6話
時間が経ち、季節が巡り、エルドリス村は変わりなく穏やかな日々を送っていた。オークの木は相変わらず村の中心に立ち、村人たちはそれぞれの生活を大切にしていた。
リーナもまた、日々を過ごしていた。けれど、心の中にはずっと、空虚な思いが残り続けていた。
あの日から、何度も何度も自分に言い聞かせた。カイルの願いを胸に、前を向いて生きていかなければならないと。
しかし、実際に一歩踏み出しても、その足取りはどうしても重く、時折、立ち止まりたくなることがあった。
カイルがいなくなった世界で、彼との思い出だけが、まるで手のひらに残る温もりのように感じられる瞬間があった。
リーナはよく、夜空を見上げる。あの星空、二人で一緒に眺めた空が、今でも心の中で輝いている。
星は昔と変わらず輝いているのに、彼はもういない。
村の広場で顔を合わせる人々は、皆、時間と共に戦争の傷を癒していったかのように見えた。
だがリーナだけは、彼がいないことを、毎日感じていた。
町の雑踏の中でも、カイルと一緒に歩いていた日々が、どこか遠くに感じられて仕方なかった。
ある日、オークの木の下で、リーナはひとり静かに座っていた。風がそっと頬を撫でる。木々が揺れる音が心地よい。
けれど、その中に混じる一抹の寂しさが、彼女の胸に染み込んでいった。
「カイル…」
彼の名前を口にすると、胸の奥が痛む。
もう何度も思い出したはずなのに、今でもその痛みは消えない。
毎日を過ごしているうちに、少しずつ忘れることができるのだろうかと思ったこともあった。しかし、答えはいつもひとつだった。
それは、無理だということ。
彼との約束を守ることが、今の自分の使命だと思う。
だから、前を向いて生きていかなければならない。それでも、心の奥底には、どうしても埋められない空白が広がっている。
カイルが帰ってこないという現実は、どれだけ時間が経っても、どうしても受け入れきれないのだ。
リーナは立ち上がり、手のひらに握りしめていた護符を再び見つめた。それは、あの日カイルからもらったもの。小さな銀の護符。今でもその重みを感じるたびに、彼との約束が心に響く。
「カイル、あなたが守ってくれた未来を、私は生きるよ。けれど、今もあなたがいないことが…こんなにも寂しい。」
彼女は木の下で静かに目を閉じる。
その瞬間、風が再び強く吹き抜け、木の葉が舞い上がった。その中で、リーナはふと感じた。まるでカイルの声が、風に乗って届いたかのような気がした。
「大丈夫だよ。前を向いて、生きろ。」
リーナは一度深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
カイルが生きていた時、いつもこうして彼女を励ましてくれたことを思い出す。今でも、どこかで彼が見守ってくれている気がする。
その思いを胸に、リーナは一歩踏み出した。
「ありがとう、カイル。あなたが残したものは、私の中にずっと生き続けている。」
それから、日々の生活は少しずつ前に進んでいった。村の人々と共に畑を耕し、穏やかな日常を送る中で、リーナは気づいた。
カイルの願いが彼女の中で、少しずつ形を変えて生き続けていることに。
それは、彼が生きていた証でもあった。リーナは、自分がその未来を生きることで、カイルを忘れることなく、彼との約束を守っていくのだと確信した。
けれど、やっぱり、時々寂しさが襲ってくる。夜空を見上げると、彼の笑顔が浮かんでくる。
手紙に書かれた「前を向いて生きてほしい」という言葉が、今でもリーナを支えていた。でも、その支えが、時には重く感じられることもあった。
それでも、リーナは一歩一歩を踏みしめて進んでいく。彼との思い出が、悲しみだけでなく、力を与えてくれると信じて。
オークの木の下で、彼の温もりが今でも感じられるように、彼女は未来を歩き続ける。