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神様に元の世界に帰りたいと願ったら身体を要求された  作者: 仲津山遙
第2章 貴族院編

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71/135

071話 貴族院の入学試験

分割すると区切りが良くないので、分割せずに長文になっております。

お時間のある時にお読み下さい。

 今日は蒼汰の貴族院の入学試験の日なので、1人で貴族院にお出かけだ。宮殿では分身ルキウスが貴族教育を受けている。スマラは貴族の息子なので試験免除になり、隠居伯の屋敷でお留守番だ。

 貴族院のある連星ジェミノスサークルムのマギウス・ポータル前に転移魔法で転移すると、警備している帝国軍の騎士に敬礼されたり、待ち合わせの人々に驚かれたりした。敬礼された理由を聞いてみると皇帝陛下の良い人の噂が広がっているらしい。後は魔聖も一目置いているので、既に貴族院では一躍有名人だそうだ。解せぬ……。

 今日は待ち合わせをしている。マギウスジェム領の闘技場の警備隊長で、羊人オビスの娘アモルと一緒に試験を受けるためだ。探しているとマギウス・ポータルから待ち人の親子と、見知った兄妹が出て来て、俺は嬉しくなって声をかけた。


「アイルとリーリちゃん!」

「ソータさん!」

「ソータお兄ちゃん!」


 熊人パンダの兄妹アイルとリーリが、オビスとアモルの親子と共に現れた。俺はアイルに駆け寄って頭から首にかけてモフモフした。マギウスジェム領の出発前に出来なかったモフモフをここで補給する。


「帝都でオビスさん達とバッタリ会って聞きました。ソータさんは試験ですよね? 僕達はリーリの入寮手続きです」

「成程。リーリちゃんは良いね。お兄ちゃんが貴族だから試験免除で」

「その点はお兄ちゃんに感謝かな」


 女の子は十歳にもなると口が達者になるね。俺の娘も十歳になるはずなので、代わりにリーリの頭を撫でた。オビスが呆れたように声を潜めた。


「あたいはアモルが試験に合格するかブルっているのに、あんたは余裕だね。ソータ」

「えー。余裕じゃないよ。何をやらされるか戦々恐々(せんせんきょうきょう)なんだけれど……」


 段取りを魔聖にお任せしたので、何かありそうで少し身構えていた。噂をすれば何とやらで、魔聖が護衛と共に近づいて来た。皆が跪こうとするのを手で制した。


「ここは学院なので身分は問わない事になっているのよ。アイルはリーリの付き添いかしら?」

「はい。入寮手続きです」

「リーリが入学する歳になるなんて早い物ね。リーリは頑張りなさいね」

「はい!」

「それでは失礼します」


 アイルとリーリはレビタス列車の駅に向かって行った。何と貴族院には列車が走っているのだ! 浮いているので新幹線が顔負けである。

 魔聖が初顔合わせのアモルと挨拶した。


「それでソータさんと試験を受けるアモルと言う子は貴女かしら?」

「はい。私です!」

「あら、元気ね。私はイーリスよ。ソータさんの監視役ね」

「おいっ! 監視役って何だよ」


 俺が胡乱な目を魔聖に向けると、当然だと言わんばかりにドヤ顔で魔聖は背を反らせた。


「ソータさんは試験でも色々とやらかしそう(・・・・・・)なので、教授達から監視を頼まれているのよ」

やらされる(・・・・・)の言葉の間違いじゃないか?」

「まあどちらでも良いでしょ。試験会場まで行きましょう」


 魔聖が先導して駅に向かう。マギウス・ポータル前には生徒だけでなくて学院の関係者も居るので混雑していた。学院を案内する施設や駅が立ち並んでいて、学院の玄関口と言えるだろう。俺はアモルと手を繋ぎながら魔聖の後に着いて行った。

