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¶12 普通は驚いて否定するんだって

「いったいどうした、内藤くん!?」

「祐人、どうしたの」

慌てた筒井は、祐人の肩に手を置いた。エルラガルは、興味津々に祐人に訊いてくる。

「……!!?」

はっとして、祐人は我に返った。狭い聴取室に居る全員が、それぞれ違う思惑を含みながら、祐人をまじまじと見つめていた。

「俺は、いったい……はっ」

(――「ちょ、ちょっと待ったぁぁぁぁッ!!!!」――)

恥ずかしさで耳まで真っ赤に染まる。

 だが、この状況で祐人は立ち止まっていられない。進むも地獄退くも地獄なら進むしかない。なにせエルラガルの発言によって、非常に悪いポジションに置かれているのだから。

 一度、大きく深呼吸する。祐人は筒井を見、エルラガルをまっすぐに見た。

「全部、話すしかないんじゃないか」

「……何を?」

「全部だよ、全部。エーテルとか昼の件とか何もかも。もう俺たちの手に負えるレベルじゃなくなってる」

エルラガルは、黙って祐人の目を見る。その澄んだ目は心の奥底、本人が気づいてすらいない感情のゆらぎさえも見通すかのようにただ静かにあった。

 見つめられて、たじろぐ祐人を見ながらエルラガルは心の中で、軽くため息をついた。

(ちょっと祐人には荷が勝ちすぎだったかも……しかし、この男に話してもいいのかな。ちょっと気になるけど)

「祐人。あなたがいいと思うなら、あたしは構わない」

エルラガルは、いつもとは打って変わって静かで、ゆっくりとした声だ。祐人はほっと胸をなで下ろした。

「でも、全部話すの? この男がその話を理解できると思う? 祐人だって納得はしてないんでしょ」

(すっかり忘れてた……)

不敵な笑みを浮かべるエルラガルに、祐人は返す言葉もない。話したところで信じてもらえるかどうかは分からないのだ。

 だが、立ち向かうしかない。祐人は腹をくくった。

「ちょっと三人で話せませんか」

「その三人は、内藤くんとエルラガルさんと僕ってことですか?」

筒井は明らかにむっとした表情だ。筒井は刑事でここは聴取室なのだから。

 祐人の真剣な顔を見て、筒井は何か切羽詰まったものを感じ取ったようだ。パソコンに向かっていた女性を呼ぶと、二言三言声をかけた。始めは困惑していたが、女性は頷いて、祐人たちに目礼して聴取室から出て行った。

「彼女には、休憩時間ということにしてもらいました」

「助かります」

おそらく重要参考人に当たる祐人の頼みを易々と受け入れるのは、簡単にはいかないことだろう。祐人はそう思って、深々と頭を下げてお礼を述べた。

 だが、筒井は苦笑いを返してきた。

「先刻もお話した通り、周囲の人たちはこの件に興味がありません。彼女も同様で、無理に頼んだだけです。女の子もいますし」

と言って、エルラガルの方に目をやる。そのエルラガルはパイプ椅子を傾けて遊んでいる。

 つまり、祐人が勝手に解釈して独り合点した結果だった。長い、長いため息が祐人の口の端から漏れた。

 筒井は、笑みを投げかけてくる。

「では、どんな話を聞かせてくれるんですかね」

「祐人は気力がゼロみたいだから、あたしが話しようか」

魂が抜けたように机に突っ伏した祐人を突っつきながら、エルラガルは言った。

「先に言っておくけど、これから話すことについて信じるも信じないのも、聞き手の自由。でも、これを知っておいてもらわないと次に進めないってだけだから」

筒井は深く頷いた。それを受けて、エルラガルは続ける。

「まず、世界には“エーテル”って名付けられた観測不可のエナジーが充満してるの。エーテルは指向性のあるエナジーという別称があるんだけど、それ自体では、ただ『在る』だけだから何の役にも立たない。でも、あたしたちのようにエーテルを利用することで、一般的には不可能だと考えられることが可能となる集団がいる。そういう能力を持つ個人を、ヒトの限界を超えた者、“超越者ダイモン”と呼ぶの」

