095話 誘拐と高い高い[後半]
貴族院へ一緒に蒼汰と通っているマギウスジェム領組のアモルとリーリが、アヴァールス子爵に誘拐された。俺と父と剣聖、魔石伯と家令のディスペンサー、魔石伯の父で隠居伯と執事のヴァサルスが救出に行くべく、魔石伯の宇宙船で惑星メリディヌーラムまで行く事になった。
魔石伯の宇宙船はアエテルニタス・カニス号と言い、実に伯爵家に相応しい名前である。母の船よりも小型の全長五十メートルの木造帆船だが、戦闘用に小回りが利く小型にしているようだ。
「ブフッ! 前に乗った時はミリオン・スタンピードの時だったから気づかなかったけど、永遠の犬号とか素敵な名前!」
「実にワンコらしい名前であるな」
「もっと褒めても良いのだぞ」
俺と剣聖の言い分を誉め言葉と捉えられる所が魔石伯の良い所である。ちなみに母の船はコンコルディア・アーラ号で調和の翼号と言う意味だ。俺も自分の船に恰好が良い名前を付けたいね!
転移魔法が初めての魔石伯はノリノリで尻尾を振り、ディスペンサーは怖がって尻尾が下がっている。
「さあソータよ。メリディヌーラムまで転移するのだ!」
「怖いです。坊ちゃま……」
俺は操縦権を渡される前に心配になって魔石伯に確かめた。
「フライト・プランは航宙者ギルドの航宙管制官に提出したの?」
「お、忘れておったわ!」
「ワンコを散歩させるのにも苦労するのう」
剣聖に言われて魔石伯は通信し、自領の航宙者ギルドにはフライト・プランが受理された。問題は行先のメリディコマーシア領の航宙者ギルドで、航宙管制官に怪訝な顔をされる。
「サピュルス伯爵。移動が三十分以内はありえないと思うのですが……。飛ばしても3日はかかりますよね?」
「そんな物はソータの転移魔法で一瞬なのだ」
堂々巡りを繰り返しているので、俺は助け船を出した。
「メリディコマーシア領の航宙管制官。以前に結界消失事件が起こったのは覚えている?」
「ええ、もちろんです。その時は大変でした」
「その時に剣聖とその息子のホリゾンとオケアヌス将軍が、コンコルディア・アーラ号でそちらに助けに行ったはずだけれど記録に残っていない?」
「お待ちください……。確かに記録にございます。それが何か?」
「その時は帝星からそちらに向かったと思うけれど、移動時間が今回と同じように短く申請して受理されたはず」
「……はい。確かに」
「今回もその時と同じ方法を使うので、その移動時間で合っているよ」
「移動時間を了解しました。お時間を取らせて申し訳ありませんでした」
航宙管制官との通信が終わったので、魔石伯から操縦権を借りてメリディヌーラムの宇宙港の上空に転移した。流石に南方中継点なので周囲に宇宙船が飛び交っている。突然に出現した俺達の宇宙船に戸惑ったのか、慌てて操舵をしてフラフラする船も見えた。
魔石伯とディスペンサーの尻尾が上がったり下がったりと不思議な動きをしていたので、しばらくそっとして置いた。復活した魔石伯に操縦権を返して入港すると、剣聖の威光で素早く入領手続きが済んだ。魔石伯とディスペンサーは移動の速さに愕然としている。
「我々の今までの移動は何だったのであろうな……」
「そうでございますね、坊ちゃま……」
「ほれっ! しゃんとせんか! サピュルス」
「隠居伯も最初は同じ感じだったじゃん」
「そ、それはソータ様。言わずに置いてくれんと息子に恰好がつかんのだ!」
「ふふっ! 親子で似ているなぁと思っただけ。それじゃあアモルとリーリの所に行こうか」
「待って下さい」
父に制止されて発動しようとしていた転移魔法を中断する。