 駅に着くと講堂行きのレビタス列車に乗って十分くらいで着いた。講堂と言うから1個の建物なのかと思ったら、百近くあるらしい。流石、銀河規模の学園なので恐れ入った。


「さあ貴方達の席はここよ」


 魔聖に案内されたのは講堂の隅の方で、空席で囲まれて他の入学希望者とは(へだ)てられていた。


「何か目立つから普通に受けたいんだけれど」

「今更、そんなこと言っても無駄よ。どうせスキップするつもりでしょう?」

「お見通しか。筆記でどこまでスキップ出来るんだ?」

「今日は制度で可能な分の全部を持って来たわよ。けれど出席が必要な日数はどうにもならないわね。ちなみに私は3年で卒業が出来たわ!」

「お姉ちゃん、凄いね!」


 アモルが魔聖を尊敬の目で見つめていた。


「ありがとう、アモルちゃん」

「卒業論文も出して良いか?」

「えっ?! そんな物まで用意して来たの?」


 魔聖は驚愕の表情で俺を見つめた。俺は収納から母に言われて書かされた卒業論文の束の入った箱を出して魔聖に渡した。


「それからお前達が欲しがっていた、剣聖の突進技に関する俺の論文だ。見たいだろう?」

「ちょっ! ちょっと、ここでそれを出すの! 卑怯よ!」


 魔聖が喚き散らしたので講堂中の注目を集める事になったが、俺は論文の束をヒラヒラさせながら条件を提示した。


「見たいなら条件がある。今後、剣聖の突進技に関して剣聖一家に不当な拘束や要求をしない事だな。論文の表紙に注意書きがあるが、読み始めると自動的に契約した事になって神罰になるから注意だ」

「か、考えたわね貴方……」

「剣聖一家の男共の協力が得られたので、とても読み応えのある論文に仕上がったと思うぞ」

「分かったわ。頂戴!」


 魔聖が俺の持っていた論文束を奪って読み始めてしまった。これで剣聖一家の災いが消えたので一件落着である。ルキウスや弟のソラリスまでターゲットにされたら堪らないからね。

 流し読みで良い読み物を読んだ後のように魔聖は一息付くと、教員が持って来た入学試験の束を受け取った。


「これソータさんの卒論だけれど、誰かに言って私の研究所まで運んで頂戴」

「えっ?! これから入学される方の卒論ですか?」

「そうなのよ。もう教授にして良いと私は思うんだけれどね」

「はぁ……」


 教員は疑問な顔をしながら卒論の束の入った箱を運んで行った。魔聖は俺とアモルに入学試験用紙を渡した。俺は1つだけ魔聖にお願いした。


「試験の間にメモを取っても良いか? この白紙に」


 収納から出した白紙を魔聖に見せた。魔聖は問題なさそうに俺に白紙を返す。


「良いわよ。さあ、そろそろ試験の始まりね」


 遠くの教壇(きょうだん)に居る試験官が拡声の魔術具で試験の開始を告げた。拡声の魔術具は始めて見たが、扇子(せんす)のような形をしているのが気になった。


「入学試験を開始する! 初め!」


 俺は模範解答を書き込んで行った。問題点がある所を隣の白紙に書き込んでいく。何故か隣のアモルより分厚い試験用紙の束に気づいたのは、全ての問題を解答してからだった。


「おいっ、終わったけれど俺が希望していない科目が入っていたんだが……」

「アーラ様に全部を受けさせてみてとお願いされちゃったのよね」

「……」


 母にハメられたらしい。気づかずにもう解答してしまったので破こうとするが、間一髪で魔聖に奪われてしまった。そう言えば母に言われて卒論も全科目を書かされたのも思い出す。


「あっ!」

「……もう満点みたいだし、主席入学で良いんじゃないかしら。所でこのメモが気になるのだけれど」

「この入試問題の問題点と、問題の根拠をメモして置いた」

「まあっ!」


 ミネルヴァと試験対策をしていて、アカシック・レコードで調べると問題と解答に誤りが見つかった。例えば歴史で史実と違う問題があって、一般的には間違った解答が正しいと思われている物があったりする。試験の解答としては間違った方を書いたが、()()ちないので指摘用のメモを作った感じだ。

