010話 危険な冒険者ギルド
夜が更ける前に城塞に戻ると母が怪我をしたようで嘆いていた。怪我と言っても治療はしたようで、主に高額だった治療費に不満があるようだが、伯爵夫人に窘められていた。
「今日の魔石の半分が怪我を直すのに消えたわ。神殿は恐ろしい……」
「大事にならなくて良かったじゃないの。貴女の不注意だったのだから諦めなさい」
婆にバスケットと刺繍セットを返しがてらに父と服を買いに行った様子を話すと、元気になった様子に喜んでくれた。それから赤子ルキウスの分身を強制的に消して記憶統合すると、クリスと一緒にお昼寝したのが分かった。今夜はクリスと一緒に就寝したい所である。あとクリスの兄にも会ったようだ。狡い……。
朝に分身を出して婆に出かける事を伝えると、またバスケットを2個持たせてくれた。
「お昼に2人でどうぞ。ルキウス様」
試しに胡椒の事を尋ねると、「それは何でしょうか?」と逆に疑問で返されたので絶望した。こちらには胡椒が無いのだろうか? お弁当は嬉しかったので婆に感謝を言って出かけた。隠し通路を通って冒険者ギルド前に行くことにする。
冒険者ギルドは領都カストルムの東側にあった。かなり大きな5階建ての建物で、建物前は宙に浮く馬車もどきの発着場になっていた。ギルド前は待ち合わせの人が多数居るが、父は既に着いていたようで俺を見つけると手を上げてくれた。俺は駆け寄ると、父と一緒にギルド内に入った。
「それがさ、知り合いが神殿にボラれたらしくてさ……」
「ソータ殿。神殿の話は人に聞かれると不味いです」
父は俺の腕を引っ張ってロビーの壁際に寄り、静かに話し始めた。
「神殿は冒険者にとって大事な回復魔法と神聖魔法、それと薬品を牛耳っています。神殿以外が回復魔法と神聖魔法、薬品で金銭を得る事は国法で禁じられているので、目を付けられると冒険者生命に関わります」
「他に医者とか居ないのか?」
「貴族やギルドのようなお金がある所は神殿に人員を派遣してもらって、お抱えしている所もありますが、平民は懐事情が芳しくないので難しいです。私は神殿に報酬が払えなかったので死にかけましたし……」
「あの怪我か……。そう言えばどうして怪我したんだ?」
「個別の討伐依頼はパーティ必須なのですが、ここには最近に着いたばかりなのでパーティを組める知り合いが居ませんでした。
魔石伯が募集している領都防衛の依頼は例外で、ソロでも受けて良いらしく参加したのです。その時は運悪く学生時代の友人も傷を負って回復人員が足りなかったので、その場では回復をもっと重傷に見えた友人に譲って自分は辞退して神殿に行ったのですが、まさかあれほどの高額を請求されるとは思っていませんでした。
宿に引きこもって寝ていれば直ると油断したら身動き取れなくなり、それからソータ殿に助けられた顛末です。黙っていた訳ではないのですが、恥ずかしい油断でご迷惑をおかけしました」
「迷惑だなんて思ってないよ。マレさんにはお世話になっているし、さっきみたいに常識がない俺を助けてくれる仲間は他に得難い。
それに友達を助けたんだから、恥ずかしいものか。むしろ中々出来る事じゃないから誇れ。それにしても神殿は酷いな。神様に告げ口しようかな」
「それが出来れば苦労しないですね」
父は苦笑いし、俺はチラッと白虎を見たら自分の事を指さして『我に言われても困る』と首を振った。告げ口は出来たので、俺は少し留飲を下げた。
ギルド加入の受付を済ますと、父に予想外の事を告げられる。
「今日はギルドに加入ですよね? 戦闘試験があるのですが大丈夫ですか?」
「えっ!? 戦闘なんてやった事ないんだけど」
「魔物に襲われたりする事もあるので、回避とか防御を試されます」
「ちょっと考えさせて」
俺と父はロビーにある椅子に腰かけた。
『四神にお願いしたりしたら被害甚大だよね……』
母の船が壊されていたのを思い出し、それがギルドで起きる事を想像しようとして止めた。
『我らが破壊神のような言い草ではないか!』