「ちょっと何さ父さん。転移魔法は繊細なんだよ。失敗すると危ないんだから」
まあ何重もセイフティガードが組まれているので中断位は平気だが。
「すいません。子爵の城の中に転移しようとしていましたよね?」
「うん。それが何?」
「不法侵入になりますよ」
「えー? 『それでは我が城で待っていますよ』って言っていたから、行くしかないよね」
「くくっ! 確かにそう言っておったのう!」
「そうでしょ? 問われたら通信の映像を証拠にできるから問題ないよ」
剣聖は楽しそうに同意してくれた。
「不法侵入の件は分かりました。しかし私の息子はマナーがなっていませんね」
「あのね。アモルとリーリを誘拐するような相手にマナーなんて必要ないよ!」
「まあそう言われればそうですね。引き留めてすいませんでした」
「じゃあレッツラゴー!」
城の中に転移するとやたらとファンシーな雰囲気の部屋に着いた。部屋の中央に木製の滑り台なんかがあって、子供が遊ぶための部屋なようだ。その滑り台でアモルとリーリと一緒に男の子と女の子が一緒に遊んでいた。
「「ソータお兄ちゃん!」」
アモルとリーリの2人が俺に気づいて駆け寄って来た。俺は抱きしめて頭を撫でてやった。
「何か酷い事されなかった?」
「え~と、連れて来られた貴族院の教師って言っていた人は怖かったけれど、ここでは楽しいよね」
「うん。貴族院の寮より食事は美味しいし、2人と遊んでいたの」
男の子と女の子は兄妹のようで、滑り台の陰に隠れて様子を伺うようにしていた。大人が大量に乱入して来たので、ビックリしているようだった。その背後にクラルスが居て子供を守るように抱きしめていた。ミネルヴァの表示によると2人はクラルスの子供で、ミーティスの所のリージスとミコ兄妹と同じ年齢であり、アモルとリーリよりも3歳程、年下になる。
剣聖がクラルスに声をかけた。
「儂を知っておるかの?」
「はい、存じております。剣聖侯爵殿下。お前達、跪きなさい」
クラルスとその子供達は剣聖の近くに寄り、片膝を跪いた。クラルスは頭を垂れているが、子供達は何が起きているのか分かっていないようで、キョロキョロとこちらを伺っていた。
「そう固くならずとも良い。この子達が誘拐されて来たのは知っておったか?」
「はい。父を諫められない立場に憤りを覚えた物です。せめて寂しい思いが無いように私の子供達と遊ばせていた所でございます」
「うむ。それで相談なのじゃが、クラルスは子爵の爵位に興味はないかのう?」
「子爵でございますか? 妾の子の身で分不相応ながら、貴族院では領主科も修了しましたので制度上は可能ですが、私の出自では父が許すとは思えません」
「それは何とかなるのでな。今の正妻の嫡男は後任としてよろしくないので陛下が嘆いておった。できればお主に引き受けてもらいたい」
「も、もったいないお言葉で恐縮です! 父の振る舞いは許せる物ではなかったので、今回の誘拐で愛想が尽きた所でした。願うならば後任を拝命する所存であります!」
「おお。それはこちらとしても願ってもない事じゃ。それではお主の父にはご退場を願おうかのう」
剣聖が促して子爵の元に向かう事になった。クラルスは子供達兄妹を子供部屋で使用人を呼んで任せた。アモルとリーリは2人に手を振ってお別れをする。そしてクラルスが俺達を先導してくれた。
城内では超有名人の剣聖が闊歩しているので騒ぎになったが、クラルスが先導しているので咎められる事もなく領主の執務室前にすんなりと行けた。最初はクラルスが扉をノックしようとしていたが、剣聖が止めて自ら扉を開けようとしたが鍵がかかっていたので、扉を剣聖がぶち抜いて強引に入室した。
バタンッ!