「……そんなマンガみたいな話を信じろ、と? 信じられるわけないですよ。冗談を言ってる場合じゃないってわかってますよね」

筒井は明らかに、今日一番イライラしている。

 だが、対するエルラガルはキラキラした満面の笑みを浮かべた。祐人の背中をバンバンと強く叩きながら、喜びをいっぱいに表した声をあげる。

「ほら、やっぱり! 普通は驚いて否定するんだって! 祐人が変なのよ。あの時に、何て言ってた?」

「あ、あの時? 2ヶ月くらい前、エーテルの話をされた時のことか。『そうですか』のような感じだった」

「違う。祐人はあの時、最後まで聞いて『へぇ、さいですか』って言うだけで、大半は聞き流してた」

「そうだったかな……」

躍起になって否定しなかったことでエルラガルに文句を言われるとは、祐人は想定だにしていなかった。本気で、エルラガルに対する反応を考え直す必要がありそうだ。

 悩む祐人に、イライラが募る筒井は高圧的に切り出した。

「そのエーテルが一体、若者たちの失踪とどういう関係になるんですか」

「詳しくはちょっと……ただ、間接的な関係性は話せる、と思うけど」

言って、祐人はエルラガルの顔色を窺う。

 その目線に気付いたエルラガルは、しっかりと頷いた。祐人がどう考えているのかをエルラガルが把握するためだ。

「今朝の話なんだが、登校中にエルラガルが何かに感づいたようで、路地裏に消えていったんだ……」

祐人は今朝と昼に起こった出来事を、筒井にかいつまんで説明した。もちろん、納得のいかない顔をしている。初めてそんな話を聞かされたら、誰だってそんな顔をするだろう。

 それでも筒井はなんとか理解しようと頑張っているようだ。

「その『鬼』みたいなものが、写真の三人で、エーテルとかいう何かによってその形状になった。それらは、昼に接触してきたある男性の思惑によるものらしい。そういうことですか」

「要点だけ言えば、そういうことね」

エルラガルは腕組みしながら、頷いた。

「エーテル操作は、そもそも人体の能力の範疇にはないの。だからこその“超越者”よ。そこで、その補強、もしくは底上げとして鎧のようなものを組み上げる必要がある」

「宇宙服みたいなものか」

「それ、あたし知らない」

祐人の合いの手もむなしく、エルラガルに袖にされる。筒井が感心したような顔をしているから、まあよしと祐人は気を取り直した。

「祐人が『鬼』とやらに見えたそれは普通、個人の心に根付いている強さ、畏怖、尊敬といった感情が深く影響しているの。似た環境で生活してきたなら、似たようなものになることもあるけど、三体ともほぼ同じと言っていいほど似通ってた。だったら、ある『ひとり』の感情に深く影響されてると考えた方が論理的よね」

「その『ひとり』が、あの男性?」

「最初は分からなかったけど、似たようなものを沢山引き連れてるのを見せられたし」

エルラガルは自嘲気味に肩をすくめた。厄介な出来事の壮大さに、祐人と筒井はそろってため息が漏れる。

 それでも、筒井は質問を続ける。刑事の性質なのだろうか。

「話を聞いてると、おふたりはまるで人間じゃない何か別のモノ……」

「違う! エルラガルはそうだとしても、俺は平凡な一般人だ。そのはずだ」

「貶されてるように聞こえるけど……あたしは、もしかしたら『人間』という括りには入らないのかもね」

「じゃあ、どういう?」

否定した祐人は置いといて、エルラガルに追求する。

「あたしは、この世界の人間じゃない。厳密に言うと、この宇宙で産まれ育ったわけじゃない、ってことらしいんだけど…………だから、あたしは研究者じゃないんだから、詳しくは知らないの! 人間が身体構造を完全に把握してないのと一緒よ」

祐人は、知らないふりをして聞き流している。あーぁ、と口だけが動いた。これは他人の受け売りなんだけど、と前置きして、エルラガルは続ける。

「表現の問題なんだろうけど、『世界』は複数の『宇宙』から成り立っているらしいのよ。お偉いさん達は『多元宇宙』とか言ってたわね。それで、《エーテル界》からこの地球が属する『宇宙』、《物質界》へと、あたしはやってきた、というわけ」

「ど、どこから?」

「この宇宙とは違う『宇宙』から。今いるこの『宇宙』を《物質界》、あたしたちがいた『宇宙』を《エーテル界》とエーテルに関わった関係者はそう呼んでる。そんなのただの符号でしかないのよ。あっちとかこっちとか、勘違いしやすいじゃない? そのふたつの『宇宙』と『世界』は、手っ取り早く地球の様子に則って言えば、お互いに見えないけどそれぞれ大陸があって、あたしは船を漕いで大海原を渡ってやってきた。そう捉えていいみたい」

「お互いに見えないんなら、どうやって来たんですか?」

「もちろんエーテルを使って、よ。両方の宇宙には、濃度は別にすればエーテルがあるの。それを同調させて、局所的に繋がる小さなトンネルを作って、それを通り抜けて来たのよ」

「でも先刻、『船を漕いで』やって来たって言いましたよね?」

「……『地球の様子に則って言えば』とも言ったはずよ」

あからさまに不愉快そうに、エルラガルは眉根を寄せた。同意するように苦笑を返して、筒井はいきなり黙り込む。エルラガルが覗き込むと、何か思案しているようだ。

 帰るに帰れない祐人とエルラガルは、することがない。また机に突っ伏すエルラガルを見ながら、祐人は欠伸が出た。日付はもう確実に変わってるに違いない。

 とその時、筒井がいきなり大声をあげた。

「つまり、エルラガルさんは宇宙人か異世界人かそれに類する何かで、エーテルは魔力みたいなもの、そして現在この丹羽市ではエルラガルさんの仲間が悪いことをしようとしている、というわけですね!!」