『物を壊さないようにとか、人に怪我させないとか殺さないで試験合格できる?』
『……剣で料理は出来ないと言う諺がある』
『どういう意味?』
『適材適所ということだ。料理は包丁の方が向いており、大きな力を振るう事に向いている剣で料理はするなと』
『駄目じゃん』
『結界魔法でも使ったら?』
青龍が現れて提案してくれた。
『攻撃を遮る魔法だよね?』
『そうよ。属性は得意属性でやっているわね。朱雀は火で、玄武は水、私は風、白虎は土ね』
『属性毎に得手不得手あるのか?』
『火と水、風と土、光と闇は、それぞれ打ち消し合う関係なので結界で逆属性を受けると、維持する魔素が増えるわね』
『一長一短なんだな……。それじゃ火にするか』
この都市の結界モニュメントを見てから、時々、考えていた結界魔法のお披露目だ。俺は人差し指を立てて、その上に半透明の六角形の板を1枚出した。
「それは結界魔法ですか!?」
突然と出てきた謎の板に、隣の父は驚いた。
「うん。ちょっと不完全で完成してないんだよね。見てみて」
俺は結界に水鉄砲のように水魔法を噴射して当てた。水は結界表面を滑らずに、噴射された方向に反射される。
「跳ね返っていますね……。他の攻撃も反射するのですか?」
「俺が被害を受けそうな攻撃を何でも反射するよ。ただ不完全なのは、反射する方向は攻撃が向かって来た方向にしか返せないのが欠点かな。動いている攻撃者の追尾が出来ていないから、その内に改善したい。ただ反射する攻撃の力加減を倍率で設定できるようにはしてある」
「……戦うつもりは絶対にないですが、ソータ殿と戦いたくありません」
『我も戦いたくない』
『攻撃を反射する発想が、私は怖いわ。初見殺しにも程がある……』
1人と2柱からお褒めの言葉を頂いたので、これで良さそうである。でもSF作品とかで出てきたリアクティブ・シールドみたいにしたいんだよね。それには戦艦並みのアクティブ・レーダーと計算能力が必要だ。今は火属性の運動魔法で攻撃を受けたベクトルを強引に逆方向へ捻じ曲げているだけなので、取りあえず結界の名前はイージスと名付けて、今のモードをベクトル・リフレクターとしよう!
『この結界は破れないよね?』
『ソータは魔王とでも戦うつもりか?』
『えっ? 魔王なんて居るの?』
受付から呼ばれたので、白虎の答えは聞けなかった。受付のお姉さんに案内されて父と一緒に試験会場へ向う。ギルド建屋を横断して裏から出ると、広場のような場所に出た。途中に通って来た平屋の建物が解体場で、併設して巨大な倉庫があると説明を受ける。
「お前さんが新規加入の希望者か。魔法を使うと聞いた。念のために魔物に襲われても大丈夫か見させてもらうぞ」
試験官と思われる男が2人立っていた。声をかけてきたのは壮年成り立てくらいで魔法使いのような青いローブに杖を持っている男でグリセオと名乗り、もう一方はグリセオと双子にしか見えない赤い服を着た男で木剣を帯剣していてグラヴィスと名乗った。鼠獣人らしく二人とも背が低い。グリとグラと呼ばせてもらう。この二人を見たらカステラパンケーキが食べたくなった……。
「お前さん杖は持っていないのか?」
「杖?」
「魔法を主に使うなら杖がないと制御が難しいだろ」
「今まで杖なんて持ったことないな」
「ほれ、俺の予備を貸してやるから使え。次は依頼を受ける前に武器屋で調達するんだぞ」
グリからオーケストラの指揮者が持つタクトのような茶色の杖を、強引に渡された。青龍に駄目だしを食らったので、壊れても良いように俺は予防線を張った。
『そんなのにソータが魔力を籠めたら壊れるわよ』
「この杖は壊してしまっても大丈夫ですか?」
「それ世界樹の枝で出来ているから、壊そうと思っても壊せないぞ」
俺は破壊フラグが立ったような気がしたが、壊しても良いと言質を取ったので、借りた杖に結界魔法のために魔力を凄く少な目に込めた。杖が火属性で赤く光り出し、枝が軋んだような音を立てたかと思うと、唐突に光の粒子状になって弾け飛んだ。
パァーーーン!!!
