002話 船で産まれるが船は船でも…
四十歳だったオッサンが転生して女だったら少し嫌だなと思っていたら、男に転生したようで安心した。産まれたばかりの最初は目も開けられないので、粗相をしたら泣くしかできないのが苦痛だったが、時折、近くで話される会話がラテン語に近いのが分かったので、頭の中で念じると会話ができる神様達と異世界言語の会話レッスンをしながら数カ月を過ごした。
当時は絶対に使わないだろうと幼馴染に突っ込まれまくっていたラテン語だが、物理学専攻だったが考古学分野も好きだったので、大学では第2言語に選択していた俺は偉いと自賛したら、『ソータの運命じゃない?』と創造神に突っ込まれて心の中で泣いたりしていた。神に言われたら既成事実として仕組まれていたと思うじゃないか……。ちなみに神様達には、俺の前世?の名前の蒼汰を呼びやすくしてソータと呼ばれるようになった。
赤子の俺は目が開けられて物が見えるようになってから、寝室で母乳を与えてくれる母親らしきアーラと言う名前の若い女を見上げたら、単語を呟かれて転生先の自分の名前を初めて知った。
「ルキウス」
母親は一言で言うとクールな感じの金髪碧眼の美人で、俺は神様達に言わせると母親に似た同じ金髪碧眼のイケメンに産まれてきたようだ。日本人としては金髪には憧れがあるので、ちょっと嬉しくなった。
『そう言えば神様達は、俺の見た景色だけでなくて外観も見れるのか?』
『イメージとしては、こんな感じで観察できるぞ』
白虎が俺の視界に姿を現して手を上げた。
『それ、姿が見えるのは俺だけ?』
『そうだ。姿が見えるだけで物や人に触れられないのが残念だがな』
『あと…俺が排泄の世話をされていたりする所も見ているのか?』
『我らは元人間だったから、そこら辺りは自粛している。創造神様は元から精神体なので経験がなく、興味深く実況しているのを止めて欲しいがな……』
『創造神!!』
呼ばれて姿を現した光球に『身体を貸さないぞ!』と脅して、人間としてデリケートな場面は見ないでとお説教をしたら、光球がシュンと小さくなって消えて行った。反省してくれると良いが、人間ではないから扱いが難しい。
フォォォォォン……
僅かな振動音と共に床が震えた感じがすると、一緒に寝室にいた婆と呼ばれている中年の女が、俺の母アーラに声をかけた。婆は茶髪茶眼で優しい顔立ちだ。
「アーラ様、船が原初の海をでたようです」
「ルキウスが瞼を開くようになったし、外を見せてあげましょうか」
俺は産まれてから、この寝室と浴室くらいしか出入りしてなかったので、ここが船の中だと初めて知った。母が俺を抱っこして寝室から出ると、客船の船内のような通路を通ってから階段を登って甲板に出る。
(何だ、これは!!)
そこは辺り一面が星空だった。最初は夜の海原かと思ったが、甲板の船縁に立たれて下を覗き込んでも星空なので、驚愕しつつも宇宙船の中だったと確信した。船はガレオン船のような形状で全長八十メートルくらいあり、木造の帆船としては大型船に見えた。しかし宇宙で帆を張っているが意味はあるのだろうか……。
「奇麗でしょルキウス」
母は色々な方向に俺の顔を向けながら微笑んだ。船外を良く観察すると、船尾側は天の川のように星の密度が濃くて明るいが、帯と言うよりも壁のようになっている。船主側は帯状の星が広がって、上空と甲板下は星の密度が極端に低い。
俺が居た地球のある天の川銀河の外周部は星が薄く広がっているが、この銀河は違う形をしているのではないかと推測した。おそらく球体がレンズのように潰れたような形のレンズ状銀河で、今は中心部の球体から潰れた淵側に向かって航行しているのではないだろうか。
『宇宙空間に出て息が吸えてるんだが?』
『船の帆で魔法の結界を作って、周辺に空気を留めているわ。結界の外は真空に近いのよ』
『魔法すげーな! 木造の船で宇宙に出ているし』
青龍が説明してくれた。木造の船が宇宙を航行しているのは俺の常識を覆した所だ。
「婆、魔物が近づいているわ!」
「承知しました。ルキウス様をこちらに」
「ルキウスにカッコいい所を見せたいので下がっていて」
母は俺を婆に渡すと、何やら呪文のような言葉を唱え、中空から現れた片手剣を掴んで前に出た。そして左舷から結界に侵入しようとしている茶色の物体に母は飛び掛かった。魔物の見た目は3メートルくらいある乾いたイカのような生物で、母は片手剣で何度か素早く切りかかる。
イカの魔物は触手を伸ばして母を絡めとろうとするが、何度かの片手剣での切り結びで触手の大半を失ってしまった。
『母が左手を向けた方と反対側に方向転換をしたり、宙を足で蹴りつける動作をすると床なんかないのに蹴った方向に飛んで行くように見えるのも魔法か?』
『魔法を使って空気を生成して、噴射する反作用で方向転換しているのよ』
青龍が腕を組みながら答えてくれた。中空から片手剣を取り出したのも魔法のようでファンタジーな異世界に心が躍る。
ウォォォォォォォン!
最後に母はイカの眉間に片手剣を突き立てると、呆気なく断末魔の唸り声を鳴り響かせて動きを止めた。母は強いなと思いつつ、剣と魔法の世界に来た実感が急に湧いてくると同時に、周辺に散らばったイカの足が「ゲソ」にしか見えないので食べたくなった。妻や幼馴染と一緒にコタツに入りながら、日本酒の熱燗にツマミとして火に炙ったゲソを食していたのを思い出して少し憂鬱になる。それから高みに至った直前の記憶が曖昧なのも気になっていた。
「魔石は取って来たけど、こいつ不味いし素材としても使えないのよね……」
母は甲板に戻ると愚痴をこぼした。イカの魔物は不味いのか…見た目は完全にゲソなのに残念だな。まあルキウスは赤子なので、蒼汰にならないと食べられないので論外だが。いきなり赤子が見た目も違うオッサンにチェンジしたら、いくら魔法のある世界でも驚かれるので秘密にするしかない。
「通常の航路ではないので、魔物の数が多くなるのは仕方がないですね」
「隠れんぼを探しながら鬼ごっこされてるので、移動に時間がかかるのも困り者だわ……」
母は片手剣を中空に収納して消し、婆から俺を受け取って溜息を付いた。人探しをしながら追われているのだろうか?
「さあルキウス。中に戻りましょう」
そう言えば父親を見かけていないのが、俺の頭の片隅に残った。
次回の話は翌日の19時になります。
初めての魔法に興奮する蒼汰君がピンチに……。
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