011話 回復魔法はラブソングの調べ[前半]
異世界初の大浴場は冒険者ギルドにあった!
冒険者登録の戦闘試験でずぶ濡れになった俺達は、冒険者ギルドの大浴場が使えるようにと、グリとグラの教官が手配してくれた。鼠獣人の二人はやはり双子の兄弟で、戦闘試験での負傷を回復魔法で治療した後は、俺の事を兄貴と呼び出した。
「「兄貴。お背中をお流します!」」
「俺はホリゾンの背中を流す」
異世界にも背中を流す文化があるのか知らないが、戦闘試験の時とは違ってグリとグラには懐かれたような気がする。まあ強引だったとは言え、杖を貸してくれたりしていたので、元から面倒見は良い方なのだろう。白虎に鼠獣人の尻尾は撫でないのかと聞かれたが、鼠の尻尾はあまり毛がなくてモフモフしてないから対象外と言ったらジト目をされた。
ちょっと残念だったのは、受付のお姉さんと風呂場が男女で分かれてしまった事だ。異世界なら混浴と相場が決まっていると、妻は言い切っていたのに……。
「兄貴はお幾つ何でしょう?」
「四十」
「「えっ?!」」
「私と同じ反応になりますよね。この後に貰えるギルドカードの年齢欄に興味があります」
「ギルドカードに年齢でるの?」
「ええ。良ければ拝見させて下さい」
「別に良いよ」
浴槽に移動して世間話をしていると、グラから年齢を聞かれたので答える。グリとグラは信じられないと言う表情を向けるが、父には苦笑されてしまった。
そして一番に聞かれたくない事をグリに聞かれるが、俺は強引に押し通す事にした。
「そう言えば兄貴は呪文を唱えないで魔法を使っていた気がするのですが……」
『逆に詠唱をすると威力が強くなりすぎるので、詠唱を控えているとしたら良いのではないか? 水魔法で溺れそうだったのを強調すれば納得するだろう』
白虎の説明を、そのまま伝えると皆が納得してくれた。白虎ナイスだ! 後でモフモフして上げよう。
風呂場を出ると俺は古着屋で買った替えの服を出して着たが、父の着替えがないのでマレ婆に借りていた服を収納から出して返した。グリとグラは職場なので替えがあったようで、替えに着替えていた。
俺達は4階の応接室に通されて、しばらく待つと先ほどの受付のお姉さんと共に、もう1人が入って来た。
「猫!」
「猫人を見るのは初めてでしょうか?」
俺は猫人の女を見て、少し興奮気味に声を上げてしまった。今までは耳と尻尾が獣人ってパターンだったが、この人は頭部全体が猫で、もちろん尻尾も生えていた。茶色ベースの黒斑でアメリカンショートヘアーに見え、青眼で瞳孔が縦に細長くなっている。
「頭と尻尾を撫でたい……」
「パートナーが居るので尻尾は駄目ですが、お願いを聞いて頂ければ頭は良くてよ」
「条件次第では何でも聞いちゃう!」
猫人の女は俺に微笑んで前に立ち止まり、頭を会釈するように下げた。もちろん遠慮などせずに、俺は猫人の女の頭を撫で回した。グリとグラが「兄貴、俺らのも撫でて下さい」と言ってきたが、「モフモフしてないから好みじゃないので遠慮する」と伝えるとショックを受けていた。父は最初に唖然としたが、グリとグラの話に失笑する。受付のお姉さんは口に手を当てて、このやり取りに驚いているようだ。
俺が撫で終わると猫人の女が自己紹介をして、受付のお姉さんと猫人の女は椅子に腰かける。
「申し遅れました。私、当冒険者ギルドのギルド長をしていますエレガンターと申します。当ギルドに加入して頂き、ありがとうございます。まずは試験に合格されましたので、ギルドカードを発行させて頂きますね」
ギルド長は受付のお姉さんを促すと、机の上に謎の器具を置く。器具は小さくて、名刺サイズの箱の上に金属製のカードがはめ込んであった。受付のお姉さんは簡単に冒険者ギルドの規約等を説明してくれた。
「この上のカードに指を乗せて、冒険者ギルドに加入する事を宣言して下さい」
「冒険者ギルドに入る」
受付のお姉さんに言われるままに、カードに指を乗せて加入宣言した。するとカードが一瞬光って、表面に氏名と、加入しているギルド名として冒険者と刻印された。
「氏名はカード表面に刻印されたソータさんで、お間違えないですね? それでは指は離して頂いて結構です。情報を確認させて頂きますが、お隣の方に見せてしまって大丈夫でしょうか?」
「両方共に問題ない」
受付のお姉さんは父を見たが、父には見られて困る事などないはず。受付のお姉さんは指でカードを2回叩くと、カードの上部中央に埋め込まれている宝石から俺の情報が空中に表示された。
「「「本当に四十……」」」
父とグリとグラに年齢を見られて仲良く声を重ねられた。だから嘘は言ってないって。生年月日の年は帝国歴になっている。四十を足すと今は六千七十二年らしい。皇帝が亡くなっても年号が変わらない歴史の授業に優しい仕様のようだ。
他の表示された情報を見ると、種族がアルティウスで住所が原初の海になっている。見られて大丈夫じゃないかも?