「……いくら刑事だからって、言って良いことと悪いことがあるだろ!!」

即座に祐人が反発した。

「今まで、今まで一度もそんな、『イセカなんとか』だとか『マなんとか』だなんて、そんな簡単な表現をしたことが、あったか!? 敢えて簡単な表現を避けて、言わないように言わないように、って2ヶ月もガマンしてきたんだ! 2ヶ月だぞ、2ヶ月!! それを、ふらっと来て分かった風に言うことがアリだと言うのか」

「祐人、そんなにガマンしてたんだ。気づかなくてごめん……なんで怒ってるか分かんないけど」

「逆鱗に触れてしまったようで、すみません……」

エルラガルと筒井が、しんみりと謝辞を述べた。暴走していたことに気付いた祐人も、落ち着いてみせる。

「分かってくれれば、いいんだ。俺の方こそ、睡魔に襲われておかしくなってるみたいで、ごめん」

その時ちょうど、聴取室のドアが開いた。

 おそるおそる顔を出したのは、先刻とは別の女性だ。カップを載せた盆を持っている。

「皆さんお疲れだと思って。お菓子は切れてたので、コーヒーだけでも飲んでください」

「気遣わせちゃったみたいでごめんね」

「いえ、いいんです! 筒井さんが頑張って下されば」

と言って、女性は人数分のカップを机に置いた。

 そしてすぐ退出するものかと思いきや、そこに立ち尽くしたままだ。それでは、先刻からの話を続けられない。

 祐人とエルラガルは、ジト目で筒井を睨んだ。早く追い出せ。無言の圧力だ。ちなみにエルラガルは小さく舌打ちもつけている。

 筒井はしっかり困った後、コーヒーに口を付けた。

「うん、いつも通りだ。ありがとう、戻っていいよ」

はい、と夜も更けたというのに元気な返事をして女性は聴取室から出ていった。

 出ていくなりすぐに、今度は筒井が机に突っ伏す。

「あの子ちょっと苦手なんですよ。何考えてるか分からないというか……」

「へぇ、そう」

気のない返事だ。筒井の感想にこれっぽっちも祐人は興味もないし、エルラガルに至ってはカツ丼もお菓子もないとなると、全体的に嫌気がさしてくるのだ。

 仕方なく、エルラガルは目の前のコーヒーに手を伸ばした。

「ぶぼっ」

「どうした、エルラガル!?」

盛大にむせた。慌てて祐人は、エルラガルの背中を撫でてやる。すると息も絶え絶えに、エルラガルは言った。

「ま、不味い……」

「それは酷ですよ」

「……エルラガルは、マスターのコーヒーしか飲んだことなかったからなぁ。市販のインスタントコーヒーなんて、大概こんなもんだ……不味い」

口をつけて直ぐに、祐人はカップから距離を置いた。

 不味い。インスタントコーヒーとは思えないほどだ。驚く祐人の隣で、エルラガルが面白がっている。

「なるほど、これが噂の泥水みたいだっていうコーヒーなのね」

などと宣っている。

 エルラガルと祐人の『不味い』発言を黙って聞いていた筒井が、躍起になって否定する。

「これを毎日飲んでるんです。それに、先刻持ってきた子にも悪いでしょう? もう言わないでください」

「「だって不味いものは不味い」」

見事にハモった。

「刑事さん、刑事さん。ショック受けてるところ悪いんだけど、そろそろ俺たち帰ってもいいかな?」

「えぇ、いいですよ」

もう筒井は顔も上げない。

 立ち上がった時、はっ、と祐人は大切なことに気付いた。

「エルラガル、この後どうするんだ」

「どうするって、帰るんでしょ」

「どこに」

「……あぁ。良いんじゃない、祐人の家で」

「良くはないだろ」

ずっとふわふわ浮いていたエルラガルは、根無し草同然だった。というよりも居ても居なくても同じ扱いだった。つい半日程前まではそんな心配は無用だったのだが、実体が伴っていては都合が悪い。嬉しいとか嬉しくないとかいう話ではなく、小市民たる祐人にとって近所に広まる悪い噂は命取りなのだ。

「だってあの部屋、祐人しか使ってないんだからいいじゃない。2階下の部屋なんて、4人で暮らしてるわよ」

「ブルジョアに勘違いされるような物言いを止めろ。そもそもだな、あの部屋は伯父さんのもので、俺は居候なんだ。立場上、住人をほいほい増やすわけにもいかないんだ」

復活した筒井が喰いついてきた。

「伯父さんと二人暮らしなんですか? それも今現在はご在宅でない。それにエルラガルさんは帰る場所がないんですか」

「……そ、そうなるな」

「じゃあ、あたしは野宿になるの?」

「祐人くんの伯父さんはどんな仕事をなさってるんですか」

「えーっと。海外で……そう、貿易だ。買い付けで海外に出張中なんだよ」

「そうですか」

不満そうな顔をして、筒井は頷いた。

 結局、筒井の援護を受けたエルラガルの押し切りという形で、祐人はエルラガルを泊めることになった。筒井に送られ帰宅する頃にはとうに2時を過ぎ、マンションにつくなり、祐人はリビングのソファーに倒れ込むようにして寝てしまった。



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