 魔聖は焦りながら保留にする事にしたようだ。


「こ、これは後で検討させてもらうわ」

「ああ。時間をかけて検討してくれ。貴族院の図書館に資料がある物は、参考文献名も記載して置いた。それでスキップ用の試験は?」

「ありがとう。それじゃこれがスキップ用で1学年分ね」

「全学年分を渡してくれ」

「ええっ! 流石に無理でしょ」

「まだ時間あるだろ」

「流石にスキップ用は別に時間を設けるわよ」

「卒論も腱鞘炎(けんしょうえん)を回復魔法で治しながら書いたんだ。スキップ用の試験も問題ない」

「……分かったわ。全学年の全科目があるけれど、量が多いので科目毎に終わったら渡していくわ。念のために用意したけれど、まさか本当に使う事になるとは思わなかったわ」

「感謝する」


 俺は迷わずに解答して行く。スキップ用の試験についても誤りをメモして行った。魔聖が目を見張りながら全学年の全科目のスキップ試験の解答が終わる頃、アモルの入学試験の解答も終わったようだ。俺とアモルは魔聖に提出してニコリと笑い合った。


「ふう。やっと終わったの」

「おつかれさま。俺も丁度終わったよ」

「2人共におつかれさまね。アモルちゃんは終わりだけれど、ソータさんは実技試験があるわ」

「何それ? そんなのあるって皆は言ってなかったけれど」

「ソータさんだけ特別よ」

「……」


 魔聖はやって来た教員に試験用紙と指摘用のメモを渡した。俺はオビスにアモルを引き渡さないとならないので、一旦はマギウス・ポータル前に戻ってもらう事にした。アモルはオビスを見つけると駆け出して飛びついた。


「ママ! 終わったよ!」

「早かったね。どうだった?」

「自信あるよ!」

「そうかい。それは良かった」


 俺は特待制度を辞退してアモルに渡すことをオビスに伝える。


「俺、首席だから特待らしいけど辞退するから、アモルちゃんが特待を貰ってよ」

「ええっ! いいのかい?」

「皆から金使えって煩く言われているから、貰ってくれると助かる」

「あたいらこそ助かるよ! 何てお礼を言って良いやら……」

「シングルマザーだと何かと入用でしょ。遠慮なくね」

「ありがとう、恩に着るよ!」

「特待の譲渡手続きはよろしく。魔聖」

「分かったわ。さあ実技試験に行きましょう」


 俺はオビス親子と別れて、実技試験に向かった。


 マギウス・ポータル前の駅から三十分くらいで向かったのは、色々な研究所が林立している区画だった。研究所の駅からレビタス列車を降りて、工業研究所と書いてある建物に入って行くと広い室内の実験場に出た。そこでは工業科教授サクスムと多数の研究所員が待ち受けていた。


