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¶2 数々の暴言と狼藉、忘れたとは言わせないわよ

「迷った……」

祐人はつぶやいた。路地裏へと消えた憑き物の少女の後を追いかけてきたが、追いかけても追いかけても追い付けず、結局見失ってしまったのだった。

 どうしたもんかな、と学生服の第一ボタンを外す。

 今いるのは、ちょっと幅が広く、軽自動車なら通れそうな道だが、追いかけている途中には、自転車でも通れそうにない道が幾つもあった。いつものように通る場所では勿論ないので、路地裏に入った場所には戻れそうもないが、なんとなく今の位置は掴めている程度だ。その状態で、見失ったものを探し出すのは結構骨が折れる。

「まずは、大きな通りに出た方がいいだろうな」

自分に言い聞かせて、歩き出す。

 ビルの角を曲がった時だった。

「おっとと」

「痛ぇ!」

向こうから歩いてきた通行人と、軽く衝突した。祐人は通行人に辛うじて気付き、肩がぶつかるだけの最小限の被害で抑えることが出来た。

(マンガとかだと、だいたい遅刻しかけた女の子なんだが……)

「おいテメェ! どこに目ぇつけて歩いてンだぁ!」

そこに転がって怒号を張り上げていたのは、祐人より少し年上くらいの、元気があふれて困ってます風なスキンヘッドのオニイチャンだった。

「ジュンが骨ぇ折ったらどうすんだ、オイ!?」

「どうオトシマエつけてくれンのかな? エ?」

お友達思いのひょろ長とニット帽のオニイチャン達が鋭い目つきで、首を赤べこのごとく振りながら、次々と台詞を吐いていく。

(現代のこの街に、こんな天然記念物みたいな人種がいるとは思わなかったなぁ)

あまりにもありきたりな反応と言い回しと特徴で、祐人に悪寒が走った。それはそれは思考が停止するまでに。

「おいおい、どうした? オレ達だって悪者じゃない。コイツの治療費さえ出してくれたら何にもしないから」

スキンヘッドが足を押さえて痛がっているのを脇目にして、ニット帽がニヤニヤしながら馴れ馴れしく肩を組んでくる。近寄られると、酒とタバコの匂いが鼻を突く。朝帰りだろうか。7時はとうに過ぎているが。

 祐人はわざとらしくため息をつくと、ポケットに手を入れた。それを見て、痛いはずのスキンヘッドも含めて3人の口の端が上がってゆく。

「あぁ、あったあった。ほら」

祐人はポケットから何かを取り出し、地面に放った。

 チャリンチャリン、と涼しい音を立てて百円玉が4枚、転がった。

「それで包帯と絆創膏ぐらい買えるだろ。急ぎの用事があるので俺はこれで」

そう言って、祐人はニット帽の腕を払いのけると、平然と歩き出した。

 呆然と祐人を見送る3人組。祐人の背中を見、地面に転がる400円を見る。そして、一人一枚ずつ百円玉を手に取った。ニット帽がつぶやく。

「この100円、3人で分けられないぞ」

「あぁ…………っておい!」

ひょろ長がニット帽とスキンヘッドの肩をはたく。

「軽くダマされてンなよ、お前ら!! 追いかけるぞ!」

「お、おう…………あ! あんにゃろ、ダマしたんだな!」

ひょろ長が先頭を、ニット帽がその後を、スキンヘッドは未だ首を傾げつつ、祐人の歩いて行った方へ走る。勿論、祐人はすでにそこにはいない。3人組が目を逸らしたスキに走り出し、脇道に逸れている。

「どこ逃げやがったんだ?」

「こっちだ!」

スキンヘッドが、逃げる祐人の後ろ姿を発見した。野太い声に反応して、祐人は後ろを振り向く。そこには、2足歩行を平然とやってのけるスキンヘッドと、その後を追うひょろ長とニット帽がいた。

「足が骨折してるのに、あんなに走れるはずないだろが」

「誰も骨折したなんて言ってねーよ、バカ野郎!!」

嬉々としてスキンヘッドが叫ぶ。だったら、何故追いかけるのだろうか。疑問をぶつけてみたかったが、祐人は止めた。代わりに、積み重なっているビール箱を引っ掛けて崩し、後ろへの妨害にする。罵声が一段と大きく響いた。

 祐人は十字路で立ち止まり、荒い息を整えながら三方を見渡す。

「さて、ちょっと時間稼ぎにはなっただろ。しかし、ますます迷った」

3人組から逃げる途中で、もう何度どちらに曲がったかすら覚えていない。こうなったからには、もう自分の勘に賭けるしかない。後ろから聞こえる怒号に押されて、右に全力で走る。

