035話 ゆうべは、お楽しみでしたね
ミネルヴァは剣聖に対抗意識を持っているようで、結界魔法イージスが更にバージョンアップした。十のマイナス二十一乗メートルのゼプト単位で無数の泡構造を作って衝撃を吸収するようにしたらしい。それをゼプト・バブル構造と命名する。ゼプト・バブル構造をゼプト・ハニカム構造でサンドイッチした物が1層になる感じで、5層のままだが1層が3層に増えたので剣聖の超本気でも余裕で耐えられるようになったらしいので心強いが、俺はそんな強敵と戦うつもりはないので、言わずに心に秘めて置いた。
求魂薬を男性陣に渡した翌日の朝は静か過ぎた。いつもならばマレ婆が朝食を運んで来たりするが音沙汰がないので、俺は分身と一緒に収納にある物を食べて、暇だったのでベッドメイクとか部屋の掃除をしてしまった。昼近くになって珍しく男女6人が揃って俺の所にやって来た。
「ソータよ。ちょっと話が……」
まだ白虎の匂いが残っているのか恐々と魔石伯が俺の腕を掴んで、皆で応接室に集合する。特にお茶とか出なさそうなので、俺は収納から林檎ジュースとクッキーを出した。クッキーは奪うように皆が食べつくしたので、俺は何回かお代わりを出した。
「昨日貰った求魂薬はヤバイぞ」
「ヤバイなんて生易しい表現ですわ。危険じゃありませんか? ソータさん」
伯爵夫婦が先陣を切って、俺に詰め寄った。
「えっ?! そんなヤバイ薬だったかな? アルグラとミネルヴァ召喚!」
「アルグラ体操第1を始めるだす」
「マスター。おはようございます」
「アルグラは動けないのに体操なんて出来ないだろ。ミネルヴァ。求魂薬の注意点や危険性を調べてくれ」
「既に調べてあります」
俺の目の前にベトスの民が残した論文や処方の記録がウインドウで出て来た。特に副作用や依存性もなく、夫婦仲やパートナーとの性的関係が良くなったとの記載が多いように見えた。中には投与して人肌から引き離して不安感を煽って自白剤のようにする使い方や、牢内に閉じ込めた者を強制的に性交させるように仕向ける刑罰や拷問の薬として使用した例もあるが、薬なんて使い方次第なので問題ないと思う。
「特に求魂薬のヤバさは感じないね。ゆうべは、お楽しみでしたね」
何か某ゲームの宿屋の主人のような聞き方になってしまった。その言葉で火が付いたのか、お楽しみ組が好き勝手にワイワイ言い合いが始まった。しばらく黙って聞いていると問題が見えて来た。
「分かった、分かった。あの薬が原因じゃないのが分かったよ。アルグラ。性教育向けの教本を2部出してくれ」
「んぐぁぐぐ……ペッ、ペッ!」
俺は収納から印刷に必要な素材をアルグラに突っ込むと、性教育向けの教本が2部出て来た。1部をミネルヴァに渡す。
「ミネルヴァは女性陣を頼めるかな。もうこの際だから特殊な性癖を除いて地球の義務教育レベルからやって、こちらの性事情を聴きとりつつ、パートナーと楽しめるようになる講座にして欲しい」
「了解しました」
「アルグラと男性陣は隣の応接室へ。ジュースの替えとクッキーの補充は置いておくね」
「わいは乙女だす!」
「……」
俺は誰も反対しないので、アルグラを抱えて隣の応接室に入った。父と剣聖と魔石伯の男性陣が付いて来て、応接室に腰を落ち着けた。俺はジュースとクッキーを机の上に出す。
「それでこっちでは性にタブーはあるの?」
「血の近い同士での子作りや、成人と成人前の子供や、成人でも同意がない性交渉は禁止されておるな」
「同性婚もあるんだっけ?」
「もちろん可能だ」
「性教育って学校とかでしないの?」
「そのような恥ずかしい事を教育する必要があるのか?」
「そう言う認識なのね……。親が子供に性について語ったりとかは?」
「しないな。勝手に覚えるであろう」
「性に関して書物とか見たりしないの?」
「それは禁書ではないか?」
「えっ?! 性に関する話って禁書扱いなの?」
「少なくとも我が領では見たことはないな」
「帝都でも見たことはないですね」
「子供が性に対して学べる場はないの?」
「騎士の間では先輩から教わるし、冒険者パーティでも同じだな」
どうやら騎士や冒険者の間では遠征中の性欲処理の一環で、仲間内を推奨しているようだ。父と剣聖と魔石伯は騎士科を履修しているようで、3人の雑談を聞いていると騎士間の性欲処理について妙に詳しかった。更に剣聖は冒険者パーティの性欲処理の体験談を語ってくれた。妻が好きそうな話なので土産話になると思い、しばらく雑談から猥談になっても聞き役に徹していた。