領主の執務室の扉は枠ごと室内に倒れ込み、中に居た子爵と護衛騎士は何事かと目を剥いて身構えた。剣聖は面倒くさそうに、魔法鞄から出して構えていたホーミング水鉄砲で、旧ナノ・ゴーレム薬を護衛騎士に撃った。ミネルヴァが気を利かせてくれて即座に無力化してくれる。
『マスター。護衛騎士は眠らせました』
『ありがとう、ミネルヴァ』
護衛騎士が気を失うように眠り込んで倒れた。子爵はその様を見ると立ち上がりかけていたのを腰が折れて椅子に沈み込んだ。魔石伯が子爵に名乗りを上げる。
「アヴァールス卿。ソータを連れて来たぞ」
「む、無断で城に乗り込むとは不法侵入ではないか!」
「俺がソータね。『それでは我が城で待っていますよ』とか言っていたから駆けつけて上げたのに、お礼も言えないなんて。こんな大人になっちゃ駄目だよ」
「「は~い!」」
アモルとリーリが元気よく返事をしてくれた。子爵は移動時間にも文句を言って来た。
「さっきまでマギウスジェム領に居たではないか。どうやってここまで来たのだ。1時間も立っておらぬではないか。非常識にも程がある」
「非常意識ってね……子供を誘拐するような人に言われたくないんだけれど。ちなみに転移魔法を使ったんだよ。移動時間より、ここの航宙管制官と揉めていた時間の方が長かったよね」
「「「「「「確かに」」」」」」
俺は収納から契約書を出して子爵の机の上に置いた。
「それで結界モニュメントとマギウス・ポータルを増設したいんでしょ? この契約書にサインしてくれるならタダでやって上げても良いよ。でも世界樹からの供給魔素より消費魔素の方が増えて魔法が使えなくなっちゃうかもね」
「……そんな事にはならん。魔法省の認可も通したのだ。お前はただ私の言うとおりに設置すれば良いのだ。この支払できない場合の契約事項はありえんな」
そう言って笑いながら子爵は契約書にサインした。クラルスは一瞬サインを止めようとするが、剣聖に肩を掴まれて制止されていた。魔石伯達は因縁があるのか子爵がサインした瞬間に尻尾をブンブンと振り回した。子爵は高笑いをする。
「ふははは! これで我が城が完成する!」
俺は契約書を神聖魔法で処理して、アルティウスとの契約なので破ると厳しい神罰が下ると脅したが、子爵は我関せずな感じだった。
モニュメントとポータルを設置するべく、子爵の案内で城のある島を囲うようにモニュメントを設置して行った。こんな事もあろうかと予備を作って収納の肥やしになっていた物だ。子爵とクラルスを転移したくないので、レビタス車で案内されてモニュメントを設置し終えた。
ポータルは城の近くに1つを設置して、もう1つは島から離れた元々結界のある市内に設置するつもりのようだ。おそらく市内から離れた島に城を作って移住したのだが、結界の外なので困っていたようだった。結界消失事件の時に島のある城から騎士団を市内に向かわせなかったので被害が増大した裏事情があると父から教えられた。まったく困った領主だね……。
宇宙船で市内と島を往復してポータル設置も終わらせ、島のポータル前に来た。これから結界とポータルの起動を行うつもりだ。世界樹銅のメリディドゥーヌムと、こっそりと念話した。
『メリディドゥーヌム。これから結界とポータルの起動を行うからね。父と剣聖だけは供給を止めないで。無理しないで演技よろしく!』
『はい、ソータ様。お気遣いありがとうございます!』
俺は宣言して結界とポータルの起動を行った。
「それじゃあ、結界とポータルの起動をするね」
「「「「「「「「「「おおっ! ……あれ??」」」」」」」」」」
結界とポータルの起動を行うと、世界樹から結界とポータル以外の魔素供給が途絶えたようだ。宇宙船は若木があるので平気だが、浮かんでいたレビタス車は緊急モードになって、内蔵する魔石の魔素を使ってゆっくりと地面に降り立つ。
子爵が慌てふためいた。
「ど、どういう事だ! 龍脈からの魔素がまったく感じられなくなった!」
「魔素が感じられぬのは不愉快だが、アヴァールス卿が慌てふためく様は見ていて胸がすくようだ!」
「まったくですね。父様!」
隠居伯と魔石伯は尻尾をぶん回し始めた。ディスペンサーとヴァサルスもそれに習っていて面白い。俺は魔石伯達を窘めた。