「ようこそ、ソータさん!」

「「「「「いらっしゃいませ!」」」」」

「おいっ! 本当に実技試験なのかよ!」

「ええ、そうよ」


 魔聖が目を逸らしながら反論した。サクスムがベルトコンベアーのような設備を一望させ、俺に質問して来た。


「この製品が流れるような生産工程の設備は素晴らしい! だが我々が8年かけても一部に問題が出て来るのだ。ソータさんならば対処方法を知っているのではないかね?」

「ウルスメル商会のセミ・オートメーションをバクリやがったのか?」

「せみ……おーとめー…しょん……と言うのかね? 工場の見学だけで、ここまでは出来たのだが、見えない部分に問題があるようで困っていたのだ」

「これをパクった目的は?」

「目的などない。人の手で整えられた美しい流れで動作する物を作りたいだけだ」

「もっと完全な自動で動作をする設備に興味は? フル・オートメーションと言うのだが」

「そんな物が存在するのか! 何故、そうしないのだ!」

「雇用……人がお金を稼ぐには仕事が必要だ。その仕事を奪ったら死ぬしかないだろ? 敢えてフル・オートメーションにしなかったのは、人の営みを壊したくなかったんだ」

「……成程。一理あるな。それを教えてはくれぬのか?」

「オートメーションについてウルスメル商会を営利的に追い詰めない事と、広めるには俺とウルスメル商会の両方の許可が必要だと言う事。ウルスメル商会と同じで全手作業での作業と比較して、手作業の比率が3割未満にならないように営利目的では自動化しないって契約をしてもらうぞ」

「そんな事で良いのか?」


 俺は近くの机を借りて契約書を作ってサクスムにサインさせ、契約魔法で処理した。契約魔法を使うと、研究所員達が騒めいたが無視した。俺は収納からフルとセミ両方のオートメーションの設計図と手引書を出すと、サクスムに渡す。サクスムは奪い取って舐めるように研究所員達と見始めてしまった。

 俺は魔聖にジト目を向けた。


「これのどこが実技試験なんだよ!」

「入学試験の延長なんて一言も言ってないわよ。教授に推薦する試験だから」

「ちょっと待て! 教授になりたいなんて言ってないぞ!」

「入学してから付け回されるよりは良いじゃない?」

「……その通りだが何か違う気がする」



 次は研究所の人達への食事や集会をするような建物の集会所に案内された。集まっていたのは貴族院領主セネクスと、総合科、貴族科、領主科、政務科、考古科、商業科、航法科の教授達や研究所員達だ。俺が解答した試験用紙と指摘用のメモを囲んで討論がなされていた。科別に順番に呼ばれて質疑応答する感じで対応した。流石、知識人達なのでお行儀が良い。


「この試験項目の根拠となる各参考資料は著者の独断が強い。俺が書いた指摘用のメモに書いてある参考資料は、それぞれ3つ以上の著作物から引用されているので信頼度が高いから、この指摘に繋がった感じだ」

「「「成程!」」」

「この複式簿記はソータさんが考えたと聞いています。特別利益と損失から通常の利益や損失に計上するケースはありますか?」

「一般的な商取引の場合、商会の本業で計上される利益や損失が通常として計上されると思うんだけれど、特別にしている理由は本業にない物があった時じゃない?

 このケースは前年度と比較できるかどうかが重要なんだ。前年度の特別を翌年度から本業として利益や損失が計上できるように事業改変を行うならば、通常に計上するのが一般的だね。逆に本業から切り離したい場合は特別に計上する感じ。ウルスメル商会の決算資料から、良くそこまで読み解いたね。これが複式簿記の指南書なので上げるよ」

「ありがとうございます!」


 まあアカシック・レコードと地球の知識の受け売りだけれどね。正解から逆引きしているので、少し狡をしているような気分になる。商業科の教授に収納からミーティスに渡した複式簿記の指南書と同じ物を渡した。

 航法科の教授達には俺の眷属で人型精霊のミネルヴァを見せて驚かれた。航法科は確実に学科を修了したいので結構な時間をかけて話し込んでしまった。俺が建造する予定の宇宙船も興味があるようで、見学をしたいようなので了承した。

 魔聖が疑問を呈して来た。


「ソータさん。この前に貴族院に始めて来たような人が、何でそんなに参考文献とかに詳しいのかしら?」

「そりゃあベトスの都に入れるからね」

「「「「「「「「「「「「「な、なんだってぇぇぇ!!!」」」」」」」」」」」」」


 母達と事前に話し合っていて、解答に困ったらベトスの都に入れると言えば何とかなるらしい事を聞いていた。それだけベトスの都は知識の宝庫のようで、学者連中の垂涎の的と言うのは本当のようだ。特に考古科の教授に食いつかれた。