冒険者や領軍を治療した時に知らずに断っていたが、「自分の剣を静めてくれないか?」「自分の鞘になってくれないか?」が攻める方を希望していて、「貴方の剣を受け入れたい」「貴方の剣の鞘になりたい」が受ける方を希望している隠語だと初めて知った。しかし命のやり取りをしている職業は慰めがないと心の平穏が保てないのね……。
「女性について学んでないのは分かったから、これから禁書扱いの書物で教えるね」
俺はアルグラに印刷させた性教育向けの教本を見せて、講義形式で教えた。異世界に来てまで性教育をするとは思わなかったので、ちょっと新鮮ではある。
「ソータ殿の世界では人体の身体の中まで詳細に調べるのですね」
「医学が発達していたからね。魔法がないから怪我や病気を治療するために、人体の仕組みを調べて知識を蓄積していた感じだね。その一環でさっき説明した男女の身体の違いとかが説明できるようになった」
「これは人体の弱点を知る上でも良い知識ではないか?」
父から剣聖に質問が移った。
「そういう側面も否定できないね。戦争の人殺しの効率を上げるために使われたり、拷問の効率を上げるのに使われたりと、結局は人の使い方次第だからね。ただ今回はパートナー同士でお互いの身体を知って、楽しく過ごしましょうって趣旨ね」
俺は義務教育レベルの性教育が終わったので、男女間の性感帯やら感じ方の違いを説明した。
「男性は見た目とかで性欲を感じるけれど、例えばおっぱいとかね」
「それは男なら誰でも好きではないか?」
「儂は尻が良い」
「父さんは乳派だよね」
「そ、そんなことは……あります」
「でも女性はそうじゃないんだよ。もちろん見た目の好みとかはあるけれど、それが絶対じゃないんだ。シチュエーションに弱いと言うか、雰囲気が大事なのね。例えば婆だけど爺は強がってばかりで婆に弱み見せないでしょ?」
「男が弱い所を見せたら恥ずかしいではないか」
「それが間違い。婆は女性本能が強いタイプなので、弱い部分を見せると何とかして上げたくなると思う」
「ああ、それは分かる気がします。母上は困っている人を放って置けないですからね」
「具体的にはどこが気持ち良いかとか聞いた方が良いと思うよ。分からない事は分からないってはっきりと言って、2人で気持ち良い所を探れば良さそう。爺はちょっと独りよがりな所があるからね」
「ぐぐぐ……孫に言われると来るものがある。肝に銘じよう」
「伯爵はそうだね……。夫人は一緒に歩んでいく人が好きそうだね。あと子供が好きなのは見ていて分かるし、女の子が欲しいって言っていた。女の子が出来るまでは頑張らないかとか、目標を提示して上げると答えてくれると思うよ。それから夫人が自分の手で乱れる所が見たいとか、夫人を気遣う希望を伝えるとか」
「ソータよ、恐ろしいな。そんな事を言ったらカリダはメロメロになるではないか!」
「爺も伯爵も良い男なんだから、きちんと気持ちを素直に伝えれば答えてくれると思うよ」
俺は2人の頭を撫でた。
「父さんと母さんの言い合いが分からなかったんだよね。何か父さんがタジタジだったみたいだけれど」
「皇族は子が望めるようになると閨教育があると聞く」
「閨教育って性教育の事?」
「そうだ。男子は精通で、女子は初潮を期に閨教育をされるようだ」
「へぇ、そんなのあるんだね。じゃ、童貞と処女は閨教育で捨てるの?」
「男子はそうだが、流石に女子は教育係から見たり聞いたりだ。男は初物に拘る場合が多いからな」
「まあそうだよね。俺は気にしないけど」
「お主もルキウスが成長すれば受けるのであろう?」
「えっ! そうなるのかなって俺の話は先の話だし置いといて、母さんは閨教育されていたから耳年増なのね。そうすると今回でかなり差が少なくなったよね」
「私が足りなかったのでしょうか?」
「そりゃ閨教育をされているようなお姫様と、その姫に童貞を奪われた騎士じゃ経験値が違うよね」
「息子に言われると堪えますね……」
「父さんは婆の教育が良かったのか押しが弱いので、もう少しがっついて良いんじゃないかな。母さんは嫌な所はハッキリと止めてくれる性格だろうし。自分の欲望をぶつけるくらいでも平気だと思うよ」
「凄くためになりますね」
「所で剣聖一家は子供が男しか出来ないって聞いたけれど、本当なの?」
