009話 初の異世界ショッピング
城塞に帰ってマレ婆の息子であり、俺の父のホリゾンの事を報告した。
「えっ! 命が危なかったのですかっ!」
「俺の回復魔法で峠は越えて、もう食事をしているから大事ないよ」
婆に泣かれながら感謝されたけど、俺の父でもあるので当然の事をしたまでだ。まだ失った血が足りてないので肉とか魚を食べさせたいと言うと、厨房に行ってきますと客室から出て行った。
分身の赤子ルキウスに記憶同期したいと言うと、ドヤ顔で返される。
「昨夜はクリスと一緒に寝たんだ。モフモフ羨ましいだろ」
俺だって出かける前に耳と尻尾をモフモフしたのさと同期すると、狡いとベビーベッドの上を、のた打ち回られた。分身がクリスと添い寝している記憶が、こちらにも流れて来て、俺は歯ぎしりしそうになった。オッサンじゃなくて十代だから青年と添い寝していた俺より羨ましい。解せぬ。
婆がしばらくして帰って来ると、大きなバスケットを2個も渡された。色々と詰まっているのが母の愛なのかなと思ったら、「ルキウス様も一緒に、お召し上がり下さい」と孫愛もあるようだ。婆の親戚の俺が頼まれて父を助けたと言う設定と、母に父が見つかった事を内緒にする事を了承させた。後は帰り際に考えていた案を実行するために刺繍セットを借りてバスケットと共に収納し、父の居る安宿に戻った。
「あの白い粉を下さい。金貨はお返しします」
安宿の受付前で宿屋の男が両膝を床について、大金貨を差し出してきた。どうやら大金貨の半分はいらないようで、魔法の調味料をくれたら父の宿泊も無料で良いとまで言い出してくる。異世界初、魔法の白い粉の中毒者が出てしまったよ……。昨日の鍋くらいで指に少し摘まんでパラパラくらいを入れるようにと念を押して、宿屋の男から蓋つきの木の空容器と大金貨を受け取った。後ろ手にして大金貨だけ収納にしまう。
しかし容器まで周到に用意しているとは、白い粉を貰うまでストーカーされそうで怖い。
父の部屋に向かってノックした。
「ソータだけどっ! はぁ……」
「どうかしたのですか?」
父が閂を開けたのでドア内に入ると、俺は溜息を付いた。宿屋の男が昨日の豆スープに使った魔法の調味料を欲している話をすると、父は納得の表情をした。
「あれは美味しかったですね。また食べたいですが、魔法の調味料なんて入っていたのですね。高そうです」
「高いも何もタダだよ。この粉が入っていたんだ」
俺は父なら今後はパーティを組むし隠す必要もないと、物質生成魔法で宿屋の男から受け取った木の空容器に手をかざす。俺の手の平から白い粉上のグルタミン酸ナトリウムがパラパラと舞い落ちる様子を見て、父は口と目を大きく開けて驚いた。
「収納から出しているのですか? それにしても呪文を詠唱していないようで」
「水属性魔法で水が出て来て、土属性魔法で土が出て来るのと同じ感じだよ。無詠唱は昔から? 収納で思い出した。マレさんからお土産」
俺は机の上に収納からバスケット2個を出した。
「私が溜息を付きたいくらいだ……。帝都の魔聖でも無詠唱は無理だと思います」
「魔聖って凄い人?」
「剣聖の魔法版で、魔導士の最高峰の方です」
「そんな凄い人には会わない予定だから大丈夫!」
「ソータ殿は母の親戚なのですよね?」
「最近になって親戚だって知ったんだ。お前の事を頼まれた時はビックリした」
「なるほど」
俺は急いで宿屋の男に魔法の調味料を渡して戻ってきた。
「お昼を食べよう」
俺は椅子に、父はベッドに腰かける。バスケットからスープ缶を出したが、まだほんのり暖かいので、収納は異世界お約束の時間経過がないのだろうか? スープ缶からスプーンで少し掬って、父の口元にスプーンの先を差し出すと、眉を顰めながらも飲んでくれた。俺は魔法の調味料を生成してスープ缶に入れると、お玉でかき回しながら運動魔法で少し加熱する。先ほどと同じように父に魔法の調味料入りのスープを飲ませると、父の目が見開いた。
