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¶18 早合点かもだけど、あたしは次に進める

 エルラガルの手を祐人が離した途端、画面が真っ青になった。そしてすぐ後に衝撃で画面が揺れる。

 画面の揺れが収まる頃には、今度は土煙で鮮明には見えなくなっていた。

「直接の部分は、映ってないな」

 祐人は安堵して、胸をなで下ろした。

 監視カメラの映像には、何度繰り返し、スロー再生で見たとしても、肝心の箇所は映り込んではいなかった。

 むっとした表情で、エルラガルは呟く。

「……だって、祐人が手を離したんだもん」

「だっても何もないだろが」

「まあまぁ、ミスは誰にでもあることですし」

 筒井が、なんとか祐人とエルラガルの間を取り持とうとする。だが健闘むなしく、祐人の方がふっと目線をそらした。

 仕方なく筒井は、エルラガルの方を向く。

「あんなに凄い威力だったんですね。 驚きました」

「この建物吹き飛ばして更地にするくらいなら、今のあたしにでもできるよ」

「はぁ、本当に止めてくれていて良かった。 こんな大騒ぎになってるのに、もっと酷いことになってたかもだなんて」

 そう言って筒井は、店内に目をやる。

 大人達の怒号とサイレンがこだましている。青い制服、銀色の防火服、白いヘルメット、色とりどりが入り乱れる。

 幸い、多少のかすり傷程度で済んでおり、ゲームセンターの筐体が一台吹き飛んで壁に大穴空けたのに、重傷者がいないのは奇跡だ。

 ケガがなく、吹き飛んだ筐体の『近くにいた』祐人とエルラガルは、実況検分に付き合わされ、他の居合わせた人たちもそれぞれ話を聞かれている。

 はぁ、と筒井がため息をついた。

「職務中に立ち寄ったゲーセンで無差別爆発事故なんて、マズいですよ。 職務怠慢、警察批判、始末書で済めばいいんですけど」

 恨みがましい目で見てくる筒井を、エルラガルは気にも止めない。

「で、目的の連中は確認できたの?」

「今日のテープしか確認してないですけど、発見できてないです」

「あっそ。 使えないわね」

 エルラガルの歯に衣着せぬ物言いに、筒井は顔を引きつらせる。

 一歩引いた所から見ている祐人からすれば、筒井に同情できる。だが、口添えはしない。矛先が向くのは嫌だからだ。

 筒井はせめてもの抵抗として、一枚のDVDを取り出す。

「これ、何だと思います?」

「さあ?」

「ここ一週間分の監視カメラの映像です。 再発防止の検討とかなんとか言って、店長にコピーしてもらいました」

「ほお、凄いじゃん」

 祐人は感嘆する。

 素直な賞賛に筒井が頬を緩めたのも束の間、

「もらってきて終わり? それは確認しないの?」

 エルラガルの容赦ない批判が襲う。

「いえ、戻ったら確認しようかと……」

「向こうの目的もつかめてないのに、そんな悠長に構えてる余裕ないよね」

「それは……」

「だったら、あたしたちの方が先に進んでるかもね。 祐人!」

「……! はい」

 突然名前を呼ばれて、祐人に緊張が走る。もしや怒られるのか、と身構えるが、そうではなかった。

 エルラガルは顔に微笑みを残しつつ、厳しい口調で告げた。

「先刻までやってたこと、説明したげて」

「あぁ、待合室でのこと?」

 祐人は直ぐに思い当たった。

 ゲームセンターにたまたま居合わせた客が事情聴取の順番待ちをしている間、例の三人組のことを訊いて回っていたのだ。

 金久保高の生徒が三人でゲームセンターにいて、良い意味でなしに目立たないはずがない。ただ、彼らの目撃者が今日来ているかが問題だった。

 しかし、いとも簡単に目撃者は見つかった。ほぼ毎日メダルゲームで遊んでいる高齢者や、掛け持ちのバイトの合間に遊びに来るフリーター。取り調べに無理やり待たされて、そこに見た目『は』いいエルラガルに『優し』く話しかけられては、誰でも口が軽くなっていった。その猫かぶりっぷりに、隣で話を聞いていた祐人はそら恐ろしさを感じたものだ。

 人間の記憶はとても曖昧なもので、どこまで信用していいのかという点が問題だが、軽口になった目撃者の発言を総合すると、次のようだった。

 足取りを追っている三人組、磯村武彦と竹内豪、吉見浩二はほぼ3日に一回、このゲームセンターに来ており、夜遅くなるといつの間にかいなくなるという。その後、どこに行くのかは誰も知らなかった。

