021話 ソータのなぜなに魔法科学講座
「ソータのなぜなに魔法科学講座の時間がやってまいりました!」
パチパチパチパチパチパチパチパチ
『僕、何か怖い』
『これは是非とも拝見しなければ!』
『私はソータが壊れているように見えるわ』
『我は難しい事は分からん』
『旦那に酷使される予感が……』
『マスターのお望みのままに』
四神は好き勝手に言っているけれど、錬金窯のアルグラの予感は正しくて酷使が確定で、少女型精霊のミネルヴァにも働いてもらおうと思う。ミネルヴァの補助でアルグラの丸い器の中身が視覚的に観察できるようになったので、この世界に来て最大の疑問を解決する予定で、冒険者ギルドの会議室を2日間借りた。まずは電子顕微鏡のように極小世界を観察できる、魔素顕微鏡の性能を試そうと思う。
試しにアルグラに放り込んだ俺のギルドカードを拡大していく。聞いた所によるとギルドカードは魔鉄というファンタジー金属で出来ているようで、俺の琴線に触れる不思議金属なので最適だ。余裕で魔鉄の分子構造が立体的に観察できた。アルグラの中は時間停止してあるので、電子が止まっていて電子の雲がなく、直接的に陽子や中性子も観察できた。
「ヤバすぎ! 原子核が直接に見られるなんて!」
俺はナノの単位を超えて、ピコの極小世界を直接的に観察していた。十のマイナス十二乗メートルだ。
『これがギルドカードなのか?』
『うん。今見ているのはギルドカードを構成している、原子って呼んでいる小さな粒だね。髪の毛の太さを1億回、均等に切った長さの世界を見ている』
『想像ができない小ささだ』
『ミネルヴァ、この原子の電子数を数えられるか?』
『二十六個です、マスター』
『俺が居た地球と同じだな。しかし鉄原子で出来ているのに魔鉄と呼ばれているのは何故だ?』
『マスター。鉄分子の結晶からモヤが出ているのは見えますでしょうか?』
『ああ、何か鎖のように他の結晶と絡みついているね』
『おそらくこれが魔素で出来ていて、鉄分子の結晶構造を強化していると思われます』
『なるほど。身体強化で固くなるのも、こんなイメージなのか。鉄を魔素で強化したのが魔鉄と言う事は、人工的に作れる可能性があるな』
『魔鉄が人工的に作れるのか! ダンジョンでしか取れないから量を集めるのは大変みたいだから助かるな!』
玄武が興奮し出した。
『アルケミア・グラールさん……ちょっとお願いがあります』
『何や気持ち悪いな、旦那』
『その金色と透明な所を削ら……』
『傷が付くやないか!! まだ諦めてなかったんか』
俺は断腸の思いで少しだけ…ほんの少しだけ諦めて、アルグラからギルドカードを取り出してから、以前に市場で偶然に見つけたミスリルの地金を突っ込む。電子数を数えさせると十三個なのでアルミニウムだった。こちらもアルミニウム分子の結晶から魔素の鎖が絡みついていたので、魔鉄と同じように人工的に作れる可能性が出て来た。
この際なので魔石伯の抜け毛を入れたり、収納にある食材を入れたり、室内にある机や椅子を入れたり段々と過激になって来た。近くにある物の原子は地球と同じなので、物質的には地球と同じと言うことが判明する。色々と試していて窓を見たら暗くなっていたので夜になってしまったようだ。
次に電子とかクォークを観察したいので、ミネルヴァに倍率を上げてもらった。ピコの単位を超えて、アトの極小世界を直接的に観察する事になる。十のマイナス十八乗メートルだ。
「電子を見てしまった! 凄く嬉しい! 原子核の中が見たい」
「了解しました、マスター」
止まっている電子なんて地球では観測不可能だから大興奮だ。原子核の中の陽子か中性子か分からないが粒子の中を覗くと、クォークらしき物が3個見えた。数的にアップクォークかダウンクォークで間違いないだろう。
「更に倍率は上げられる?」
「次のゼプトの単位までです。これ以上は魔素の分解能の限界を超えてしまうようです。十のマイナス二十一乗メートルになります」
クォークの中を覗くと、いくつかのモヤの塊が見えた。これってもしかして……。
「このモヤは魔素じゃないか? しかも時間停止の状態でモゾモゾと動いているぞ」
「そのようですね。マスター、興味深い現象を発見しましたが見られますか?」
「出してくれ」
画面が切り替わって何も存在しない別の所が表示される。
「1コマを八百ゼプト秒で動かします」
何も存在しない完全なる真空から、モヤの塊が湧き出て来てクォークになった。これもしかしてヒッグス粒子かも。
「これがダークマターの正体か? 湧き出て来たモヤの塊が魔素だとすると、原初の海から魔素が湧き出て来てクォークになっているのか。原初の海と生命の庭は空間的に重なりあっている可能性が高いな」