「わ、私も入りたいのだが!」

「結界があって入れないから無理でしょ」

「そ、そんなぁ……」


 人生に絶望したような反応が面白いけれど、ベトスの祝福をする訳にも行かないので、どうにもならなかった。代わりに講義に支障を来さないように配慮すれば、質問等は受け付ける事を了承させられてしまった。

 次の移動時に魔聖にお強請りされる。


「私とソータさんの仲ですもの。ベトスの都に連れて行って頂けますよね?」

「もしかして剣聖にベトスの都へのマギウス・ポータルの結界を破壊するのを(そそのか)したのは、お前の関係者か?」

「な、何の事かしら?」

「ちなみに結界が壊れるとマギウス・ポータルが機能停止するように魔法陣が組まれていたので、仮に結界だけ突破できても無駄だからな」

「な、なんですってぇぇぇ!!!」


 関係者か聞いた時に魔聖が明後日の方向を向いたので、少なくとも何か知っていそうだ。その内に吐かせようと心に誓うのと、また壊されたら面倒なので釘を差して置いた。


 次は農業研究所と書いてある建物の会議室に案内される。今度は農業科教授と研究所員達に泣いて頼まれた。


「続けて畑で作物を育てると収穫が悪くなる理由? 連作障害じゃないの?」

「「「なんですか、それ!」」」


 ここの連中には科学的に説明が不可能なので、土属性の神様の白虎を例に教えた。同じ植物を植え続けると白虎が飽きて祝福をしたくなくなるとか、時々に畑を休ませないと白虎が過労で祝福が出来なくなるとか、凄いでっち上げだ。聞いていた皆は興味深そうに納得してくれたが、それらを説明していると白虎が現れた。


『ソータよ。我のせいにするでないわ!』

『だって説明できないんだもん』

『青龍でも良いではないか。同じ植物を続けると悪い風が吹くとか何とか』

『風が何ですって? 白虎』


 青龍も現れて白虎を引っ張って行ったので、しばらく出て来ないだろう。

 俺はミネルヴァに前に作らせた連作障害になりやすい植物と、なりにくい植物のリストを、アルグラを出して印刷させて農業科教授に渡した。自分たちが過去に調査した物も、いくつかリストに入っているようで感心された。この件で論文を書く時は連名にしてくれるらしい。正直どうでも良かったが。

 途中から魔法科教授アドミラリと魔術科教授リートゥスにそれぞれの研究所員達が乱入して来た。農業科と魔法科と魔術科が合わさって、呪符を1枚出されて動かないし読めないから助けてと縋られた。見せられたのはウルスメル商会に渡した、アンモニアを物質生成する魔法陣を完全複写して再現した呪符だった。


「これウルスメル商会の奴を黙って複写した奴だろ?」

「わ、分かるのですか?」

「そりゃあ元は俺が書いた奴だからね」

「「「…!!…」」」


 この様な事があるから不正対策で魔法陣を複写しても、俺の魔紋で有効化しないと魔法が発動しないようになっている。そして例の如く暗号化してあるので意味不明な魔法陣に見えるようだ。

 マギウスジェム領で食料の輸出が増えて食料価格が高騰(こうとう)した時があって、その緩和策で農地に肥料を撒いて生産量を上げる話が出たので、俺が化学肥料をウルスメル商会で作らせた感じだ。ハーバー・ボッシュ法などチンプンカンプンだろうし、化学的な所を魔術で代替した方法を教えたのだ。


「これをパクって肥料を作ろうとしたのか?」

「……人聞きが悪い言い方をするとそうなる。食料生産量を上げたいのは、どこの領でも切実な願いだ」

「気持ちは分かるけれどね。はい、これで使えるよ。ただこの魔法陣は幾重にも防御が施されている」


 魔紋と暗号化の仕組みを伝え、更に最初に動かしてから3ヵ月間か百リットルのアンモニアを生成したら、魔法陣が無効化される仕組みが入っていると伝えた。3科の教授達は絶望の表情を浮かべ、魔聖は呆れたようだ。


