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¶1 こうも毎日毎日同じことの繰り返しで、よく飽きないわね

 もし、第三者が彼について意見を求められたら、こう答えるだろう。

「普通」

だと。

 特段背が高いわけでも低いわけでもなく、太っているわけでも痩せぎすなわけでもない。

 特段格好良いわけでもなく、見苦しいほどでもない。

 特段人前に出る方でもないし、休みになるとボランティアに勤しむようなこともなく、やんちゃなこともすることはない。

 だからといって、完全に「平均」な人間などいるはずもない。

 そして、彼--内藤祐人--は、ある一点においてずば抜けて「普通」ではない。その一点とは、得体の知れないモノに憑かれているという点だ。

 その憑き物は、今、祐人が歩く2、3歩前を何事も無いように歩いている。背中の方から見ているが、一番最初に目に飛び込んでくる視覚情報は「青」一色だ。祐人の胸の高さぐらいの青い何かが、滑るように進んでいく。

 憑き物に憑かれてから1ヶ月ちょっとになるが、人間の環境適応能力というのは素晴らしいもので、それが何をしようが気にならなくなったし、扱いにも慣れてきたように思っている。それはやはり、見えるだけで触れはしない上に、周囲に影響を与えることがないからだろう。

 と、憑き物が赤信号の横断歩道の手前で止まる。追い付いて隣に立つと、青い眼で見上げてきた。

 かわいらしい少女だ。一言、色で表すならば、突き抜けるような青空の空色。腰のあたりまで伸びた、ストレートの青い髪と、大きな青い眼が一番に主張する。薄く紅いくちびるはキッと結ばれ、少々キツいようにもとれる細い眉と共に、意志の強さを感じさせる。陶磁器のような淡い色彩の肌は、憑き物だという理由だけではないに違いない。青と白を基調とした服装は、12、3歳に見えるその容貌と比較すると、少し背伸びしているように見えるのもその少女に愛おしさを感じさせるのに充分だ。

「そういえば、ここは」

少女が口を開く。心なしか、口元が緩んでいる。

「お前がでっかい車に跳ねられそうになって、地面に這いつくばってガタガタ震えてたところじゃない。今日はそんなことなさそうね」

しかし、この少女は口が悪い。しかし、この発言はもちろんのこと、周囲の人間には聞こえない。あまり過敏に反応すると怪しがられるので、適度に無視、もしくは受け流す。これもこの1ヶ月に学習したこと。

「はいはい、そーですね」

と、祐人は棒読みで応じる。

 だからといって、無視し続けると、延々と周囲には聞こえない大声で騒ぎ続けた後、不機嫌になって不機嫌オーラを出し続ける。干渉できない相手でも、近くで不機嫌オーラ(かなり強力)を出し続けられたら気が滅入ってしまう。

 逆に彼女からしてみれば、外部の情報は得られても、何か外部に向けてのアクションを起こすことは出来ないわけで、無自覚に溜まるストレスを発散するはけ口は祐人との会話に求めるしかない。そう考えると、無視し続けるのは、いくら憑き物だからといって、ちょっと可愛そうかな、とも祐人は思っている。

 信号機の表示が変わり、流れが変わる。

「しっかし、こうも毎日毎日同じことの繰り返しで、よく飽きないわね」

少女は、周囲を見回し、ため息まじりにつぶやいた。少女の示すところは、祐人が高校に登校中だというだけでなく、朝になると出勤・通学し、夜になると家路につくというこの状況そのもののようだ。

「他人に憑いてるだけじゃ、その重要性がわからないんだよ」

ただ、祐人には自分の生きている世界が全て侮辱されたような気がして、ちょっとムキになって言い返した。その声に反応して、少女が振り向く。驚いたような表情と、喜んだような表情とが共存している。

 そして、あからさまに嘲笑するような表情に変わる。

「いったい、どうしたの? もしかして、気にでも障ったのかしら。本当にそうだったら、お前の器は……たか、が…………」

知れてる、とは続かなかった。

 立ち止まり、無表情で空の向こうを見つめている。その真剣さにつられて、周囲に気を配りながら、祐人も立ち止まる。

「おっとと、どうした?」

しかし、何の返事もない。

 放っておいても、誰の邪魔にもならないし、気付いたら後を追いかけて来るだろう。そう思って、祐人が歩き始めた瞬間だった。

「!!?」

まるで、意図せずに冷たいぬかるみにはまったような感覚。その冷たさ、気持ち悪さは、始めに皮膚の表面を覆い、だんだんと身体の内部を冷やしていく。それとほぼ同時で、何かに引き寄せられるかのように、少女と同じ方向を向いていた。

(そうか、この感覚……これを察知していたのか…………)

「やっと、気付いたわね」

いつの間にか、少女は祐人を見ていた。その目は、青がぎらぎらと鈍く光っている。

 その目に見覚えのある祐人は、ぞっとした。つまり、生物の本能としての恐怖ではなく、これから巻き込まれる面倒な事件への忌避感という方向で。

「付いてきなさい!」

そう言って、少女は路地裏に飛び込んだ。

 祐人は、ちょっとためらう。付いていったら、絶対やっかい事に巻き込まれる。そして、肉体的・精神的負担を背負い込んで、かなり疲れる。だが逆に、放置して学校に行ったところで、やっかい事は膨れ上がって結局巻き込まれることになる。

「仕方ない……」

遅刻も覚悟で、祐人は見えなくなりつつある少女の後を追いかけて細い路地裏に入った。



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