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¶15 逆さまにしなくていいのね

「部活に行こうかな」

「え、寺内。部活行くのか」

バッグを担いだ寺内に、祐人は声をかけた。

 本日の授業は全て終わり、放課後。クラスからひとり、またひとりと、それぞれの用事で去っていた。校内からは喧騒が薄れ、グランドや体育館からは運動部のかけ声が細々と聞こえてくる。

「ダメかい?」

「いや、ダメじゃないけど」

ダメだ。祐人からすれば、身勝手ながらダメだ。昼間に寺内と山本が送っていたメールだが、未だ有用な情報が入って来ていない。

 所詮、そう簡単に情報が手に入るものではない、と諦めるのは簡単なのだが、そのまま引けないのが祐人の心情だ。

(エルラガルに合わせる顔がないよな)

とにかく、今は情報源に一番近い寺内にすがるしかない。かといって、先刻は一度興味のないふりをしたので、何か分かったら教えてくれ、と頼むのは釈然としない。

 ここは、なるべく長い時間、寺内を足止めするしかない。祐人は決心する。

「山本が戻ってくるまで待ってなよ」

「それはいいけど、あいつは一体どこに行ったんだろうね」

寺内がカバンを置いた。祐人は内心でガッツポーズする。

 山本はホームルームが終わるとすぐに、教室から飛び出していった。いつもだらだらと居残る山本にしては珍しい事態だが、祐人にはなんとなく想像がついていた。

「ケータイ取り戻しに行ったんじゃないかな」

「内藤もそう思う? それなら、下校時刻までお勤めになるか。 生徒指導に捕まるのが、奴の運の尽きだよ」

「それも2日連続。 逆にあのふたり、物凄く気が合うんじゃないか」

「ただ弛んでるだけだって。 いつも、あっちにフラフラ、こっちにフラフラ、って落ち着きないし。 あの話が本当なら、同情するべきなんだろうね」

「例の……?」

「内藤クンと寺内クン!? まだいたの」

振り向かずとも祐人には分かった。このあっけらかんとした声は、古関のものだ。

 振り向いたらやはり、戸口に立っていたのは古関だった。

「まだ、とはご挨拶だなぁ、古関さん」

「山本の行方を考えてただけで、居残りたくて居残ってたわけじゃないし」

「山本クン探してるの? 先刻職員室にいたのを見かけたよ。 ケータイの話だと思うけど」

やっぱりか、と祐人と寺内は顔を見合わせる。

 ふたりの予想通り、山本は2日連続で連行された生徒指導の先生のところへ行っていた。

 説教がとにかく長いことが有名で、放課後捕まると下校時刻をゆうに超えると噂されている。もちろん最終的には解放されるし、接収物も返却される。

 つまり、その危険を冒してまで、山本はケータイ回収に向かったことになる。

「いったい何が、山本にそんなことをさせたのか……」

「女の子からの電話とかじゃないの? 彼女候補の子、かなりの人数いるらしいよ。 自称だけど」

「内藤クン、それ、刑事ドラマみたい! やってみよ。 山本クンは、誰を狙っているのか……」

「誰が第一候補なのか、古関さんは気になるんだ?」

「えっ!? 人並みには、ね。 内藤クンも気になるよね!!」

「ひ、人並みには、ねぇ」

慌てる古関に急かされるようにして、祐人はオウム返しする。別にこれといって興味はないのだが。

 突然、寺内がポケットに手を入れた。携帯電話を取り出すと、お、と声を上げた。

「やっとマトモな情報が入ってきた。 例の連中は、ここ一週間ほど見かけてない……改めて居そうな所を回ってみたけど見つからなかった……」

寺内はメールの文面を流し読みした。

 それまでのメールは、名前も知らない、金久保高中退で、特徴的な格好の三人組が誰であるかの確認が大半だった。だから、能動的と言っていい情報はこれが初めてだ。ちなみに寺内に事ある毎に確認されて、祐人は大半のことを白状してしまっていた。