「そ、そんなぁ……」

「用意が周到過ぎて呆れるわね」

「飯の種なんだから当然だろ。近くウルスメル商会が帝都に進出するから、肥料を買えば良いじゃん。帝都からなら輸送ルート()()見取(みど)りだろ」

「それは良い情報を聞きました! ソータさんを農業の神として神殿に祭るように進言しなければ!」

「そんな事をしたらウルスメル商会の出禁にしてもらうから」

「「「!!」」」


 ムキムキマッチョな白虎像みたいな物を飾られたら精神的に死ねる。


 次は騎士研究所と書いてある建物の横の訓練場に案内される。今度は騎士科教授と研究所員達に出迎えられた。


「私は騎士科教授エクエスだ。高名なソータ殿に試合を申し込みたい!」

「もう帰って良い?」

「だ、駄目よ! そんなこと言ったら……きゃあ! 止めてよソータさん!」


 エクエスが腰から片手剣を抜いて、首に刃先を押し付けようとしていた。最初に会った時の剣聖と一緒で自害する気のようで、魔聖に言われるまでもなく俺は焦って訓練場を時間停止した。エクエスの片手剣と鞘をもぎ取って刃先を鞘に納めると、時間停止を解除して鞘でエクエスの青いヘッドバンドを付けている頭を叩いた。


「ぐはっ! い、いた痛たた……」

「まったく。貴族院には碌な教授が居ないのかよ」

「私が居るじゃない」

「……」

「何で無言なのかしら! 失礼よ!」


 俺は魔聖を無視してエクエスを問い詰めた。


「そう言う事をするから帰りたいんだよね。弱い俺を剣で虐めて楽しいの?」

「弱いとか嘘は行けませんな! 先程の剣を奪った動きは見えませんでしたよ」

「そりゃあ、魔法を使ったからね。俺は剣とか身体を動かすのは皆に普通って言われているから、試合なんかしてもつまらないと思うぞ」

「そんな事を言っているのは誰ですか?」

「剣聖とその妻、剣聖の息子3人、魔石伯に言われた。勝てるのはアーラさんくらいだね」

「「「「「比較元が可笑しい!」」」」」


 興味がなかったので知らなかったが帝都では冬に武術大会があって、剣聖の帝都組の息子2人と魔石伯は上位で競っているようだ。


「それでエクエス教授は武術大会で何位くらいなの?」

「……7位くらいです。剣聖と一番下の息子が出たら、もう少し下がります」

「それなら俺と良い勝負かもね。やってみる?」

「やります!」


 白虎にスパルタされた効果も知りたかったので、試合をしてみる事にした。俺は収納から2本の木剣を出してエクエスに渡して、自分も木剣を構えた。


「金色をしている木剣なんて珍しいですね」

「前の色違いが汚くなって来たから、特別な木材で新しく作ったんだ。剣聖とかと打ち合いすると普通の木剣だと折れるからね」

「それでは初め!」


 研究所員の1人の掛け声で試合が始まった。

 エクエスから俺に打ち込んで来て受け流すが、流石に大人なので弟のソラリスよりは力強い感じだ。何度か打ち合うとガラ空きの弱点が見えてきたが、父の誘い込みのようにワザと弱点に打ち込ませてカウンターをされると怖いので慎重に見極めようとした。弱点近くに打ち込むと木剣がエクエスの身体に掠ったりしたので、どうやら無意識の弱点のようだ。

 エクエスが下段の左に打ち込んできたので木剣で受け流しつつ、父の得意なカウンターを弱点の左側に打ち込んだ。


カラランッ!