「嘘だろ、俺の杖が……。給料3ヵ月分が……」
婚約指輪のような値段に苦笑しつつ、俺は素直に謝った。給料3ヵ月分の花火は奇麗で良かったし!
「ごめんな。ちょっと特異体質で杖と相性が悪いんだよ」
「……俺が強引に預けたんだ、問題ない。試験を進めよう」
グリはグラと小声で打ち合わせをする。何故か俺への視線に恨みが籠っている気がするのは、気のせいだろうか? 俺は広場の中央に立って結界魔法を発動した。半透明の六角形の板が集合体になって、俺の周りを包み込んだ。
「結界で防ぐから注意しろよ!」
「ソータ殿! それではその結界の危険性が伝わ……」
「では、始める!」
父が受付のお姉さんと一緒に後ろに下がってから声を張り上げたが、開始の合図に打ち消された。グリが杖を上に掲げると呪文の詠唱に入り、グラの方は木剣を抜いて俺に襲い掛かって来た。それにしても魔物に襲われた時の対処にしては、2人同時に相手をするのは前提としておかしい。まるで対人戦のようで、最初は剣を持つ前衛が責めて、後衛の呪文詠唱の時間を稼いでいるようで本格的だ。これは俺を痛めつけに来ているね……。
言質を取って筋を通したのに、この仕打ちだ。ちょっとイラっとしたのでイージスの反射率を2倍に引き上げる。これで受けた攻撃の力の2倍で反撃するようになった。
グラの木剣の攻撃が当たる瞬間に、グリの魔法の火球が打ち出される。そしてグラは俺の結界に触れると理解不能だと言わんばかりの表情を凍り付かせたまま、折れた木剣と共に弾き飛ばされた。次にバスケットボールくらいの火球が結界に触れると、バランスボールくらいの大きさに巨大化して、グリの方に向かって行った。
『ソータ! 火属性同士の相乗効果で火球が巨大化しているわ!』
青龍が慌てて声を張り上げる。グリは自分が撃った火球が反撃して来るなど想像外だったようで、恐怖の表情を浮かべて両腕で顔を覆った。火球がグリに直撃する寸前に、俺は急いで水魔法を使った。
「水よっ!!」
滝をイメージしたが焦っていたので、滝は滝でもナイアガラの滝をイメージしてしまった。広場全体に水が落ちて来て、人が立っていられなくなって流されそうになった。急いで水魔法を止めたが、皆がずぶ濡れになる。火球の直撃を受けたグリを探すと、広場の隅に流されていたので駆け寄った。
「腕が火傷しちゃったね……。回復」
「回復魔法か!」
グリの腕が泡に包まれて火傷が直った。髪の毛がパーマをかけたようにクルクルになってしまったが、それは自業自得なので諦めてもらおう。
次に逆方向へ流されていたグラに近寄って状態を見ると、右腕が上がらないようでプランとしていた。脱臼かなと思っていると父が近づいてきて、グラの右腕を掴むとゴキュと嫌な音を立てて整復してしまった。
「ちょっと痛いと思いますが我慢して下さい」
「……!!」
グラは声にならない悲鳴を上げたので、俺は肩の軟部組織をイメージして回復魔法をかけて上げた。
「それで試験は合格なの?」
「文句なく合格だが、少し時間を頂けないかな」
「クシュンッ!」
俺はグリに手を取られてお願いをされてしまったが、受付のお姉さんの可愛らしい声色のくしゃみが広場に響いたのでお風呂に入りたいと思った。
次回の話は翌日の19時になります。
蒼汰君のモフモフ愛が世界を救う? 前半
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