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¶14 把握が不十分に感じたから

 祐人は焼きそばパンの袋を開ける。甘いソースの匂いが広がった。

 すかさず、山本が口を出す。

「炭水化物に炭水化物だぜ? 最初に作った人って、変な趣味してるよな」

「ラーメンにライス大盛りを頼む人の言葉とは思えないよ。白いご飯、大盛りーって」

寺内は山本の方を見もせずに、弁当箱をつつきながら言う。山本はむっとした。

 昼休みも半分が過ぎた。午後の授業の存在を必死に忘れようとするかのように、校舎内は騒然としている。

 祐人は、甘いソースの香りを嗅ぎながら、昨日の甘い凶器をふと思い出していた。

「焼きそばパンが山のように積み重なってたら、しようがないだろ。買うだろ」

「内藤は甘ちゃんだねぇ」

「焼きそばパンが何故たくさん在庫かかえてるか、知ってる?」

祐人と山本が首を横に振る。すると、寺内は内緒話をするように手を口にあてた。

「実は、今年の卒業生の間で焼きそばパンブームが巻き起こったらしくて、今年初め頃までは飛ぶように売れてたんだって。その時の仕入れが捌き切れてなくて、まだ量が出てるらしいんだ」

「……寺内、相変わらずそういう情報に詳しいな」

「ピーク時は、今の3倍は出てた、って話だよ」

「お前は当時の情勢を知りすぎだ。いったい何処から仕入れてくるんだよ」

寺内は、やれやれと肩をすくめる。

「山本も内藤も帰宅部でしょ。ふたりとも興味ないんだろうね。でも、そういった話は大抵先輩の方から勝手に流れてくるものなんだよ」

「寺内だって幽霊部員だから一緒だろう」

「失礼な。週に1回は出てるし、練習試合は無欠席だよ」

「それなのに強いらしいじゃないか。他の部員には失礼だ」

「たまたまだよ」

そう言って、寺内は頬に薄く笑いを浮かべた。

 そういえば、と寺内は天井を見上げる。祐人と山本は、寺内の毒気に置いてきぼりとなった格好だ。

「内藤は二日連続で社長出勤だったよね。そのうえ、昼以降もいなくなったし。何かあったの?」

「寝坊だろ、男には叶えなくばならない夢があるんだよ。特に痛ッ」

「ごめん、山本。足が勝手に……」

「ちょっと私用で……」

「私用以外なら公欠になるんだよ、内藤。俺たちの仲じゃないか、秘密はナシだぞ」

山本の目が面白いものを見つけた、と喜んでいる。寺内も話題を提供した立場で、止めるつもりはないようだ。

 適当なウソも思い付かないので、祐人は事実を気楽な風に言うことにした。

「ケンカ売られてね。どうにか早く決着させようと思ったんだけど、相手も粘り強くて」

「じゃあ、今日のはお礼参りってやつか!?」

「テンション上がりすぎだよ、山本。相手はやっぱり、金久保?」

「いや、金久保なんだけど生徒じゃなくて退学者らしい」

「なぁにぃ!? だったら放課後、こっちもお礼痛ッ」

勢い良く立ち上がった山本は、寺内に足を踏まれて椅子に倒れ込んだ。それでもめげない山本に、寺内の左ストレートが華麗に決まる。

 放物線を描いて崩れ落ちる山本を、祐人は呆然と見ていた。

「内藤、どうする? 山本は頭冷やすためにこうしたけど、お礼参りするのはやぶさかじゃないよ」

「あぁ、いい。いいよ。そんな大事じゃないから。お礼参りされたわけじゃないし。体力限界で睡眠取りすぎなくらい寝てただけだ」

 手と首を必要以上に振って、祐人は否定する。

 山本と寺内は気遣わしげな顔だ。だが、ふたりが食いついてくるとは祐人には意外だった。

(ふたりとも中学の頃、かなり荒れてたんじゃないか? それに、きっと寺内の方が強い……)

と祐人は考えるのも無理はなかった。

 その寺内は、やおら携帯電話を取り出した。覗き込もうとする山本の顔を見ずに殴る。

「誰にメールしてるんだ」

目ざとい奴、と寺内は呟いた。ただ殴られたのではなく、山本もきちんと確認していたようだ。

「中学の時の知り合いにね。そのころのパイプはまだ生きてるはず。とりあえず情報集めるだけでも、と思って」

「そういうことなら、俺も俺も」

山本も携帯電話を取り出す。ふたりとも、本格的に関係者だったようだ。

 クラスメートの新たな一面を知って喜ぶべきなのか、黒い過去を知らなければよかったと後悔すべきなのか、祐人には見当がつかなかった。焼きそばパンをかじりながら、祐人は話題を振る。