「そんな人の不幸を笑うのは良くないよ」
「くくくっ! それを引き起こして誘導したお主が言うのかソータよ」
「まあそうなんだけれどね。それで伯爵家と子爵家は何か因縁があるの?」
「あるも何も、南方貴族は他領と貿易や通行する度に関税や港湾費を毟り取られていたのだ。しかもただの子爵家が南方貴族連合の盟主になれたのだぞ。私の所だけでなく他家からも相当に恨みを買っておるのは間違いない」
「ふ~ん。こんな意地が悪い大人になっちゃ駄目だよ」
「「は~い!」」
アモルとリーリが元気よく返事をしてくれた。魔石伯達は文句を言って来た。
「お主の契約書の方があくどいではないか!」
「えー? 光ってパンチした方が良かった?」
「そ、それは止めてくれ!」
子爵は両膝を地面に付いて項垂れていたが、俺は容赦なく言い放った。
「子爵。大白金貨二十万枚を払ってくれれば止めるけれど?」
「ど、どうしてこうなった……」
「最大の問題は、この星の世界樹が銅だからね。伯爵の所の銀より魔素供給が少ないし、帝星なんか金が2本もあるから魔素をジャブジャブ使える。それから市内にあるベトスの民が元々設置した結界モニュメントを移動して結界を広げたのも良くないね」
「広げなければ街が手狭なままではないか!」
「その自分勝手な都合を世界樹に押し付けても魔素を賄えないから下手すれば結界まで失って、また大変な事になる所だったんだよ」
「大白金貨二十万枚など払えるわけがない……」
前回の結界消失事件は記憶に新しいようで、子爵は愚痴も言えないのか黙り込んでしまった。俺は父と剣聖に目配せすると、頷かれてから子爵を担ぎ上げた。
「な、何をするんだ!!」
「そりゃ、大白金貨二十万枚を払えないなら契約書にあった、とてもとても高い高いを受けてもらわないと神罰が下るからね」
「高い……たか~い!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
父が子爵を空に放り投げると、子爵の声がドップラー効果を伴って空に消えた。次は剣聖が待ち構えて子爵をキャッチし空に放り投げる。
「高い……たかいのじゃ!」
「はぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「面白そう! 私もして欲しい」
「いいなぁ」
アモルとリーリは怖いもの知らずなようで、とてもとても高い高いをやって欲しそうだった。剣聖が請け負ってくれる。
「分かったのじゃ。彼奴が終わったら順番にしてやるぞい」
「「わ~い!」」
こうしてメリディコマーシア領の領主である子爵が、アヴァールスから妾の子クラルスに代替わりした。クラルスはアヴァールスと違ってアモルとリーリに優しかったように獣人差別をする事なく、不当に引き上げていた関税や港湾費を元に戻した。クラルスは若く南方貴族連合の盟主を辞退しようとしたので、補佐に魔石伯が付くことになった。
メリディコマーシア領での後片付けが終わってマギウスジェム領の城に帰ると、盟主の補佐として帝国議会に参加できるとノリノリな魔石伯が独白した。
「獣人の私が帝国議会に参加できるとは! これも日頃の行いが良いからであろう。もしやソータを関わらせれば色々な政治問題が解決できるのではないか?」
「伯爵。今回のように巻き込まれた火の粉は払ってあげるけれど、積極的に手を出しても俺は知らないからね」
まったく直ぐに調子に乗るワンコにはお灸が必要だ。
「そうは言ってもな……あっ! 尻尾は駄目だと言って居ろう!」
俺は魔石伯の膝の上に転移して顎と尻尾をモフモフした。
「変な事したら、このモフモフなお毛毛はナノ・ゴーレム薬で永久に抜けてしまうかもよ?」
「な、なにーっ!! そそ、それだけは止めてくれっ!!」
この位に脅して置かないとワンコの教育にはならないと、俺はほくそ笑んだ。
次回の話は2025年6月14日(土)の19時になります。
魔法のフルーツの名前を某有名オンゲーから借りました!
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