「うぐぅぅぅ!」


 エクエスの左脚に俺の木剣が当たり、エクエスは木剣を取り落として呻きながら転がってしまった。俺は慌ててエクエスに回復魔法を飛ばして治療した。木剣の当たった感触としては打ち身程度だと思うので、回復魔法で十分だと思う。俺はエクエスに手を差し出し立たせた。


「大丈夫か?」

「やはり強いではないか」

「えー。たまたま弱点が見えたから勝てたんだよ」

「じゃ、弱点ですと!」

「攻撃している時に左側がお留守になる。最初はワザと弱点と見せかけて誘っているのかと思ったけれど、弱点近くに当たったからカウンターで攻めて見た感じ」

「ソータ殿……ソータ様を師匠と呼んで良いでしょうか! この木剣ありがとうございました」


 エクエスが落とした木剣を拾って俺に返してくれた。どこにも傷1つ付かなかったので、剣聖とかとの摸擬試合にも使えそうだ。


「流石に世界樹金の枝は丈夫だね! 銀は張り切ると傷物になっていたから、作り直しが面倒だったんだよね。これで安心!」

「「「「「世界樹金の枝!」」」」」

「ちょ、ちょっとソータさん。それ私の杖のユグドフェルラと同じ木材なの?!」

「お前の杖を見たことないから知らないな」

「これよっ! 伝説級のアーティファクトなのよ!」


 魔聖は魔法鞄から金色の杖を出すと、俺に見せてくれた。凄い大昔にかなり難しいダンジョンから出たようだが、素材は世界樹金の枝で間違いなさそうだが魔石の品質も枝の加工も、少し前に俺が作った帝錫の方が品質は上なので残念な品に見えた。


「この木剣の木材と、その杖の木材は一緒だね。ただその杖は作りが甘い。俺が作った帝錫の方が品質は上だね」

「剣聖の侯爵への陞爵式の時から、叔父様が持っていた奴ね!! 貴方が作ったの?!」

「うん。俺が作った剣聖一家の衣装とか見たら、いきなり陛下が拗ねだして急いで作ったんだよ。大変だったんだから」

「お、お待ちください。その話は我々が聞いてしまって良い物かどうか……」


 エクエスが取り乱しつつ制止して来た。でも特に箝口令とか言われてないし良いよね?


「別に聞いても誰に話しても問題ないよ。そう言えば木剣の使い勝手は良かった?」

「せ、世界樹金の枝の木剣を振れたのは、一生の思い出です!!」

「それなら良かった。それじゃ講義でよろしく頼むよ」

「はいっ! ソータ師匠!」


 俺はユグドフェルラを魔聖に返して、木剣2本を収納にしまった。

 移動中に魔聖に言われる。


「貴方の収納にはお宝が一杯、眠っているんじゃないかしら?」

「男のベッドの下と一緒で、探ってはならないぞ」

「何よそれ、変なの」


 8年でゴミが更に増えたが整理に至っていない収納である。岩山は帝都でも収納に増える予定なんだよな……。どこに捨てれば良いだろうか?