「お前ら、中学の頃はそういう方面だったんだ?」

「まぁね。中三の秋には早々に抜けたけど」

「若さ故の過ちってやつ? 大人社会への闘争、みたいな」

寺内と山本は、顔も上げずに親指を走らせる。校内での携帯電話の使用は、原則禁止になっているのだが気にも止めないようだ。

 メールを送信した寺内は、すぐに携帯電話を制服のポケットに入れる。

「とりあえず、連絡してはみたけど情報が得られるかどうかは微妙だね」

「頼んだわけではないから、俺は別に構わないけど」

口ではそう言うが、祐人はある考えが閃いていた。

 ここでこうしていれば、例の失踪者たちについて何か分かるかもしれない。なにしろ、昨日ケンカした相手だ。エルラガルと筒井が当たってるだろうが、こういった横のつながりが役に立つかもしれないのだから。

「山本ぉ、何してるんだ」

突然後ろから、山本は肩を掴まれた。ぞっとして、山本は指一本動かせない。

 あーぁ、と寺内は呆れ顔だ。最近見た記憶があることに、祐人は気づいた。

 山本の肩をわしづかみにして仁王立ちするのは、まるで鬼のような巨体だ。

「校内で携帯電話の使用は禁止。そうだな?」

「ちょ、先生。待って、待ってください」

「携帯は没収。指導室まで行こうな」

「先生、先生! 寺内も先刻、携帯使ってました! あいつも同罪です」

「見てない」

「せ、殺生な!!」

山本は襟首を掴まれ、引きずられる。恨みつらみを込めた視線を残して、教室から出て行った。

 十秒程してから、寺内は何事もなかったかのようにペットボトルに手を伸ばす。

 祐人は焼きそばパンの残りを口に放り込んだ。

(そういえば、エルラガルどうしてるかなぁ)



「へくしっ」

「カゼですか? 止めてくださいよ、新車なんですから」

「知らないわよ」

エルラガルは鼻をすする。

 筒井の運転する車は、丹羽市の市街地を走り抜けている。

「誰かがあたしの噂してるのかしら」

「やっぱりエーテル界とかでも、くしゃみすると噂話されてるって言うんですか?」

「言わないわよ。テレビで見たから」

「そ、そうですか」

エルラガルにとって、テレビは絶対の情報源だ。干渉不可の身では、無秩序に情報が垂れ流され続けるテレビは本当に都合が良かった。

 対向車の切れ目を抜けて、車は右折して国道に入る。

「最初に行くのが、図書館で本当に良かったんですか?」

「いいのよ。先刻見せられた地図だけでは、この街の把握が不十分に感じたから」

「すみません」

筒井が助手席に目をやると、エルラガルが白地図を眺めていた。

「『いとこ』はちょっと無理がありましたかね」

エルラガルが警察署に現れた時、筒井は「いとこが来た」と言い張って職務を抜けてきたのだ。上司は何も言わなかったが、同僚たちからの無言の圧力を振り切ってきたことは、少しばかり筒井は心配だった。

 だが、そんな筒井の思いもすぐに消し飛ぶ事態が発生した。

 呼び出されて出向いてみると、エルラガルは庶務課の女子のおもちゃになっていたのだ。お菓子で餌づけされている間に、青い髪の毛は弄られ、頬はつつかれ、もみくちゃだった。その真ん中で、エルラガルは平然と為されるままにしながら用意された丹羽市街地図を眺めていた。

