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¶8 期待したあたしがバカだった

 太陽が傾いてはきても、暗くなるにはまだ早い。ただ、まるで初夏のような陽気は着々と抜けてきている。

 祐人は、エルラガルに歩調を合わせて歩きながら、開けていた制服の第一ボタンをとめた。

(ちょっと目立つな)

隣でふわふわ上下する青い髪を見ながら、祐人は思った。

 住宅街のような人通りの少ないところを選んで歩いているが、一度大通り沿いに出たら何がついて来るかどうなるか解ったものではない。青色の目と髪の件を差し引いても、エルラガルはすれ違いの通行人が振り返るくらい可愛いのだ。

「んぁ?」

祐人の視線に気づいたのか、エルラガルは細めた目で見上げる。言動が荒いところが玉に瑕なのだが。

「今日はいつもと違うな」

「そう? 同じつもりだけどな。どこが違う?」

言って、祐人の行く手を遮るように立ちはだかると、エルラガルは胸を張った。その様子は自信げだ。

 迷わず、祐人は即答する。

「その辺ふらふら浮いたりしてない!」

エルラガルは露骨に口元を歪めた。

 祐人には訳が分からない。ただ、在庫もまとめてエルラガルの不評を買ってしまったことなら分かった。その在庫に買い手がつかず、売り抜けることさえ出来ないことも。

「あぁもう、分かったわよ。祐人に期待したあたしがバカだった、そういうことね」

エルラガルは、やれやれと手を挙げて溜め息を吐いた。言い返してはケンカになるだけなので、祐人は口をつぐむ。

 さて、と呟いて思案のポーズ。エルラガルは長々とした説明をするのもされるのも嫌いだ。その上、街のどこかに敵戦力が潜んでいて、何時戦いを仕掛けられるか分からない。

「道の真ん中で立ち話もなんだし、歩きながら、な」

固まったまま動かないエルラガルを見かねて、祐人は肩を叩いて促した。対するエルラガルは生返事だけ残して、歩を進める。

 30メートルも歩いただろうか。エルラガルが唐突に口を開いた。

「じゃあ、お昼頃のアレのことから話す。まったく、あんな単純な手に引っかかるなんて、どんな神経してんのよ。ケンカで頭に血が上ってたから、なんてのは言い訳にならないの。先刻も言ったけど、あたしが間に入ってなかったらモロに喰らって今ごろ複雑骨折、内臓破裂くらいじゃ済んでなかったんだから。それで、その時の奴の態度! ふっ、……って、ふっ、て鼻で笑ったの! さも解ってましたよ、その程度か、って」

「ちょっと、落ち着けって」

む、とエルラガルは眉根を寄せる。これだけで印象がガラリと変わるから不思議だ。

 だが、そこで祐人はぐっと堪える。ここで押し負けては、本題に入るのが何時になるか分かったものではない。

「分かった、悪かった、俺が甘かった、助けてくれてありがとう」

そこまで早口で言い切って、

「それでなんで浮いてないんだ?」

と祐人は話をすり替えようと試みる。だが、それはエルラガルの神経を逆撫でしただけだった。

「あなたねぇ! あたしが間に割って入って重傷は免れたかもしれないけど、十分大怪我してたのよ!」

「そんなにか? 別に軽い打ち身くらいだと思ったんだが」

「ならお昼にケンカしたあと、何故夕方まで寝てたのか、説明できるの?」

「え? 寝不足かと思ってた。触れないのをいいことに、毎晩テレビのリモコン代わりさせられてたし」

「うーー」

エルラガルが唸り声をあげる。

 祐人の言ったことは事実だ。テレビに並々ならぬ興味を示したエルラガルは、朝から晩までありとあらゆる番組を見続けた。しかし、難点が持ち上がる。物質に接触できず、すり抜けてしまうエルラガルは、リモコンの操作ができなかったのだ。そこで彼女は、最初は甘え声で、最近では駄々をこねるように喚き散らして、祐人にリモコン操作を迫った。例え眠っていても、無理に起こされて。祐人は何度か録画の提案をしたが、そのたび毎に却下され続けた。

 そのため無意識に祐人は寝不足が原因だと考えたのだ。エルラガルは少なくとも負い目を感じたようだが。

「違うのか?」

「違う」

と即答。

「あの詰めを捌ききれなくて、軽く、なでるくらいだけど、祐人に当たっちゃったの」

言って、エルラガルは顔を伏せる。

(もしかして責任感じてるのか……?)

などと祐人が思う間にも、エルラガルはぽつぽつと語る。

「それで、あの木陰に隠れて修復、もとい治療作業してたの。とっさに気配消したから相手には倒したか、逃げたと思わせられたと思うけど……」

血気盛んなエルラガルにとっては、逃走まがいの行動は恥としか映らず悔しいのだろう、と肩を落として歩く彼女を見て祐人は思った。

「修復作業が終わってから揺すってたんだけど、なかなか起きなくて…………失敗したのかと思って……」

「アレはお前だったのか!」

「うん」

エルラガルは殊勝にうなずく。祐人はなんだかモヤモヤした気分でいっぱいになった。やかましい目覚まし時計に文句を言ってやりたいのはやまやまだが、心配させておいて怒るのはお門違いな気がするからだ。