「不思議だ。美味しくなっている!」
「料理のとある素材を煮込むと旨い汁が水に溶け出すんだが、その旨い部分を煮詰めてから奇麗に濾していくと、この白い粉になる。それを俺はズボラだから魔法で出しているだけだ」
「宮廷でも、こんな美味しいスープは出て来ないです。あのような少量を入れるだけで、この味なら高く売れると思う」
「この粉で商売をするつもりはないな。毒だから」
「えっ!?」
「いや、少量なら毒ではない。塩の塊と一緒で大量に摂取すると中毒になる。ひとつまみで旨いんだから、もっと入れれば更に旨くなるとか考える馬鹿が出て来るから売れない」
「居そうですね」
俺達は笑い合い、昼食を食べる事にした。鳥の丸焼きとパンに先ほどのスープがメニューだ。鳥の丸焼きは焼いてから時間が経っていたのか、すっかり冷めてしまっているので、魔法で加熱してからナイフが必要ないくらいに切って皿に盛った。パンはやはり固いので魔法で蒸してふっくらさせた。スープは先ほど魔法の調味料で味を調えたので、お椀に盛るだけだ。
トレイに乗せた食事を受け取ると、父は呆れたように声を出した。
「魔法が使われているのは分かりますが、無詠唱なのが恐ろしいです」
「簡単に言うと、美味しくな~れって魔法をかけただけだから!」
俺達はまた笑った。そう言えば昨日辺りから四神が静かだなと思い後ろを見ると、じっと俺達の料理を物欲しそうに見つめていた。
『おいっ! ビックリするじゃないか。皆が集まってたの知らなかったぞ』
『僕、昨日から美味しそう過ぎて泣いてた』
『俺は魔法の調味料が気になる』
『私は羨ましくないんだから!』
『我ら食事が出来ていたのは何年前だろうか……』
さすがに四神全員とチェンジしたら腹が破裂する。その前に入れ替わりの気持ち良さに、やばい汁が垂れそうだし父に変態扱いされたくない……。
『玄武には用があるんだ。今日の所は玄武に身体を貸すので、他は次の機会を待ってくれ』
『お先!』
『『『狡いっ!』』』
玄武に身体を貸すと、凄い勢いで食事をし始めた。魔法の調味料が気になるだけじゃなくて、食事もしたかったのだろう。しかし鳥の丸焼きは胡椒がかかっていないし城クラスの料理でも、この程度なので、どうにかしたい所である。
父も玄武もすぐに食べ終えた。
『あ、そう言えば収納って今、玄武が出し入れすると、どうなるの?』
『身体の魂に紐づけられているので、ソータの収納に出し入れになる』
『食事一式を全部収納して、刺繍セットを出して。父からマント借りてもらえるかな』
『了解した』
「ホリゾン、マントを借りられるか?」
「ああ、どうぞ」
玄武が食事一式を全部収納して刺繍セットを出すと、マントを父から受け取った。
『その木枠の輪っかを肩の辺りに嵌めて、チョークで魔法陣の下絵を描いて欲しいんだ』
『何の魔法陣だ?』
『認識阻害まで行かないけど、マントを着けている間、探している人とか、深く知っている人ほど、対象人物以外に認識するように出来る?』
『問題ない。こんな感じになる。ここがルックスのベトス文字で光属性を表していて、記憶を司るベトス記号がこれだ。こっちに、このように魔力が流れて、ここはテネブレイと言って闇属性に落として記憶を誤認させる。条件付けは、ここで……』
玄武は魔法陣を書きながら講習してくれた。魔法陣に使われている特殊図形やベトス文字と記号は、どうせ覚えないとならないからと、書籍名を教えてくれたのでアカシック・レコードで検索した。一気に検索すると、また神羅万象を味わう事になるので、ページに書いてある部分だけを指定して三十ページ毎に回数を重ねて検索して記憶した。