フェルミ粒子が魔素で出来ているという事は物質の根源が、魔素であると言う事だ。次の力を伝えるボース粒子についても予想は付くが、力の根源を見てみたい。
「ミネルヴァ。力を伝えるボース粒子を見られるか」
「はい。これが光子で中をご覧になりますよね」
光子がクローズアップされて、中にモヤの塊が見えた。次々と見て行き、強い力を伝えるグルーオン、弱い力を伝えるウィークボソンの中にもモヤの塊が見えた。
「最後に重力子です」
「重力子…グラビトンを見られる日がくるとは!」
重力子の中にもモヤの塊が見えるが、他のボース粒子よりも圧倒的に少なく感じる。構成魔素が少ないと力が弱いのかも知れない。俺はボース粒子を色々と変えてコマ送りを観察した。力の伝わり方を見ているのは楽しいので時間を忘れられる。窓を見ると明るくなっていたので夜が明けたようだ。
これセルンの大型ハドロン衝突型加速器が玩具に見えて霞んで見えるな。素粒子物理学の未完成理論、大統一理論の道筋が見えた気がする。でも絶対的な科学の壁が見えたのも確実だ。まさか物質と力の根源が魔素だったなんて……。魔素は魔素でしか観測しえないので、魔法が発達しないと見えないのが真実だ。しかも今回は神の道具アルグラと、人類が夢見た知性を持つAIの如く強力な支援を行える少女型精霊ミネルヴァの力を使っている。
俺は沸き立つ気持ちと同様に、非常に冷めた気持ちが混ざり合うのを感じた。
次に前から何だろと思っていた、不思議な石の代表である魔石を見てみた。魔獣や魔物の体内に形成されていて見た目は宝石のようだけど、正体は物質じゃなくて、魔素が物質のように結晶化して石のようになっていた物だった。魔素顕微鏡で良く見ると満タンだと思っていた魔石だが、まだ隙間があるので魔素を籠められる余地がありそうだ。これ以上の魔素を詰め込む必要があるのかは分からないけれど。
「そう言えば俺に物質生成ができるって事は、眷属のアルグラはできるよな?」
「な、何の事でしょうか?」
「入れた材料の量より多く出てきたり、入れていない材料がくっ付いていたりするから」
「き、気のせいですよ……」
「ほら、そろそろ魔力が欲しくないか?」
「まだ大丈夫です」
「ヨシッ! 削ろう!」
「わいが悪うございました! 出来ますやらして下さい! でも魔力を食い過ぎるんで、お手柔らかに頼んます……」
アルグラがやっと白状したけど、正直に言うと白状しない方が良かった。
次は魔素の作用を見たかった。俺はアルグラに水素分子を生成させて、運動魔法で上方に加速するようにした。モヤの塊の魔素が水素分子に集まるのは一瞬で、魔素が運動エネルギーに直接に変換されるようで、時間停止を一瞬だけ解除すると水素分子が上方に動き出した。
更に運動魔法で魔素を直接に熱へ変換してみる。水素分子をコマ送りで見てみると前より振動が大きくなったので温度が上がったようだ。これ大量の魔素を用意して置いて運動魔法を一気に展開し、周囲の物質を直接かつ瞬間的に熱するとか、どれだけ危険な魔法になりうるのか見当もつかない。このアイデアは封印決定かな。
次に魔素を光子や重力子へ直接に変換してみる。力を伝えるボース粒子を生成し、魔素を使って操る事も可能だった。これ宇宙船で使っていそうだね。その内に宇宙船の技術も学びたい。
「この分子のような極小の物体の補足とコントロールは、ミネルヴァなら出来るよな?」
「はい、マスター」
「どのくらいの数が出来そうだ?」
「並列思考の限界数を把握していませんが、扱う物体が小さく必要魔力が少ないので、ほぼ無限ではないでしょうか」
「再生医療、クローン、遺伝子治療、分子標的薬、ナノ・マシーン等の極小世界の技術を習得して、人間の体内で活動できる魔素で動くナノ・マシーンの設計を原初の海で、こちらを時間停止してシミュレートしてくれ。
それからナノ・マシーンだと名称が本家ナノ・テクノロジーと重複するのと魔素で動くので【ナノ・ゴーレム】とするか」
「了解しました、マスター……ナノ・ゴーレムの設計完了です」
「ありがとう。アルグラに設計を渡してくれ」
「設計を渡しました。材料は肉と豆と水で、完成品は液体状になるのでポーションの空き容器等をご用意ください」
「ほれ、アルグラ。材料だ」
「んぐぁぐぐ…いきなりだったので詰まったぜ、旦那」
「すまん。ほら、かき混ぜるから」
俺はアルグラの台座からしゃもじを取り出して、丸い器の中に突っ込んでかき混ぜた。アルグラが一瞬光ると「ペッ、ペッ、ペッ、ペッ…」と三十本くらいポーション瓶を吐き出した。ポーション瓶は白い液体で満たされている。
