STORIES 078: 消えゆく灯り
STORIES 078
出張マッサージ
酌婦、コンパニオン出張
命と性ミュージアム
珍宝館
ストリップ銀映
観光スポットや、看板、チラシなどに躍る文字。
現役のものもあるし、もうなくなってしまったものも。
なぜか温泉街では、その手の淫靡な響きの言葉を目にすることが多かった。
ちょっと背徳的な感じが、旅先の夜っぽくていいよね、正直なところ。
まぁ、実際に利用するかどうかはともかく、ね。
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その日、僕は出張でとある温泉街を訪れていた。
仕事を終えて宿にチェックイン。
早々と食事と風呂を済ませてしまうと、1人では特にすることもない。
つまり、旅先の夜を持て余していた。
ふと、さきほど散歩していて見かけた看板のことを思い出し、ネットで検索してみた。
近くにあったストリップ劇場、古びていて侘しいのが、なかなかいい感じの看板だったから。
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誤解のないよう…
僕はそうした風俗的なサービスやお店は、一度も利用したことはない。
いや、ほんとにね。
そういうのって、環境や生活パターンによって、全く無縁で過ごしている人たちのほうが多いと思う。
ちょっとだけよ
アンタも好きねぇ
ドリフのネタしか思い出せないくらい、風俗関係は疎いのだ。
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それで、どんなところか全くわからないので、暇潰しに検索してみた情報によると…
全国的にそういう店は激減している。
その看板の店は比較的最近まで営業していたようだが、コロナ禍の中でとうとう閉店したらしい。
けれど、そこは女性の利用者もいたようで…
楽しそうに体験談を記したブログも見つかった。
今までイメージしてきたような後ろめたい雰囲気がなく、なかなか面白い場所だったらしい。
でももう、昭和の遺物。
過去のエンタテインメント。
ちょっと見てみたかったな。
なんでもフリーにいつでも見られる、インターネット全盛のこの時代に、アナログでレトロな感じを、ね。
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翌朝、大広間に3組しかいない朝食の席。
1人で食べ始めた僕に、給仕係の女性が話しかけて来て、少し雑談をしていた。
「男湯の湯加減はどうでした?
女湯は少し熱かったみたいだけれど」
源泉掛け流しの大浴場は、割とコンディションが変わりやすいようだ。
「いいお湯でしたよ」
湯加減はともかく…
温泉好きの僕が、ここでは朝風呂を利用しなかった。
正直、やや残念なつくりだったから。
幼少の頃の記憶のなかに迷い込んだかのような、時代遅れの設備。
ノスタルジックな風流も通り越してしまい…
そこにいると、自分までそのまま老いて朽ち果ててしまうのではないかと、そんな気分にすらなる。
割と大きなつくりの旅館、かつては大勢の湯治客が訪れたのであろう。
例えいま…
目に映るものが、すべて色褪せて見えるとしても。
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ご飯のおかわりを断りつつ、近くの石段街のことも訊いてみた。
昨夜少し散歩してみたらいい雰囲気だった。
ただ、早い時間でも開いている店は殆どなく…
それで、週末ならもっと遅くまで賑わっているのかと。
「今は閉めちゃっているお店も多くてね。
昔は身動きできないくらいの賑わいだった
頃もあったんですよ」
このあたりは、殆どが家族経営の宿なのだろう。
従業員をたくさん抱えるなんてもう難しい。
昨夜だって、平日とはいえ、食事付きの客が2〜3組。
「温泉には、もうお客さんが来ないんですよ」
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この街も、そろそろ終わりを迎えるのだろうか。
特に馴染みのある場所ではないのだけれど…
なんだか寂しいね。
チェックアウトを済ませ、お見送りしてもらう。
狭い路地を、車を擦りそうになりながら…
ゆっくりと注意深く走り抜けてゆく。
軒下の椅子に座って通りを眺める老人が目に入る。
なんだか、彼の目はとても遠くを見ている気がした。