「カード表面の氏名もそうですが、ソータの前の部分に隙間があって、文字のような物があるのも分かるのですが読めませんね……。種族と住所も読めません。こんな事は初めてです」
「私にも読めないわ」
受付のお姉さんとギルド長だけではなくて、俺以外の全員が読めないらしい。俺には氏名の所は剣持蒼汰と書いてあるように見えるが、他の人には苗字の剣持が読めなくて、名の蒼汰がソータと読めるようだ。白虎を見ると説明してくれた。
『そのカードの情報はアカシック・レコードから得ていて、おそらく創造神様がアカシック・レコードを操作して配慮してくれたのだろう。ちなみにそのカード器具は、昔の帝国が玄武に7日7晩お願いして、ダンジョン経由で下賜した物で、そのような物品をアーティファクトと呼んでいる。
そう言えばソータには肉体があるので、高みに至ったお祝いに何か創造神様と四神で贈ろうと思っているのだが、何か欲しい物はあるか?』
『え、地球に帰りたいとか?』
『それは無理なので、物でだな』
『う~ん、何かあるかな……。あ、調理器具!』
『それがあると旨い物が食えるのか?』
『段違いに楽だね。地球の調理方法が簡単にできると嬉しい』
『もちろん食わせてくれるのだろう?』
『何か発酵食品とかも発達してないみたいだから、食品全般を加工できる便利機能が詰まった、そのアーティファクトっていうのを作ってくれれば旨い物が食べられるよ』
『ソータよ。旨い酒は造れないのか?』
『乾燥とか発酵機能を付けられるなら、蒸留もできると良いかな。時間加速とか付けてくれると凄くありがたいね』
白虎は、ここには居ない玄武と念話を始めた。俺が伝えた機能を粗方、説明する。
『……ほう、錬金窯なら可能かも知れないと。神格が足りない? 我の抜けた牙を後でくれてやる。朱雀も羽根があるし、青龍も鱗があるではないか。お主は脱皮した甲羅で良かろう』
何故か俺へのプレゼントが旨い物を飲み食いしたさに、調理器具から方向性がズレて行ってヤバ目に向かっている気がする。白虎との念話の間に人間組の話が付いたのか、神に聞く訳にも行かないし議論していても不明な物は不明と結論付けたようだ。受付のお姉さんはギルドカードを器具から取り外すと、俺に渡した。
「それではこちらがギルドカードです。決済機能もあるので、カードの穴に紐を通して首から下げている方が多いですね。紐も当ギルドで販売されています。
ちなみにカードを無くされますと再発行は初回発行より手数料が倍になるので注意して下さい。入金され次第、初回発行の手数料は口座より引かせて頂きます」
そう言うと、受付のお姉さんはギルドカード器具を持って退出していった。俺はギルドカードを収納にしまった。無詠唱に驚いた顔はされなかったが、ギルド長は興味深そうに、じっと俺を見つめていた気がする。
「それで本題ですが、ソータさんは回復魔法をお使いになられるそうで、お力をお貸し頂きたいのです」
「それは別に良いんだけど、そればかりに煩わされると困る。あと神殿との絡みがあるんだろ? 無報酬だとやってられない」
「取りあえず重症患者に優先で、ギルドとしての指名依頼なので、ギルドランクのポイントに加算はお約束します。報酬は……金銭以外と言うのが難しいので、逆に何が欲しいのかお聞きしたかったのです」
「さっきのようなモフモフが欲しいかも」
「えっ? 先ほどのような行為で、よろしいのですか?」
「回復対象が獣人でモフモフさせてくれるなら、それが報酬。俺に触られるのが嫌とか、獣人でなかったら他にモフモフさせてくれる人を紹介してくれるとか?」
「そんなので良いなら誰でも喜んでさせてくれると思います」
俺の言い分に父が賛同してくれた。
