娼館22
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ミリーナと別れてまた走って娼館に戻った。南通りは下を向いて、目をつぶって必死に走って通り抜けた。娼館に戻っても特に何もなかった。通り過ぎる際に誰ともすれ違っていない上に、そもそも担当してる階数がそれぞれ違うので一人ぐらいいなくなっても気づかない。
しかし私の中では当然違って見えて、奥の部屋の蠟燭が異様に暗くなっていた。暗がりを避けて掃除を黙々と終わらせていった。掃除中、娼婦や従業員があの娼婦について話をしているのを聞いた。客から病気をもらっただとか、あの子には近づかない方がいいだとか大抵は根も葉もないしょうもない噂話だった。
けれど唯一気になる話が合った。それは、あの娼婦に会いに毎日同じ男が出入りをしていたという話だ。おそらくブルーのスーツを着た男だろう。そういえば、娼婦は石をこの男から貰ったと言っていた気がする。あの男に会えばもう一度石をもらえるかもしれない。けれど、そもそもあの石は安全なものなのか。男の子はあの石を飲むことで容態が改善した。しかし男の子は寝込む前にあの石を宝物として持っていた。あの石は薬なのか毒なのか今の段階では分からない。
しかも、本当にスーツの男は見知らぬ孤児を助けるためだけに石を持ってきたのか。いや、孤児を助けるために石を持ってきたわけがない。なぜなら私が娼婦に男の子が寝込んだことを話した次の日には、娼婦は石を持っていた。たとえ男が娼婦から話を聞いてすぐに持ってきたとしても、ものを浮かすことができる異質な石を渡すはずがない。男は娼婦のために石を持ってきたんだ。それじゃあ、何のために。娼婦の体を治すためにちがいない。だったら、あの娼婦は私のために石を譲ってくれたのか。今娼婦が寝込んでいるのは私のせいなのか。
とにかく、あの男に会ってみないと分からない。そして石のことについてより詳しく聞かないといけない。私が今まで考えていた浮遊力の謎は全くの無意味だった。本当の謎は現象ではなく原因だったんだ。
こんなことを考えながら掃除をしているともう朝日が煌々と照りつけていた。孤児院に戻るといつもと同じで騒がしい声が聞こえた。けれどいつもとは違う種類の声が聞こえてきた。ミリーナの叫び声だった。私は急いで孤児院に入った。
「シランさん。」
孤児院に入るとミリーナをランと他数人が抑えている。他の子供たちはあちらこちらで泣いていて、私を見ている。
「どうしたの。」
「シランさん。いいところに来ました。早くあの子に会ってください。これでいいでしょ。ミリーナさん。」
神父様が冷たい声でそういった。
「ちょっと待ってください。どういうことか説明してください。」
「あの子を孤児院から卒業させるんです。」
孤児院から“卒業”これは普通、孤児が里親のもとにいくときに使う言葉だ。けれど今、神父様は“卒業させる”と言った。つまりあの子を追い出すという意味だ。
「あの待ってください。昨日と一昨日、あの子ご飯を食べたんです。だからもう数日たてば元気になるはずです。」
「シランさん。シランさんはこんな我儘をいう人でしたか。」
我儘。私があの子を大切にする気持ちは我儘なのか。私は自分の我儘のためにあの子を思っているだけなのか。ミリーナの周りで泣いている子供たちは大切ではないのか。
「我儘じゃないです。愛情です。」
ミリーナがまた泣きながら言った。
「愛情ですか。それは違います。区別です。差別といってもいいでしょう。シランさんはあの子をほかの子と区別し、他の子を差別してるに他なりません。愛情は皆に等しく平等に与えるべきものです。あなたがた二人があの子を贔屓することで、ほかの子が迷惑を受けているんです。これを愛情と呼べますか。」
たしかに、いくら戦時中よりは豊かになったからといっても孤児をみんな毎日食べさせるのはやっとだ。それに孤児院の特に年少者の流動性が高い今だからこそできている。だからこそ働けもしない、もらえもされない孤児はおいておけない。私だって今まではそう考えて対処してきたはずだ。私は本当にあの子以外の子を差別していたのかもしれない。
「シランさん。卒業前にあの子に会ってきなさい。そのためにミリーナさんはこんなにも抵抗しているんですから。」
「え、そうなの。ミリーナ。」
ミリーナから涙がさらにあふれ、力が抜けていっている。
「わかりました。行ってきます。」
他の子供たちが見ている中をかき分けてミリーナの横を通って男の子のもとへむかった。ドアがこんなにも傷があって、しみがついていることに今初めて気がついた。
「コン、コン、コン。」
男の子の足が見えた。ベッドについている。
「おはよう。起きてる。起きてないよね。」
男の子は前よりも顔色はだいぶ良くなってきている。けれど体は細くなっており完全に回復するにはまだまだ時間が必要だ。やっぱり切り捨てるしかないかもしれない。
「お姉ちゃん。帰ってたの。」
「うん。ただいま。体調はどう。」
「うん。いい。」
「そっか。良かった。ところでさ、。」
「お姉ちゃん。僕、シランお姉ちゃんがすきだよ。」
「え。なんで。なんで。私のことがそんなに好きなの。」
「えー。シランお姉ちゃんは優しいし、可愛いしお嫁さんなんだ。」
「お嫁さん?」
「うん。ぼく大人になったらシランお姉ちゃんと結婚するの。」
「私と。結婚してくれるの。」
「うん。大好き。」
男の子は口角を目一杯持ち上げて笑った。この子の屈託のないこの笑顔を見てさっきまでの考えが吹き飛んだきがした。この子は理由とかを抜きにして私のことが好きなんだ。
「シランお姉ちゃん大好き。」
「う、うん。うん。」
「お姉ちゃんも好きっていって。」
お姉ちゃんも、、、、がすき。あれこの子の名前なんだっけ。この男の子の名前。いや、度忘れしてるだけだ。冷静になれば思い出せる。しばらく考えてみたけど全く思い出せない。というよりもともとこの子の名前を憶えていないのかもしれない。どうして。どうして。この子の名前を憶えていないの。今まで名前を言わずに会話してたの私。この子のことは大切にしていたはず、おねしょしたときもそのあと泣きべそをかいてたことも憶えてる。一緒に遊んだことも。でも名前だけは分からない。どうして。
「お姉ちゃん。大丈夫?」
手が勝手に震えてくる、足も。止まらない。涙もどんどんあふれてくる。この子は私をこんなに愛してくれてるのに、私はこの子の名前が分からない。この子と過ごした記憶は本当に、この子と思い出なの。他の子と勘違いしてないの。そもそも他の子供たちの名前ってなに。分からない。分からない。
「ねえ、あなた。あなた。だれ。私、あなたと遊んだよね。あなたをあなたとして考えてるよね。」
頭がかゆい。首も。ひじも。体中に痒さが伝播してくるみたい。吐き気もしてくる。
「シランお姉ちゃん。シラン。」
男の子が今まで聞いたことないぐらいの大声で叫んだ。
「シランお姉ちゃん。ぼくはシランお姉ちゃんが好きなんだよ。シランお姉ちゃんが遊んでくれて嬉しかったんだよ。シランお姉ちゃんだから嬉しかったんだよ。」
「わたし。わたし。」
「シランお姉ちゃんはシランお姉ちゃんだよ。ぼくの大好きなシランお姉ちゃんだよ。」
「あなたは。」
「僕は、、。」
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