俺は玄武にお礼を言うと身体を返してもらった。『旨い食事をありがとう』と良い笑顔で返事を貰うと、他の四神に後ろで突っつかれていた。
俺は刺繍針で素早く刺繍をし出した。子供時代に、みっちりと仕込まれていたので身体が覚えている。ただブランクがあるので、多少は歪んだりするのがご愛敬だ。
「ソータ殿は刺繍が出来るのだな」
「両親が居なかったので幼馴染の婆さんに引き取られたんだが、その人に教えてもらった」
「それはお気の毒に」
「両親は顔も覚えてない幼い時に死に別れたから、思い出も何もないから問題ない」
俺は刺繍を終わらせてマントを父に返すと、何の魔法陣か聞かれたので玄武に頼んだ機能の説明をする。初の父親へのプレゼントみたいで、ちょっと嬉し恥ずかしい。刺繍セットは収納にしまった。
「魔法陣が書けるのも凄いな」
「訳ありで追われているんだろ。これで知り合いに見つからずに行動できるぞ」
「……母上から、どこまで事情を聞いている?」
「女性から逃げてるってのは聞いた。痴情の縺れか?」
「そんなのではない!」
「ハハハ、そう言うのも若いうちに悩めよ青少年。そうだ脈を測らせてもらうよ」
俺は父の隣に座り肩を組み、脈を測った。
「仕上げの回復魔法をかけさせてもらうよ。1日寝ていろと言ったが、もう完治だ」
脈が健康の範囲にはなったので無理をしなければ問題ないと思ったが、念のために骨髄に回復魔法を造血イメージでかける事にする。父の背中が回復魔法で一瞬光った。
それからバスケットに入っていたワインを2人して飲み始めると、後ろが騒がしくなったが無視した。あまり熟成が進んでいないようで俺の好みじゃないので残りを父に進めると、しばらくぶりだと喜んでボトルを消化してくれた。
「ソータ殿は本当に四十歳なのか?」
「まだ疑ってるのか? これでも既婚でね。2歳…もうすぐ3歳になる娘もいる。遠くに居て会えないのは辛いが……」
「それはお気の毒に……。その…ソータ殿は……奥様が……」
「なになに、恋愛相談? ほらほら、オッサンに言っちゃいなよ」
「……奥様と初めてでしたか?」
「いや、妻とは二十も年が離れてるし、そんなんじゃ枯れちゃうよ」
「二十歳差は凄いですね!」
「だって幼馴染が…奴は男なんだけど、俺と女性の交際を毎回邪魔して来てたのよ。凄い人見知りで俺が仲介しないと人付き合い駄目な奴でさ。何か俺を女性に取られるんじゃないかって気迫が凄い奴」
「それでどうやって奥様と、お知り合いになられました?」
「たしか年2回ある、お祭りで知り合ったんだ。妻も変わっててさ。男同士の恋愛が趣味で、俺と奴が結ばれたら嬉しいとか言う変わり者なのよ」
「男同士は駄目なのですか?」
「こっちはOKなのか。俺が居た所は田舎で、よろしくない雰囲気だった。そしてある時に俺と妻のデートに割り込んできた奴に切れたのか、邪魔するくらいならソータとくっ付けば良いじゃないと妻が啖呵を切ったのよ」
「壮絶ですね……」
「それで色々あったが結婚は出来たんだけど、仕事ではソータを貸すけど、プライベートは私と話し合いで、夜は私が優先よって妻と取り決めしたけど、俺の取り合いは変わらず俺そっちのけで年中バトルよ。1年くらいしたら落ち着いたのか妻の言う事を奴が聞くようになってたって…俺の話はいいんだよ、ホリゾンの話を聞いてたのに。で、初めては妻とじゃないけど、それがどうした?」
「その…私は逃げてるのですが、女性に寝込みに迫られて…交わってしまったのですが、初めてだったのに……」
