第一幕-『風のむこう、火のかおり』-
気がつけば、ぼくは小走りになっていた。
灯籠の灯りに照らされた石畳の通り。
お祭りの人混みはまだ続いているのに、彼女の影だけは、
まるでそこに属していないように、するすると先を行く。
狐面の女の子は、一度だけ、柱の陰からこちらを覗いた。
風が吹いて、彼女の髪と袖がふわりと舞った。
その仕草が——なんだか、とても懐かしく感じた。
彼女は何も言わない。
だけど、“ついておいで”とでも言うように、
ぼくの視線の中に、いつもちょうど届く場所を選んで歩いていた。
屋台の灯りが少しずつ少なくなり、
人の気配も、ざわめきも、だんだんと遠ざかっていく。
ぼくは道の端を曲がった。
その先は……真っ暗な路地だった。
けれど、不思議と怖くなかった。
ぼくの足音と、小さな提灯の光。
そして、彼女の影が、先の方でふわりと揺れた。
やがて——
女の子は、古い門の前で立ち止まった。
石を積み上げたようなアーチの門。
その上には、誰かの名前が書かれた陶片がいくつも埋め込まれている。
けれど、ひとつひとつの文字が、不思議と読めなかった。
ぼくには見たことのない言葉だった。
女の子は、こちらを見た。
……いや、面の向こうで、たしかに「微笑んだ」気がした。
そして、一歩。
女の子が門の中に足を踏み入れた瞬間——
風が、吹き抜けた。
まるで、見えない境界線を越えたような風。
土の匂い、火の匂い、それから何か温かい匂いが混ざったような、初めての風。
ぼくは息を呑んだ。
心臓が、小さく跳ねた。
「……これは……夢……?」
でも、そのときにはもう、
ぼくの足も、門の中へと動き出していた。
風が吹いている。
器が並ぶ町の、誰も知らない裏側で——
世界が、少しだけ“ずれて”いた。
そして、ぼくは——
笠間焼の住む、もうひとつの町に、足を踏み入れた。