 だがそこは、

「ここまで、か……」

行き止まりだった。幾つかのビルが連なっているが、その間は有刺鉄線のついた金網がついており、通り抜けることは出来なくなっている。唯一の救いといえば、なかなか広いことだろうか。上手くいけば3人組の間をくぐり抜けて逃げることができるかもしれない。

「残念だったなぁ。もう逃げられないぜ」

野太い声に気付いて後ろを振り向くと、スキンヘッドが肩で息をして立っていた。後ろには、今にも倒れそうなニット帽もいる。

「元陸上部をナメんなよ!!」

祐人にはもう言い返す気力もない。しかし、疑問がどうしても湧き上がってくる。

「一人、足りないぞ」

そう、ひょろ長の姿が見当たらない。スキンヘッドとニット帽はきょろきょろと周囲を見回す。だが、ひょろ長の姿は見えない。

「あれ?祐人じゃない」

どこにいても、良く通りそうな声。声に呼ばれて振り向くと、青い少女が怪訝な様子で首を傾げて立っていた。

「お前、どこから入ってきた」

「何度目かなぁ? 透けてるから壁ぐらい通り抜け可能なんだけど」

「……そうでした」

そして、少女は2人組を見る。人さし指で指し、祐人を見上げた。

「なに、あれ?」

いやいやいやどんなに常識が欠如してても周囲の環境と相手の雰囲気でだいたいの状況くらい掴めるだろ、などという祐人の甘い考えのはるか斜め上を突き抜けていく。

 ひょろ長を探していたスキンヘッドとニット帽は、やっと少女が現れたことに気付いた。ニット帽が怒鳴る。

「小学生一人増えたところで何にも変わんねーよ」

マズい、と祐人は思った。貶されてこの少女が黙ってるはずがない。案の定、怒りのオーラが渦巻いている。

「それはどうかしら」

「ンだと! クソガキがぁ!」

売り言葉に買い言葉。正直言って、もうここにいる誰の相手をするのも面倒くさい。

 その時、二人組の後ろに、ひょろ長が現れた。

 先刻までの奴じゃない。祐人はとっさにそう思った。遠くから見ても、虚ろな目といいおぼつかない様子といい、感じる違和感を拭い去れない。

「よう、遅かったじゃねぇか」

「ガキども、2対3で勝てそうか?」

スキンヘッドとニット帽がひょろ長の肩を叩いて出迎える。

 少女の顔色が変わった。

「お前ら! そいつから離れなさい!」

二人の顔には笑みが張り付いている。ひょろ長の様子・表情とは対照的だ。それは、意図するところが解らない祐人にすら嫌悪感を感じさせる。

 いきなりだった。

「-------------------------------ッ!!」

ひょろ長がヒトでは真似の出来ないような、叫び声を上げた。弾かれたようにスキンヘッドとニット帽は数歩後ずさる。

 ひょろ長は、そのまま地面に膝をつくと、うめき続ける。

 2度ほど激しくビクンと跳ねると、様子が変化し始めた。彼の周りに風のような、だが触れられそうなものが渦巻き始めた。渦巻く何かは彼の身体全部を覆い、元の一回り、二周りほど大きくなると沈滞してくる。よく見ると腕なら腕だけ、足なら足だけ、胴体なら胴体だけというように、バラバラに固まっていくのが解る。

 うめき声が止んだことも気付かず、4人はひょろ長だった何かがゆっくりと立ち上がるのを凝視している。筋骨隆々の丸太のような肉体、手足の長くて鋭い爪、奇妙に歪んだ顔。それはまるで、

「鬼……」

童話などに出てくる鬼そのものだった。ただ、甲冑や鎧のようにぎくしゃくとした様子が見受けられる。

 ひょろ長、もとい鬼は音もなく、周りのスキンヘッドとニット帽に腕をふるった。2人は簡単に空を飛び、祐人の脇を抜けて後方ビルの壁に激突した。一拍遅れて、祐人は振り向く。吹き飛ばされた二人はそこで気を失って倒れている。

 鬼の方を振り向くと、べたっ、べたっ、と一歩一歩確かめるように祐人の方へ歩いてきていた。

「これ、どうする? っておい、ちょっと待て!」

少女が歩を進め、鬼の前に立ちはだかった。鬼の足が止まる。

「いけるか?」

 小さく、呟く。少女は大きく身を沈めると、手の甲で鬼の脇腹をなぎ払った。先程吹き飛ばされた2人と同じように、いや、それよりも速く、重い音を立ててビルの壁に激突する。

「触れる!!」

少女の歓喜の叫び。それは同時に、鬼にとっての地獄の叫びとなる。

「あたしは、《紡水師》エルラガル=ナヴィアン=フューラーだ! 数々の暴言と狼藉、忘れたとは言わせないわよ!!」

青の少女は髪を振り払って誰ともなく指差し、高らかに宣言した。


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