表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

第ニ章-『名のない街の、土と灯』-


足を一歩、門の先に踏み出した瞬間、

空気が変わった。


笠間の夜は、まだそこにあるはずなのに、

目に映るすべてが、すこし“焼かれたように”違っていた。



——あたたかい。



なのに、風が頬を撫でると、ひやりとした。



足元の石畳は、見たことのない形の器のかけらを埋め込んだような模様で、

路地を照らす街灯のようなものは、天井のない小さな窯だった。

その窯の中には、ぽうっと赤く灯る火が入っていて、

その火が、この街を呼吸させていた。



目の前に広がる街は、

家も、塔も、橋も、全部が“焼き物”だった。


粘土でできた町並み。

釉薬で艶めく屋根。

軒先に吊るされた、手びねりの風鈴たちが、

やわらかな音でぼくを歓迎している。



どこからか、こつん、こつん、とリズムのある音が聞こえてきた。

——土を叩く音? いや、もっと重くて、深い。


音の方へと歩いていくと、

小さな広場の中央に、彼はいた。




ごつごつした肩。

縁が欠けかけたような丸い背中。

粘土のような肌に、ひびの入った模様が走っている。



そして、目。



ぼくのほうをじろりと見て、

どっしりと低い声で、こう言った。



「……新入りか。ずいぶん小せぇな」



まるで、どこかの鍛冶屋の親方みたいな口調だった。

でも、その姿は、まぎれもなく——壺。

しかも、すごく大きい。大甕おおみかって、たしかどこかで見た名前。



「え、えっと……ここは……どこ?」



「言葉の通じる口でよかったな。ここは“器の町”。名はねぇ。土の中から焼かれて生まれたもんに、そんなもん要らねぇんだよ」



そう言いながら、彼はどっかりと座り直した。

背中には、陶片を並べて継ぎ足したような大きな蓋。

腕も脚もあるのに、どこか器のままの質感が残っている。



「……おまえ、人間だろう。珍しいのが来やがった。

 ……まぁ、来るには、何かしら“欠けてる”んだろうな。器も、人間もよ」



その言葉に、胸がきゅっとなった。


ぼくは、何かを——

忘れてる気がした。

でも、それが何なのか、まだ言葉にならなかった。



「……名前、教えてくれる?」



そう聞くと、彼はちょっとだけ目を細めて、

くっと鼻を鳴らした。



「名乗るほどのもんじゃねぇがな。ここじゃ“オオミカ”って呼ばれてる。

 昔は酒を仕込んだり、漬け物を詰めたり、いろいろやったさ。

 今は……ま、案内役みてぇなもんだ」


「案内役……?」


「そうだ。人間がひとり紛れ込んだってことは、

 この町のどこかに、まだ“焼かれてない話”が眠ってるってことだ」



焼かれてない話——



その言葉が、ぼくの胸の奥に、土と火の匂いで沈んだ。



「さあ、小僧。火の向こうの土の町、案内してやるよ。

 ……ったく、何年ぶりだ、人間なんざ」



そう言って、大甕はぼくに背を向けた。

背中の蓋がきしみ、少し光った。


ぼくはそのあと後ろを、夢中で追いかけた。

そう言って、大甕はぼくに背を向けた。

背中の蓋が、ぎぃ、と音を立てて揺れる。


ぼくは、そのあとを追って歩き出した。

すると——


後ろから、ちいさな“コツ”という音がした。


振り返ると、そこにいた。


焼き物の——猫。


片耳がちょっと欠けていて、釉薬の色むらが温かみを感じさせる。

白っぽい土肌に、手捻りの痕がまだくっきり残っていた。

まるで、ついさっきまで誰かの掌にいたみたいな猫だった。


何も言わず、ただこちらを見ていた。

そして、くるりと一回転すると、すっとぼくの隣に並んだ。



「ははっ、おまえ、コイツに懐かれるとは珍しいな」



大甕が、前を向いたまま笑った。


猫はそれ以上近づくことも、離れることもなく、

ただ静かに、ぼくと同じ歩幅で並んでいた。



ぼくがしゃがんで目線を合わせると、

猫はちょっとだけ目を細めたように見えて——

また前を向いた。


まるで、"話すことなんかない。ついてくるなら勝手にすれば"みたいに言っているみたいだった。



  挿絵(By みてみん)



ぼくは、なぜかそれが嬉しかった。



器の町の呼吸の中で、

ぼくと猫は、音もなく歩きはじめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