 次は侍従研究所と書いてある建物の調理場に案内される。今度は侍従科教授と研究所員達に出迎えられた。


「「「「「ソータ様、お待ちしておりました!」」」」」

「侍従科教授ドミナです。よろしくお願いしますね」

「蒼汰です。今年から入学するのでよろしく!」

「貴方が研究所で初めて挨拶してビックリよ!」

「侍従と言うとマレさんだしね。女性陣だけだし、ここには長居したい感じ」

「マレは元気ですか?」


 ドミナにマレ婆の事を聞かれた。ドミナは女性で服は質素なワンピースだ。頭にはメイドが付けるホワイトブリムのような物を被っていた。


「うん。毎日元気にアーラさんの面倒を見ているね」

「まあ、それならばよろしい事ですね。侍従の同期としては喜ばしい限りです」

「マレさんと同期なんだね。会った事は伝えとくね」

「ありがとうございます。早速ですが、私達をお茶で持て成して頂きたいです」

「いいね! 俺も喉が渇いていたんだよ。ここの調理場を使うんだよね?」

「はい。足りなければ仰って頂ければ可能な限りご用意します」

「収納から出しても良ければ問題ないかな」

「それはようございます」

「1人、2人……7人かな」

「ちょっと! 私も数に入れなさいよ!」

「お、これは失礼。8人で用意するね」

「素直なのが怖いわ……」


 魔聖が怖がっているが、婆の事を聞いていつもの調子を取り戻した感じだ。

 今日はホットケーキの気分なので、調理場にある食材を見て足りない物を収納から出した。小麦粉と玉子と生乳と植物油はあるので、ベーキングパウダーとみりんにマヨネーズ、バターと蜂蜜を収納から出した。

 ボウルに玉子と生乳を入れて先に良く混ぜる。小麦粉とベーキングパウダーを入れて軽く混ぜる。植物油とみりんとマヨネーズを少量入れて軽く混ぜて生地の元が出来た。フライパンに薄く植物油を引いて生地の元を高い位置から落とすように流し込む。弱火で生地が泡立って来たらひっくり返して裏面も焼いて完成だ。


「凄く良い香り……」

「焼き色が奇麗!」

「柔らかそうで、これは絶対に美味しそうね!」


 研究所員達が後ろから覗き込んで批評(ひひょう)をしていた。香ばしい匂いと焼き色は、みりんを少量入れると良い出来になる。ふっくらと厚みを出すにはベーキングパウダーだけでは足りなくて、何故かマヨネーズを少量入れると良い感じになるのだ。

 俺は素早く2枚かける人数分を焼いて、研究所員の1人に渡した。彼女はワゴンに乗せてくれる。バターを人数分切ってホットケーキの横に乗せ、蜂蜜をいくつかのポットに入れてワゴンに乗せた。

 お茶は良さそうな茶葉がなかったので、紅茶の茶葉を収納から用意してティーポットに入れた。角砂糖を収納から出し小皿にいくつか盛り、温めた生乳のポットもいくつか用意する。ミネルヴァに蒸らし時間のタイマーカウントを任せて喫茶部屋に向かった。

 大き目な木のテーブルがあるが殺風景だったので、俺は収納から端がレースで飾り付けしてあるテーブルクロスをかけて、8人分のお茶の用意をテキパキと熟した。彼女達を1人ずつ席に案内してエスコートし、蒸らし時間が経過した紅茶を注いで回った。最後にホットケーキと紅茶の食べ方と飲み方を教えてお茶会となった。


「ホットケーキは塩味が欲しかったらバターを多めに、甘みが欲しかったら蜂蜜を多めにかけて調整して下さい。紅茶は甘味が欲しい方はこの白くて四角い砂糖を多めに、まろやかさが欲しい方は生乳を多めに入れて調整して下さい」

「ふわふわで美味し過ぎるわ!」

「このお茶の香りは良いわ!」

「この白くて美しい砂糖と言う甘い物が凄いわ!」

「テーブルのこの布の細工が美しいわ!」


 研究員達の評価も良さそうなので、俺も満足だ。


「ソータさん。叔父様に聞いたのだけれど、これに似た黄色くて甘いお菓子があるんでしょ? 出しなさいよ」

「お前……このホットケーキだけで平民の食事1食分くらいの量があるんだぞ。その上にカステラなんか食ってみろ、太るぞ!」

「ゴフッ!」


 魔聖が皇帝陛下にカステラの存在を聞いたようで出すように要求されたが、女性的にタブーな話で脅して置いた。(むせ)た魔聖を密かに鑑定すると、三十路(みそじ)に丁度突入した年齢なのでカロリーを控えた方が良さそうだ。ちなみに年齢の話は女性に絶対に言ってはならない。

 ドミナに剣聖や婆の昔話を聞いたりしながら、楽しいお茶の時間を過ごして侍従研究所をお暇した。

次回の話は2025年3月25日(火)の19時になります。

蒼汰君が土地を買って開発を始めます!


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