 それを引っ張り出すのに数十分、事情を説明するのにまた数十分かかったのだった。

「年齢的に『姪っ子』と言った方が話が通りやすかったかもしれませんね」

「なんて戯れ言を。あたしの正確な年齢を聞いたら、あなた驚くわよ」

「えっ!? 本当はいくつなんですか」

「言わない」

エルラガルは即答する。憮然とした表情でそっぽを向いた。

 しまった、と筒井が後悔したのもつかの間、エルラガルは何か思いついたようだ。祐人がこの場にいたら、間違いなく距離をとることを進めただろう。そんな表情だ。

「ねぇ」

「はいぃ!?」

思わず、筒井は声がうわずってハンドルを回してしまう。なんとか蛇行する車の体勢を立て直すが、エルラガルはどこ吹く風だ。

「もし、あたしが突然ここから消えたら驚く?」

「それは勿論。走ってる車からどうやって消えるんですか」

「簡単よ。実体化を解けばいいん……」

「!!?」

ぱっとエルラガルの姿が車内からかき消えた。

 後続車からのクラクションが断続的に鳴る。

「……はっ!! あぶ、危ない! 事故が!?」

また蛇行していた車を、慌てふためきながら路肩に停車させる。辛うじて、事故は防げた形だ。

 通り過ぎる時に、後続車にばんばんクラクションを鳴らされていく。筒井は警察関係者として、平常心ではいられない精神状態だ。

 一段落して、筒井は助手席の方を見た。

 エルラガルの姿はそこにない。シートに触ると、まだ温かい。確実にそこにいた証拠だ。

「あれ、エルラガルさん? 本当にいない?」

後部座席や足元、果てはダッシュボードの中まで確認するが、エルラガルの姿を見つけられない。

 その時、筒井の心の中に恐ろしい記憶が立ち上がった。エルラガルが突然消え、後続車からクラクションを鳴らされた時。慌てて見たバックミラーに、「何か青いもの」が映り込んでいなかっただろうか。

(まさか、アレが? でも、どうやって? まさか車にひかれて……)

嫌な想像ばかりが頭を占め、汗が頬をつたう。

「とにかく、確認しなければ!」

思考がそこまで辿り着くのに数分かかった。

 まずは車を降りようと筒井がシートベルトに手をかけた時、

「!!?」

不意な物音に反応して、筒井は飛び跳ねた。

 慌てて音のした方を見ると、

「やっ。開けて」

「ええええええぇぇぇぇ!?」

気軽な声で、エルラガルが車内を覗き込んでいた。先刻の物音は、エルラガルが助手席側の窓を叩いた音だったのだ。

 驚きながら、筒井は助手席側のドアのロックを外す。エルラガルは、さも何もなかったかのような表情で、するりと車に乗り込んだ。

「どう、驚いた?」

「え、いや、ちょっと。ど、どうやって」

あまりにも驚きすぎて、しどろもどろで要領を得ない。

 難しい数学の解法でも尋ねられたように、自慢げにエルラガルは胸を反らした。

「実体化を解いて、車内から離脱したのよ。それで歩道に着いてから実体化して、ここまで歩いてきたわけ」

「はぁ」

「蛇行運転には注意しなさいよね」

今ひとつ、筒井には合点がいかない。

 エルラガルの会話の文脈を、行間まですみずみと読み解くとこうなる。

 筒井の運転する車が時速60キロで国道を走行中、エルラガルはその車内から実体化を解除して離脱。車外域に出るとすぐさま実体化し、足だけで踏ん張ってブレーキ。だが後続車がすぐのところまで迫っており、衝突を防ぐため再び実体化を解除した。この瞬間を筒井は、バックミラーを通して見たのだ。その後エルラガルは歩道まで来ると、実体化して筒井の車が停車した位置まで歩いてきた、というわけだ。

「どう? 昨日は『嘘だ』って言ってたエーテルとかそういう話を信じる気になった?」

エルラガルは居丈高に言い放つ。筒井はハンドルに寄りかかって、心底ショックを受けて呆然としていた。

 いつまで経っても、筒井は微動だにしない。不審に思ったエルラガルは、筒井の顔を覗き見た。

「ウソだウソだウソだマジックだウソだウソだウソだマジックだウソだ……」

「ふふっ」

エルラガルの口の端から笑い声が漏れる。目をつぶり、自身に『常識』を言い聞かせる筒井の様子が笑いを誘った。

 くっくっくっ、と笑いを堪えていると、筒井が顔を上げた。真面目な目をして、エルラガルを見る。

「先刻のは、マジックですよね? タネも仕掛けもあるんですよね」

「信じられないわよね。受け入れるのは難しい。『普通』の反応をしてくれる人がいて、あたしは嬉しい」

筒井の手を取り、真剣な目でエルラガルは言い聞かせた。筒井の安息になるのではなく、彼の発言を否定し再度主張するものだ。

 だから、

(たとえ絶望に転んでも、壊れても、裏切られたとしても、あたしはそれを尊重する。だってこれは、今まで生きてきた自分の『常識』を、人生を真っ向から否定することになるんだから)

とエルラガルは思う。

 そして、

(こいつと違って、祐人は疑いもせずに受け入れて、でも『信じない』。アンバランスというか、辻褄が合わないというか…………でも、良い意味であたしの『常識』を覆してくれたことになるのかしらね)

と、ここにいない祐人に思いを馳せた。

 現実に目を戻すと、筒井が迷子の子供のような顔でエルラガルにすがっていた。「こ、これから、何をどうすれば……」

「えぇい、自分の常識がちょっと揺らいだくらいで! まずは車を出して。最初は図書館に行くのよ」

ブンブンとエルラガルは腕を振り回す。

 無言で、死んだ魚のような目をして筒井は車を発進させた。



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