「儂の爺さんも父もそう言っておったな。女の子も育ててみたいと言っておるマレ以外は特に困っても居ないが」
「じゃ次も弟の確率が高いのかな。俺、皇帝とかなりたくないから、よろしく!」
「私も子供は好きなので仕込み中です。今日の話を聞いて今晩は楽しみですね。そう言えばソータ殿からアレを頂いてないのですが」
「アレって何だっけ?」
最近は色々とあったので、何か約束を忘れているのかも知れない。
「む、胸の写し絵ですよ」
「ああ! 忘れていた! ちょっと待ってね」
『アルグラ。母さんの胸がはだけている写真を何枚か出してくれ。アングル色々で』
『がってん承知! ペッ、ペッ、ペッ、ペッ、ペッ!』
俺は父に写真を渡すと、父は目を皿のようにしてじっと見入った。剣聖と魔石伯も後ろから覗き込んで驚愕する。
「な、何とハレンチな! でも羨ましいぞ!」
「これは誰の写し絵でも出来るのか? 儂も欲しいぞ!」
「悪いけど伴侶とかパートナー限定ね」
俺は剣聖と魔石伯の要望を聞いて作って渡した。何か3人共に身体の中心が元気になっている気がするが、見なかったことにしてあげた。そして3人は徐に立ち上がったかと思いきや、俺の前に片膝を跪いた。
「「「神と崇めます!」」」
「こんな事で崇められても嬉しくないんだけど……」
男は下半身で物を考えているから、下半身が喜ぶ事が大好きで逆らえない。俺も男だし、どうしようもない面があるのは分かるけれどね。
「ソータのせいで冬の社交界のお土産が間に合わんかも知れん」
「何それ。俺、何かした?」
「求魂薬で寝坊して、この集まりで業者と打ち合わせが出来んかった」
「それ俺のせいなの? 下半身が言う事を聞かない伯爵が悪いだけじゃん」
「ソータしか私を救えないのに酷い」
「何かして欲しいの?」
「このお菓子を大量に欲しいのだ」
「クッキーが欲しいの?」
「そうだ。三百箱あると助かるのだ」
「1箱当たりで割り当てる人数はどのくらい?」
「下げ渡しを入れても十人未満ではないか」
「いいよ。アルグラ、クッキーと紙箱とリボンを大量生産だ」
「がってん承知!」
急遽、クッキー作りが始まった。最初は酸素と湿気を取り除く魔法陣が印刷された紙箱を大量に作って、魔石伯の部下に組み立てさせた。紙の箱を立体的に組み立てられる仕組みに皆が感心する。
「この箱は素晴らしいな。私の領でも作れるだろうか?」
「製紙業は整っているみたいだから、あとは裁断技術が向上すれば出来るんじゃないかな。何パターンか設計図を渡すよ」
「頼む!」
魔石伯は物珍しそうに紙の箱を、組み立てたり元に戻したりと遊んでいた。
布でリボンを作り花の形にすると驚愕された。リボンを花の形にする発想だけではなくて、布を使ってデコレーションする発想自体がなかったらしい……。
途中でミネルヴァの性講座が終わった女性陣が合流した。
「布でこのように華やかに飾り付けできるのは奇麗で楽しいわね!」
「私もこんなのを貰ったら嬉しい!」
「ミネルヴァさんの手付きの見事なこと!」
伯爵夫人と母と婆は喜んでミネルヴァから、色々なフラワーリボンの作り方を教えて貰っている。ミネルヴァは機械のような正確な手付きで、素早くフラワーリボンのアレンジを作って見せていた。流石に教える時はゆっくりと伝えていたが。
クッキーはプレーンとジャムを乗せたものとチョコチップ入りの3種類を作った。形は当然だけどゴールデンレトリバーだ。可愛いと女性陣に大人気で、それを聞いた魔石伯が照れていたけれど、そのクッキーの形が可愛いだけで魔石伯は関係ないと思う。魔石伯はどちらかと言うとイケメンなワンコだし。
「クッキーを結構な量を作ったけれど、まだ箱が余っているのかな?」
そして作っても作っても箱詰めが終わらないので魔石伯の部下達を観察していると、摘まみ食いが発覚した。
「こらっ! それではお土産作りが終わらんではないか!」
「皆のおやつ用は別に用意するから、早くお土産を終わらせようよ」
俺の言葉に魔石伯の部下達は歓声を上げた。お礼にモフモフさせてくれようとしたが、まだ白虎の匂いが抜けないので皆が怖がってモフモフの機会損失を経験した。少し悲しかった……。
次回の話は翌日の19時になります。
海開きはワクワクしますね!
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