「この世界、治験とかあるんかな? この成分って使い終わったらどうなるんだ?」
「治験はないので希望者に同意を取れば問題ないと思われます。ナノ・ゴーレムの成分は基本的にアミノ酸やたんぱく質で出来ているので生分解されます。体内で代謝として再利用された後は、食事と一緒で排泄機関から排泄されて終わりです。
ただ瓶の状態で紫外線に当たると壊れるので注意です。太陽のようなG2V型の恒星で地球と同じような地上環境の場合、三十分くらいで5%未満が損壊します。あと飲むと不味いので、従来のポーションのように身体に振りかけて使います」
「アルグラ、瓶に紫外線を反射する魔法陣を付けてくれ」
「錬金窯使いが荒いぜ、旦那……」
アルグラが瓶に魔法陣付与が終わったので収納に瓶をしまうと、会議室の扉がノックされたので「どうぞ!」と声を張り上げると父が入って来た。
「ソータ殿。無理をしていると聞きました」
「無理? ちょっと徹夜しただけだけど」
「私の身体を気遣えるくせに、自分には無頓着なのはいけませんね。飲食もしていないのでは?」
父は怒っているようで、いつもは優しげな眼差しが若干吊り上がっていた。そう言えば飲み食いも忘れていたので、口が異様に乾いているのを感じる。
「悪かった。学生時代以来の実験だったんで、ついはしゃいでしまった。今日の夜は早めに寝るし、これから食べるから一緒にどうだ? この前のカレーライスセットの残りだけど」
「分かれば良いのです。カレーライスセットは、また食べたかったのでご相伴に預からせて頂きます。そちらの女の子はどちら様でしょうか?」
「ああ、新しく俺の眷属になった元ダンジョン・コアで精霊のミネルヴァだ」
「初めまして。マスターソータの眷属のミネルヴァです。お見知りおきを」
「私はホリゾンですが、ダンジョン・コア? 精霊にしても人の姿をしているように見えますが……」
俺はカレーライスセットを収納から出して用意しながら、問答ダンジョンの件をアルティウス関係の情報を除いて父に説明した。
「ソータ殿の奥様がお若いのも、そちらの精霊が幼いのもソータ殿の趣味ですか?」
俺の妻が二十歳差で若いことと掛け合わせて、父はニヤリと笑った。
「女は若いうちが華って言うじゃん」
「そう言うことにして置きましょうか」
俺と父は雑談しつつカレーライスセットを食べた。
「あ、新薬の実験台を探しているんだった」
「新しい薬ですか? どのような薬ですか?」
「毒を無効化したり病気を治したりと色々と出来るけれど、一番に派手なのは手足とかの部位欠損が治る」
「えっ?! 信じられません」
「ホリゾンは身体に大きな傷跡がいくつかあっただろ。ちょっと試させてもらえないか?」
「信じられないので試してください」
俺は収納からナノ・ゴーレムの瓶を出すと父にかけた。即座に父に吸収されて、手の甲の傷跡が水膨れのようになる。父は信じられない物を見るようにハッとしてから上着を脱いだ。右肩にあった死にかけた傷跡も水膨れのようになっていた。
「ミネルヴァ、ついでにホリゾンの健康診断を頼む」
「承知しました、マスター」
「食べたばかりなのにお腹が空くのが気になります」
「身体の中の栄養を使って欠落した部分を再生しています。先ほどかけた液体の中にも結構な量の栄養が含まれていますが、空腹感は想定外なので今後の課題になります。ホリゾン様は疾患や病気もなく健康ですね。傷跡はまもなく治療完了です」
「良かったな、ホリゾン」
父の身体の水膨れのような物は乾いて、かさぶたのようになると自然と剥がれ落ちた。そして傷跡などない奇麗さっぱりした肌が現れる。俺は父の背中にあった傷跡を見ると、こちらも無くなっていた。父は更にズボンも脱ぐと、腿や脹脛にあった傷跡も確かめて消えているのを確認した。ミネルヴァの視線にハッとして、父はズボンを履き直した。
「失礼。女性が居るのを失念していました」
「お気になさらずに。私は女性の姿をしていますが、性別はありませんので」
「ソータ殿。これは凄い薬品です! まだ信じられませんが……」
「傷は男の勲章って言うが良かったか? 痛々しかったが格好よくも見えていた」
「どうせまた付きますよ」
「それもそうだな。腹が減ったんだろ? またカレーライスセットで良ければ出せるが」
「それはありがたいです」
俺はナノ・ゴーレムで、領都防衛隊の部位欠損者を治療するつもりだと父に語った。
次回の話は翌日の19時になります。
蒼汰君のモフモフ・ライフは充実するのか?
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