2話
その平穏な日々を断ち切るように、ある日村に王国の軍使が訪れた。その日は曇り空で、冷たい風が村中を吹き抜けていた。
子どもたちは外遊びをやめ、家の中に駆け込む。大人たちは畑仕事の手を止め、不安げな目で馬を駆る軍使の一団を見つめていた。
彼らの纏う重厚な鎧と旗に刻まれた王家の紋章が、遠い都の威圧感をありありと伝えていた。
広場に集められた村人たちの前で、軍使の一人が馬から降り、堂々とした態度で布告を読み上げた。
「アデリス王国の民よ、王の名のもとに命じる。隣国との緊張が高まり、戦が避けられぬ状況となった。成年男子はすべて王国軍に加わり、祖国を守る義務を果たすべし!」
その言葉は、広場を覆う静寂の中で冷たく響いた。村人たちは顔を見合わせ、小声で囁き合い始めた。
「戦争だなんて……この村から男を連れて行くなんて、正気じゃない。」
「だが、命令に背けば村ごと罰せられる。それだけは避けなければ。」
中には恐怖に顔を歪める者もいれば、怒りを抑えきれない者もいた。
その中で、カイルは静かに前に歩み出た。
「僕が行きます。」
その言葉は、一瞬広場を静まり返らせた。リーナは息を飲み、驚きと悲しみの入り混じった表情でカイルを見つめた。
そして彼の腕を掴み、震える声で叫んだ。
「行かないで! カイル、他の誰かが行けばいいでしょう? なぜあなたが行かなければならないの?」
彼女の涙ぐむ瞳を見つめながら、カイルはそっと首を振った。その目には揺るぎない決意が宿っていた。
「誰かが行かなきゃならないんだ。
僕が行かなくても、結局は村から誰かが行かなければならない。それに、君や村のみんなを守るためなら、僕は喜んで戦うよ。」
リーナは言葉を失い、涙が頬を伝った。カイルの手を強く掴んでいたが、彼の決意がどれほど固いものかを感じ取ると、無理に引き止めることができなかった。
代わりに、彼女は声を震わせながら言葉を絞り出した。
「約束して……必ず、必ず戻ってきて。」
カイルは微笑みながら彼女の手を握り返した。
「約束するよ。君や村の皆の元に、必ず帰ってくる。」
その言葉には力強さが込められていたが、どこか儚さも漂っていた。
村人たちはそのやり取りを見守りながら、重い沈黙に包まれていた。
リーナの涙が冷たい風に揺れる中、カイルは軍使に向き直り、深々と頭を下げた。
「王国のために、命を懸けます。」
その姿を見て、リーナは胸が締め付けられるような思いを抱きながらも、彼の背中を見送ることしかできなかった。