 怪訝な顔で、古関が訊いてきた。

「何があったの?」

「……男同士の話だ」

「内藤のケンカ相手に『お見舞い』しに行こうかなぁと」

『お見舞い』に力を入れて、真剣に言った祐人を、寺内はさらりと受け流す。

 意味を理解した祐人は表情を強張らせ、額面通りに受け取った古関は険しい顔になった。

「内藤くんが、ケンカ?」

「俺が望んでそうなった訳ではなくて、成り行きでそうなってしまっただけなんだよ」

「どうだか。挑発したんじゃないの」

「ちょっ、寺内!?」

混ぜっ返す寺内に、祐人はつかみかかろうとするが、すげなく避けられる。

 振り返ってみれば、寺内の発言をまるっきり信じたようで、古関は驚いたような顔だった。祐人はもう、何と声をかけたら良いか分からない。

「あ、の。古関……さん?」

「ケンカ……内藤くんは、暴力に訴えるようなキャラじゃない、と思ってたんだけどなぁ。 私の勝手な思い込みか」

「訴えたとかそういう訳じゃなくて……そう、正当防衛だ」

「自分のやったこと、そうやって正当化しちゃうんだ」

「……」

ますます泥沼化の様相を呈してきた。古関の表情はどんどん暗くなり、祐人がもがけばもがくほど、状況は明らかに悪くなっている。

 祐人は助けを求めて寺内に目線を送るが、楽しげにメール画面に見入っていた。

「それじゃ、わたしは帰るね……」

そう言って、古関は力なく笑った。かける言葉が見つからない。祐人は手を挙げることしかできない。

 バタバタと慌てたような足音が、祐人の耳に余韻として響いた。

「……?」

足音が、どんどん近づいてくる。廊下からだ。

 突然、サッカーボールのように人間が、教室の中に飛び込んできた。

「山本!?」

膝に手をついて肩で息をしているのは、携帯電話の返却に向かっていたはずの山本だった。

 息も絶え絶えに、山本は祐人に歩み寄り、回収してきた携帯電話を見せる。

「山本、ケータイがどうした?」

「いいから、これ……見てくれ。 使える情報だろ……?」

山本は、2時間ほど前に受信していたメールを祐人の目の前に突きつける。

 祐人は軽く受け取ると、寺内と頭を寄せ合って画面に目を走らせる。

[その3人、磯村たちだ。 1週間前に駅前で会ったぞ]