 また、この10日ほどは三人のうちひとりとして見かけた人がいなかった。

 祐人はこれらのことをかいつまんで、筒井に話した。

「一番重要なのは、エルラガルはめちゃくちゃ絵がうまいことだ」

「それほどでもある、かな? でも、そこじゃないでしょ」

 エルラガルはまんざらでもない様子だ。

 ふふん、と鼻をならすと腕を組む。

「ただゲーセンに飽きただけかもだけど、ここ数日、三人は姿を見せてないってこと!」

「はいはい、分かってるよ」

「ちょっと待ってください」

 筒井が、聞きようによっては悲鳴にも聞こえる、真剣な声を上げた。

 そちらに目線を送って、エルラガルは新しいおもちゃを見つけたような、楽しげな笑顔を見せる。

「つまり、既に必要な情報は失われた後だったということですか? これはもう必要ない」

 筒井は、DVDを持ち上げて見せる。中には、ゲームセンターの監視映像が入っているはずだ。

 エルラガルは頷き、にっと笑った。

「早合点かもだけど、あたしは次に進める」

「あ、一応確認はしといて。実は昨日来てた、では目も当てられない」

 祐人が補足するが、筒井にきちんと届いてるかどうか。

 そのことには気にも止めず、エルラガルは人の入り乱れる店内を抜けていく。慌てて、祐人はその後を追う。

「エルラガル! この後どうするつもりだ」

 元ゲームセンターを出たところで、祐人はエルラガルを呼び止めた。

 事情聴取のため長時間拘束されていたので、既に外は暗くなっている。昼間は真夏の青空のような輝きのエルラガルの目が、深海にたゆたうように静まっていた。

「そうだなぁ。マスターの喫茶店に食べに行こう」

「ダメだ」

「むぅ」

 祐人は即答した。エルラガルの表情がみるみる曇っていく。だが、信念を変えるわけにはいかない。

 エルラガルと馬が合ってしまったマスターは、次から次へと料理を出し、エルラガルはそれを片っ端から胃袋に流し込んだのだ。その量から推測される料金は莫大で、高校生たる内藤祐人にはかなりシビアな支払計画を建てる必要に迫られるはずだった。

 だが、

「ツケだ。構うな」

 とのことで、祐人は支払いを断られた。

 おそらくエルラガルは前回と同程度は食べるだろうし、手持ちも少ない。

(マスターにまたご馳走になるのは、忍びないな)

 というのが祐人の心境だ。

 しかし、エルラガルは理解しないだろう。くれる物は貰う。欲しければ奪う。そういった思考の持ち主だ。

「お腹空いたなぁ」

「まあまあ。家に帰ったら、何か作ってやるよ」

「それは食べられるんでしょうね」

「失敬な」

 祐人がそっぽを向くと、エルラガルが笑う。

「私のこと、忘れてませんよね」

「うん。送ってくれるんでしょ」

 筒井が、ふたりの後ろから声をかけたが、エルラガルの一言でまた撃沈する。

 周囲で慌ただしく入り乱れる人々が、筒井に目をやるが声をかけたりはしない。まるで筒井の周りだけに別の時間が流れているようで、とてもシュールな光景だ。

「まぁ、元気出せよ」

 祐人に言えるのは、これだけだ。それに筒井は力ない笑いを返してくる。

 エルラガルにしょっちゅう振り回されてる祐人にすれば、筒井の気持ちは手に取るようにわかる。掴みどころがなく、立ち向かってもいなされ、崩される。そのうち、初めから負けを認めた方が良いとまで思えてくるのだ。

 しかし今回は、祐人はエルラガルに乗ることにする。

「でもここまでは車で来たわけだし、帰りも送ってもらえると助かるなあ」

「ええ、えぇ! 自宅まで送らせていただきます」

 筒井は声を張り上げた。

 ここに放置して、後々問題になることを考えれば、足に使われることくらいは許容範囲だ。筒井は自分に言い聞かせる。

「ほらほら、早く」

 筒井の車の前で、エルラガルが手招きしている。

 車まで壊されては困る、と筒井は慌ててキーを取り出した。電子音が鳴り、ロックが解除されると、ネコがすり抜けるようにエルラガルは車に乗り込む。

 それに続いて、祐人と筒井も乗り込んだ。

 出発してすぐ、

「ねえ、あれ何?」

 エルラガルが声をあげた。

 指差す先、進行方向右側の建物だ。夜だというのに明かりは一切点いておらず、誰もいないのだろうか。

「あれは、何だったかなぁ」

「確か、図書館だったと思いますよ。新しい図書館が川の近くに出来てからは、使われてないはずです」

 バックミラーを見て、筒井が答える。

「それが、どうしたんですか?」

「何か嫌な感じがするんだ」

 図書館の方を見つめながら、エルラガルが呟く。

 はぁ、と祐人はため息を吐く。エルラガルの様子からすると、何をおいても行ってみなければ気が済まないだろう。

「明日行ってみるか」

「ううん、今行こう。車回して」

 祐人の発言を即否定して、エルラガルは前のめりになる。

「ちょっと待て待て。話聞いてたか」

「祐人は本当にうるさいなぁ。ほらほら、行こうよ」

「ゲーセン吹き飛ばしておいて、少しは大人しくしてよう、ていう考えはないのか」

「ガヤガヤしなくなったから良かったじゃない」

「そういうことじゃなくてだな……」

「あの、どうするんですか」

 おずおずと筒井が訊ねる。心底めんどくさそうだ。

「家まで送ってください」

「あの図書館? まで!」




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