 伏せたエルラガルの目端が、光った気がした。

「そのうち誰か来る気配がして隠れたら、あの『コセキ』とかいう女で。凄い勢いで祐人を振り回してて、祐人が目を覚まして……」

「何っ? ならアレは古関なのか!?」

エルラガルの言葉を信じれば、祐人をヒドい目に合わせたのは古関のせいということになる。祐人はエルラガルの脳内評価を上方修正した。

「だったら、エルラガルのせいじゃないよな」

きらーん、とエルラガルの目が輝いた。勢い良く頭を上げると勇ましく腕を組む。川の奔流のように長い髪が空中を舞い踊った。

「そうね、あたしのせいじゃないわね」

今までの発言や祐人の思いやらを放り出して、エルラガルは顕然とそう言い放った。

 翻って祐人は唖然とするしかない。反論するとか、真意を確かめるとかいった考えが、すっぽりと抜け落ちてしまった。

「元々の原因は祐人、あなたのせいよ」

「えっ……?」

まだエルラガルは祐人に責任を押し付けるつもりのようだ。

 やれやれ、とエルラガルは肩をすくめてみせる。

「そもそも、バランスが取りづらい空中で戦おうとするからいけないのよ」「いや、だって」「朝の時も思ったけど、ムダな動きが多すぎるのよ。三下ならどうにかなるかもしれないけど、先刻みたいなちょっと手慣れた相手には勝てないわよ」

「それは、さ」

「もっと、こう効率良く、それでいて早く!!」

「そう言われても」

「ほら! さっさと練習! 始める!!」

言葉通りに、エルラガルのストレートパンチが祐人の腹部を急襲した。

(アブねぇ)

と思う間に、祐人は両手で包み込むようにして小さな弾丸を止める。ニヤリとエルラガルは不敵に笑って、2発目、3発目と次々に撃ち込んでいく。

「おりゃあ、とりゃあ」

と気の抜けるようなかけ声付きだが、エルラガルの拳は殺傷能力充分だ。

 端から見ればじゃれあってるように見えるかもしれないが、祐人にとっては必至のやりとりだ。軽く入っただけでも膝から崩れ落ちて悶絶する自信があるほどの威力なのだから。

 そのうち、

「とーぅ」

とのかけ声と共に足蹴りまで飛び出す始末だ。

 右拳を払い、左拳を受け止め、右足の蹴りをギリギリでかわす。

 右、左、右。右、左、右。右、左、右。右、左、右。右、左、右。

「おりゃあ、とりゃあ、とーぅ。おりゃあ、とりゃあ、とーぅ」

「ちょっと、疲れてきたかも。っと! 左足の蹴りはズルいぞ!?」

「いつ、あたしが、左足は使わない、って約束、したのよ」

それはそうだけど、と祐人は口ごもる。勝手に祐人自身がそうだと決めつけたルールにエルラガルが従う必要はない。

 その間にもエルラガルは順番を変えたりテンポを変えたりして、命中を狙ってくる。容赦というものが微塵も感じられない。祐人はじりじりと押されてきて、体力も限界だ。

 と、その時、

「ここ!!」

という軽いかけ声で祐人の身体が跳ね飛ばされた。

「っつ!?」

上半身と下半身が無理やり引き離されたような激痛が祐人を襲い、一瞬遅れて身体全体を衝撃が走り抜けた。遅れに遅れて、優雅に青が宙を舞う。

 ふん、とエルラガルは鼻をならして長い髪を払った。

「痛ぇな、何したんだよ」

「さぁて、何でしょう?」

得意気な満面の笑みで、エルラガルは手を差し出す。祐人はため息ひとつ、彼女の手を取った。

 ホコリを手で払いつつ、身体に痛みがないか確認する。

「先刻まで重傷だった相手になんてことをするんだよ」

ふん、と荒い鼻息ひとつが返ってきた。どうやらそれがエルラガルの答えのようだ。

 そもそも、練習と称して殴りかかってきたこと自体を指摘しないといけないのだが、祐人は気にしない。引くに引けなくなったら、エルラガルは何を壊しても突き進むだけだということを祐人は身を持って知っているからだ。立ち向かって壊されるのは明らかなのだから、自ら余計なことはしない。だから、エルラガルに深く追求することも止めている。

 例えば、現状のように手を顎に添えて唸っている時もだ。

「……今ちょっと手合わせして確信したけど」

上の空の様子で、エルラガルは口を開いた。

(またダメ出しか)

祐人は崩れそうな精神を支え直す。今度は押し切られないように、倒されて尻餅つかないように、深呼吸して身構えた。

「……追い詰められてギリギリにならないと、本気を出さないところがあるわよね?」

「…………」

「…………」

「……はぁ? 何それ」

「何ってなによ。あたしの見立てが間違ってるとでも言うの!?」

「別に」

何故だろうか。

 反論は次から次へと思いついて直ぐに吐き出してやれるのに、祐人自身が無理やり切り上げたがっていた。胸に溜まっていく鬱屈した気分をどうにかしたくて、ふてくされたようにエルラガルから顔を背けた。

 エルラガルが付いて来るのかどうかも構わず、祐人はずんずんと歩を進める。

「一体全体なにがどうなってるのよ!?」

慌ててエルラガルは、祐人の後を追いかけた。身長差は確実に歩幅に影響を与えてくる。頭二つくらい背の高い祐人が早足で歩くと、エルラガルは駆け足にならざるをえない。

 ほとんど走っているような状態で、エルラガルは祐人の後を追いかけ、

「痛ッ」

祐人の背中に正面衝突した。



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