り所とすべき信仰すら存在しない、荒涼とした大地。
そんな彼らを、痩せた村人たちの視線が遠巻きに見つめていた。
虚ろな眼差し、やせ細った体。
生きる希望を失いかけている。
リーナが小さく呟く。
「蓮……助けてあげよう。この人たち、きっと待ってる」
蓮は頷き、拳を握りしめた。
そう、ここでも――彼にできることは一つしかない。
無双の力で、国を築き、人々を救うこと。
それが、たとえ神が不在の世界であろうとも。
「――よし。もう一度、最初からやり直そう。俺たちの建国は、まだ終わっていない」
灰色の空の下、青年の声が高らかに響いた。
新たなる創世譚の幕が、いま開こうとしていた。
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