「女に迫られるなんて男冥利に尽きるじゃないか。別に減るもんでもないし、童貞捨てられたんだろ? 俺なんて気持ち良いの大好きだぞ。それとも生理的に受け付けなかった?」
「それは……良かったんですけど、最後の方は収まりが付かなくて、結構しつこく私の方から求めたので……」
「若いっていいね! でもさ、身体の相性ってあるし、相手は嫌がってなかったんだろ?」
「それは大丈夫だと思いますが、身分差があって難しいのです」
「身分差か……。俺も年の差があったけど、それは本人達とか家族間で話し合えば良いんじゃないかな。結構、なんとかなるもんよ」
「そうだと良いのですが……」
「ちなみにホリゾン的には、お相手をどう思っているんだ?」
「どうとは?」
「好きか嫌いかってこと」
「……嫌いじゃないです」
「で、どこが好きなの? 胸派? 尻派? ちなみに俺は、うなじ派ね」
父は胸に反応していた。母は母乳が張ってなくてもボリュームがあったので、父の好みみたいだ。俺は赤子だし授乳されたから知ってる。言えないけど。
「男なんて下半身で物を考えている生き物だからさ、女の好き嫌いなんて下半身に聞いてみりゃいいぞ。まあ、その様子だと答えは出たようだがな」
俺は酒のせいだけではなく顔を赤らめる父の様子にニヤリと笑うと、肩を叩いてから用を足すのに部屋の外に出た。かなり長めに留守にしてから部屋に戻ってくると、ちょっとスッキリしつつ赤らめた顔で、父にお礼を言われた。取りあえず精神的な不能になっていなさそうで安心する。
「まだ会うのは怖いですが、気持ちの整理がついたようです。話を聞いてくれて、ありがとうございました」
「悩め悩め。話くらいは、いつでも聞いてやるからな」
父の体調が良くなったので服を買いたいと言うと付き合ってくれるらしく、父子で初だし、異世界初だしと、初めてだらけのショッピングに出かけた。まあ男同士のショッピングなんて三十分もあれば済むので古着屋での用事はすぐに済んだ。まだ家内制手工業しかないので、布製品は全般的に高額なので平民は古着屋を利用するのが普通だそうだ。帰りがけに夕飯を外で食べたら、やはり異世界は料理が味気なかった。店を見回った所、調理方法が煮ると焼くしかない……。
ついでなので貨幣価値も教えてもらった。銅貨、銀貨、金貨、白金貨の順に高くなって、それぞれに大小があって十倍毎に小から大になって、次の十倍で貨幣ランクが上がって行くらしい。あとギルドでカードと口座を作ると、電子マネー取引のような事が魔法でできるようだ。貨幣を持ち歩かなくても良くなるのでお勧めらしく、それは便利だなと思った。
それからこれだけ物質生成が簡単にできるなら金でも生成すれば良いじゃないと試して見たら、激しい頭痛に襲われて無理だった。頭痛であまり試せなかったけど一部の金属と重元素は駄目らしい。玄武曰く世界に与える影響が大きい魔法は創造神の許可が必要だと言う事だ。ちなみに金貨とか作っても鋳造時の皇帝の【魔紋】が封入されているので偽造は不可能だそうだ。異世界の方が偽造防止については進んでいる気がする。
明日は冒険者ギルド前で待ち合わせと約束して安宿の前で父と別れようとすると、絶望の顔をした宿屋の男に迎えられた。
「味はあの白い粉で良くなったが、豆が固い」
「それは魔法で時間短縮するようにしたから、本来なら一晩くらい煮る必要がある」
そう伝えると、宿屋の男は薪代がかかりすぎると、さらに絶望の表情を深めた。俺は笑いながら手を振って城塞に戻った。
次回の話は翌日の19時になります。
蒼汰君をイラッとさせると仕返しが怖いですね。
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