「今なら神聖魔法もセットでお得キャンペーン中とか?」
「神聖魔法も使えるのですか!」
「この前に初めて使ったんだけど、ホリゾンには効いていたみたいだけど」
「私に神聖魔法を使って頂けたのですか?」
「ホリゾンは気を失っていたから知らなかったかもだけど、感染症にかかっていたようだから使った」
「神聖魔法は神殿でも司祭長以上でないと使用できないので、もし使って頂けるなら報酬で家が建ちます」
ギルド長は神聖魔法に喜んで、何故か父が顔を青くする。あんなの父になら、何回でもかけて上げるよ。
俺達はさっそく重症患者の元に向かおうとすると、グリとグラは教官業務があるらしく別れた。3階に医療施設があるらしく、行ってみると二十もあるベッドが全て満床だった。
最初の患者は最も重症らしく、一番奥のベッドにうつ伏せで寝かされていた。全身に包帯を巻かれていたが、良く見るとお尻に尻尾が生えていて、頭に包帯の隙間から耳が飛び出て覗いていた。危うく「熊!」と叫びそうになるが病室だと思って控えた。熊獣人の男らしく体格が大きいのでベッドから身体がはみ出ている。茶色の丸い尻尾と丸い耳が、凄くモフモフしているので治療にやる気が出てきた。
治療のために触ると言うと、丸い目がギョロっと俺を睨んできた。父の時とは違って脈は安定しているので出血は酷くなかったのか、血は足りていそうだ。
しかし高熱があり呼吸も荒いので父よりも酷い敗血症の疑いがある。これで良く意識を保っていられるなと思い、神聖魔法を熊獣人の男にかけると、全身が光の粒に包まれて熱が下がって呼吸も落ち着いた。
続けて回復魔法だが両手を向けてかける。熊獣人の男が全身を泡に包まれたので、父とギルド長は少し驚くが、傷を受けた箇所が多いので一気に治療していると安心させた。父の時より5倍くらい時間がかかったが、泡が消えたので傷は癒えたはずだ。
「傷は癒えたか?」
「信じられん! どこも痛くない」
熊獣人の男はベッドから起き上がり、包帯を解いて驚きの声を上げた。
「俺は……奴隷落ちなのか?」
「代金は耳と尻尾をモフモフさせてくれる事だけど良いかな?」
「へっ?!」
熊獣人の男は訝しげにギルド長を見ると、受けた説明にも驚いた。
「そんなのいくらでもさせてやるよ!」
「ぐへっ!!」
熊獣人の男に俺は抱きしめられた。身体強化をしていなかったので、全身の骨が軋む音が聞こえた気がした。
「ソータ殿が死んでしまう!」
「……あ、悪い悪い」
父に指摘されて熊獣人の男は、手の拘束を緩めてくれた。治療後にこれだけ動けるなら、もう大丈夫だろう。熊獣人の男はベッドに腰かけてくれたので、俺は報酬のモフモフを楽しむ。幼馴染の実家にあった熊の敷物のように、張りがある毛並みで犬猫とは違うモフモフ感を堪能する。
「なぁ、俺の番にならないか?」
「妻が居るから無理かな」
「……ああ、こりゃヤバイ奴の匂いがするから手を引くか」
熊獣人の男は俺の匂いを嗅ぐと、自己完結気味に両手を上げた。もしかして白虎? モフモフしたのは何日か前だけど、獣人には分かるのだろうか? それとも白虎は臭い?
俺がモフモフだけじゃ足りないだろうと、熊獣人の男から一抱えくらいの樽に入った蜂蜜を貰った。友人にお見舞いで貰ったそうで、大きすぎて処分に困っていたそうなので、ありがたく頂いた。樽を収納に入れると皆に驚かれた。父には小声で「そんなに大きなものは普通入らないです」と注意されたが、俺は「どれだけ入るか試してみたい」と言うと、ちょっと呆れられた。
次回の話は翌日の19時になります。
蒼汰君のモフモフ愛が世界を救う? 後半
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