「もう、山本クンまで……私はもう帰るからね。 廊下は走っちゃダメだよ」

自分たちだけの世界に没頭する男子たちに心底あきれ果て、古関は珍しくため息まじりだ。

 重苦しい動きで、古関は机に置いたカバンに手をかけた。

「山本……まだここにいたのか」

はっとして声のした方を見ると、教室の出入り口を塞ぐように太い丸太を立てたような大男が立っていた。

 山本が、慌てたようにのけぞる。ピリピリとしたプレッシャーは、無関係の祐人たちまでも刺激する。

「『生徒指導の大熊』じゃないか……山本。 お前、ちゃんと手続きしてから、ケータイ回収したんじゃなかったのか」

「実は、説教があまりにも長かったから、ごまかして来たんだ。 見立てが甘かったか」

「どうやって?」

祐人と寺内は、じりじりと後退しながら山本に訊いた。

 生唾をゆっくりと飲み込んでから、山本は口を開く。

「……実は」

「娘はまだ3歳半だ! 変な男と歩いてたはずがない」

「どういうことだ?」

脈絡がない。ただ、目が血走っているのは明らかだ。祐人と寺内は首を傾げた。

 山本を含む誰も逃がさないように、『大熊』は両手を大きく横に広げる。その距離を一定に保ちながら、山本は肩をすくめる。

「説教の途中に、娘さんの写真を初めて見たふりして、『あ、お嬢さんですか? 可愛いですね。 この前、男と一緒に歩いてるのを見かけましたよ』って」

「引っかかる方にも問題が……あ、いやいや、先生は全然悪くなんてありませんよ。 悪いのは全部、山本ですから」

顔色が変わったのを敏感に察知して、寺内は山本を前に押し出す。

 慌てて、寺内は救いを求める眼差しを祐人に送った。だが、祐人も捕まるのは嫌だ。山本の肩を掴んで、前に押し出した。

「そのまま、逃がすんじゃないぞ」

「な、内藤まで!? がっかりだよ、お前らには!! 裏切り者、卑怯者、はくじょーものーー!!」

暴れまわる山本を、いとも簡単に羽交い締めにしてねじ伏せる。その手際の良さに祐人たちは舌を巻いた。と同時に、反発したらどうなっていたかを考えると、冷や汗が流れた。

 よっ、と軽いかけ声で山本は肩に担がれ、頭より高い位置に収まる。顔が青白く見えるのは、祐人の気のせいだろうか。

「誰か、誰か助けてくれぇ! 何でもするから!」

今にもくびり殺される鶏のような叫び声をあげて、山本は再び教室から消えた。

 遺された三人には、安堵の空気が広がる。ぬるま湯のような空気から最初に抜け出したのは、古関だった。

「……もう帰るね」

鞄を肩にかけ直して、古関は疲れきった表情で一歩、踏み出した。

 その足に、何かが当たった。床を数メートル滑って、その先でくるくる回転して止まる。拾い上げると、携帯電話だ。

「このケータイって、山本クンのかな?」

古関は、祐人と寺内の方を振り向いた。ふたりはカラクリ人形のごとく、首を縦に振る。

 突然、ブブブ、と古関の手の中で携帯電話が鳴った。

「申し訳!!」

古関は妙な言葉を叫んで両手を合わせる。そして間髪入れずに液晶画面を見た。

 『新着メール 1件』と、無機質な文字列が並ぶ。

「見たい! でも私にそこまでの自信がない」

「自信の問題なのか!?」

「山本のケータイが何故ここにあるのか、ってことと『申し訳』って何だよ、意味分かんないってことをまず明らかに…………聞いてないよね」

盛り上がる古関と祐人から距離を置いて、寺内は肩をすくめた。

 再びの振動。

 驚いた古関は、携帯電話を取り落としそうになる。画面を見れば、新着メールの件数が1件増えていた。

「山本クンは人気がありますなぁ」

「カネ貸せ。みたいなメールなら、ありえそうだな」

「あはは、内藤クン、ひどーい」

「誰からのメール?」

「え? 誰からかな。私には見れないよ、ってまた来た」

短時間のうちに、山本の携帯電話は計7通のメールを受信していた。本人の不在にもかかわらず、だ。

 不気味にすら思えてきて、祐人ら三人は顔を見合わせる。

「誰が見る?」

「山本クンのだよ? 勝手に見ちゃダメでしょ」

「古関さんだって気になってるでしょ」

「まぁ、それなりに……」

「じゃあ、ここは俺が」

「内藤!?」

古関の手から携帯電話を受け取ると、祐人はすぐさま受信メールを確認する。

 1通目。

[ケンカか? 俺も混ぜろよ

 山本が言ってた連中、竹内と吉見と磯村。確実]

 2通目。

[そいつら、きっと金久保の磯村、竹内、吉見だ

 あんまりいい噂は聞かないケド、バカじゃない

 丹羽駅から北の方には行かないハズだ]

 3通目。

[金久保の竹内たちだな

 国道沿いの大きなゲーセンとかでよく見かける]

 4通目。

[気になってる女の子とはどこまでい……]

「こいつは必要ないな」

「えっ、飛ばすの!? 今のバックバック!」

「古関……」

祐人の手の中の、山本の携帯電話を、古関も覗いていた。むしろ、祐人よりも真剣に。

 早く早く、と古関は手だけで急かす。

 祐人はひとつため息を吐いて、古関に山本の携帯電話を渡した。他人の恋路に興味はない。どこまで流れて行くのか分からない山本の場合は、特にだ。

「俺は帰るわ」

「いいのか? 全部見たわけじゃないんだろ」

「今更ながら、山本に申し訳ない気がしてさ」

古関の手が止まるのを目の端で捉えながら、祐人は言った。

 それを見て、寺内は頷く。

「責任を持って、後で山本に返しておくよ」

「サンキュ」

「部活に行けないんだ、代わりに中身をじっくり精査させてもらうけどね」

「おぉ、恐っ」

寺内とひとしきり笑いあって、祐人は教室を出た。

 山本の携帯電話に送信されていたメールからは、祐人はそれなりの情報を手に入れられた。

 全てのメールに目を通しておきたいところだったが、3通目までで次に繋がる情報は十分だ。実際、4通目を見た瞬間に、祐人の中に、山本に申し訳ない気持ちが湧き上がってきたのだった。

 階段を駆け降りると、直ぐに昇降口ホールになっている。

 靴を履き替えていると、ポケットの携帯電話が鳴った。知らない番号だが、祐人にはなんとなく想像がついた。

「……もしもし」

『!!? おー、聞こえた聞こえた』

予想通り。どことなくふざけたような声は、エルラガルのものだ。

 すると突然、携帯電話から耳を離してもいないのに、エルラガルの声が遠くくぐもったようになった。

『ぇ……? ぁ、そうなの? 逆さまにしなくていいのね』

「どういうことだよ」

『筒井のケータイ借りたんだけど、耳の方と口の方をひっくり返して……』

祐人には、大体分かった。エルラガルは一昔前の、初めて携帯電話を使う高齢者のようなマネをしていたのだ。

 かすかに聞こえる筒井の忍び笑いが、祐人の考えを肯定している。

『そんなことはどうでもいいの!!』

エルラガルは、声を張り上げた。

『祐人の学校の正門前で待ってるから、早く来なさい。 今日だけで分かったこと、いっぱいあったんだから』

「そりゃあ、良かった。 別行動にして正解だったな。 こっちも、少しは情報手に入ったから」

『何ですって!? なら来なさい、早く来なさい、今すぐここに!!』

「分かった分かった」

言って祐人は、通話を切った。エルラガルの大声で、鼓膜が悲鳴を上げている。




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