噂2
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新暦1926年3月20日
エリとボンロがいなくなってから約3か月たった。孤児院にも娼館にも彼らがいた痕跡は一切残っていなかった。エリがいた部屋にはすでに次の人が働き始めていた。
またボンロのことは私とミリーナ以外には忘れ去られそうになり始めていた。なぜなら、ボンロがいなくなってから孤児院では風邪が流行りはじめたからだ。症状はボンロのときと同じように吐き気と発熱がずっと続く、どんな薬草も効果を示さない。日に日に孤児院にいる子供の数は減っている。その影響で私とミリーナ、ランは孤児院に残らなくてはならなくなった。本来なら明日が、孤児院にいられる最終日なはずである。
「シランさん。変わりますよ。ちょっと休んでいてください。」
「ああ、ありがとう。ミリーナ。」
ミリーナはあの日から一層、人に気を遣うようになった。大変そうな顔を一切見せずにいつも笑っているように見える。
「ミリーナ、大丈夫。無理してない。」
「はい。」
「じゃあ、休むね。」
ミリーナは両手で水の入った桶を持ちながら部屋に入った。
食堂にはランが机に突っ伏して寝ていた。赤色のくせ毛が、頭巾から四方八方に飛び出している。右腕が包帯でぐるぐる巻きになっている。調理中にやけどを負ってしまったらしい。気持ちよさそうに寝ているので、私もつられて眠たくなってきた。ランの隣で頭巾を取って、腕を枕にして眠った。
「あの子を孤児院から卒業させるんです。」
神父様が冷たい言葉で言った。
「あの待ってください。昨日と一昨日、あの子ご飯を食べたんです。だからもう数日たてば元気になるはずです。」
「シランさん。シランさんはこんな我儘をいう人でしたか。」
「いいから。行きますよ。」
ミリーナは私の肩を支え無理に前に進ませようとする。ゆっくりと孤児院をまわり玄関に出るときちょうど神父様が両腕でボンロくんを抱えて馬車に乗せようとしていた。
「ボンロくん。ボンロくん。」
「シランお姉ちゃん。ぼく卒業するんだよ。お姉ちゃんよりもはやく。」
「うっうん。羨ましい。」
違う、違う。羨ましくなんてない。私は一緒にいたい君は特別。他の誰よりも孤児院にいてほしいの。お願い待って。
「ねえ、起きろってリン。おい。」
「え、あ。」
「うなされてたぞ。最近ずっとだな。」
ランが私の頭を豪快に触りながら起こしてくれた。
「うん。ありがとう。交代?」
「そう。でももうあいつら起きてくるよ。」
「え。」
外はすでに明るくなりつつなっていた。ランの顔がはっきり見える。そばかすがついていて、目筋がくっきりしている。腕から肩にかけて筋肉が少しついている。
「ボケって、してないで早く起きろって。」
「うん。」
ゆらゆらと視界が揺れながら、部屋に入る。扉を開けるとむっと暑い。熱を持った人の体温のせいでこの部屋の気温だけ高くなっているようだ。寝込んでいる子供たちを避けながら、窓を開けようとする。しかし、ごみが詰まったりサッシが錆びたりしていて上手くあかない。力を入れて思いっきりこじ開けると、
「バン。」
窓がわくにあたって音が鳴った。
「うーん。」
「うるさい。」
「ああ。」
「暑い。」
子供たちを起こしてしまった。
「ごめん。みんな。まだ寝てていいから。」
ささやきながら、次の窓を開けた。窓を開けると涼しい風が、入ってくる。
「涼しい。」
「ありがとう。おねえちゃん。」
「うん。いいよ。まだ寝てな。」
一人の子供の顔を少し触ってみる。
「冷たいよ。おねえちゃん。」
熱い。タオルも乾いている。
「ごめんな。ちょっとタオル交換するから。」
「うん。」
子供たちの熱と病をこそぎ落とすように、桶の中でタオルをこする。そして、病に対するいら立ちを消すように、ぎゅっと絞る。
「ちょっと、冷たいよ。」
「冷たい。」
「うん。良かった。」
「これで治るかな。」
「う、。ほら、早く寝な。大丈夫だよ。」
次の子、次の子と同じことを続けていく。全員終わるころには桶の水が半分になり外は一層明るくなっていた。
桶の水を交換しようと、部屋を出た。桶の水がこぼれないように食堂の前を通ると、ランがいないことに気が付いた。ミリーナは部屋に一番近い机で寝ている。調理場に行っているのだろうと思い外に出た。
井戸には人がまばらに集まっていた。井戸に近づくと、人がさっと引いていく。
「ねえ、この子ってあの孤児院の。」
「そうよ。病気が蔓延してるって。」
「嫌ね。共同の井戸を使われるのは。」
「水が汚れちゃうんじゃないの。」
「そうそう。」
聞こえないふりをしてロープを引く。
「図々しい子ね。」
「孤児のくせに。」
水を桶に注ぐ。桶の淵から水がはじき飛んでいる。
「いやあ、濡れない方がいいわよ。」
「もう汚染されてるから。」
気にすることなく注ぎ終えて、桶を持ち上げる。桶は水のせいでとても重くなっているが、持ち上げられないほどではない。しかし、あえて無理をして持ち上げているふりをして、桶の水を周りの人にかかるようにこぼす。
「きゃー。」
「かかったわ。」
「わざとよ。この女。」
「すみません。直ぐにお拭きいたします。」
膝を地面につけながら、ハンカチで拭こうとする。
「ちょっとやめてよ。触れないで。」
手をけられた。
「申し訳ございません。」
そういって、頭を地面につける。おでこと髪の毛が水で濡れる。
「ちょっとあなた。」
「やめなさいよ。」
「もういいわよ。」
さすがに、孤児院の孤児が頭を下げている様子をほかの人には見られたくないらしい。
「すみませんでした。」
ぱっと立って、桶を普通に持つ。歪んだ表情の人を横目に見ながら、少し胸を張って孤児院に帰る。
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