娼館19
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一方で男の子は、今まで寝たきりだったとは思えないほど活発にベッドではねている。けれど男の子の顔はひどく青白く、頬骨と顎の骨がはっている。こんな人間が自分自身の体を支えられるはずがないと思ってしまった。
「ねえ、あのさ。体どこか変じゃない。」
「ううん。全然。軽いよ。」
「そっか。」
すると、ミリーナが突然部屋に入ってきた。
「あの、シランさん、、、。」
なにか言いかけて男の子をはぐした。両腕を男の子の胴体にまきつけて顔を胸にうずめている。そしてミリーナは腕を巻き付けたまま男の子を持ち上げようとした。しかし、次の瞬間には男の頭は逆さになって私の足を見ていた。
「え、どういうこと。」
ミリーナはブリッジの態勢になりながら男の子を抱えていた。
「お姉ちゃん。」
男の子も困惑している。
「シランさん助けてください。」
何が何だか分からないまま、ミリーナの腰を持ち上げて元の態勢に戻した。
「どうしたの。」
「分かりません。ただ持ち上げようとしたら。」
ミリーナは両腕を男の子からはなした。私はミリーナに変わるように両腕を男の子の体にまわした。そして、ゆっくり持ち上げてみた。腰が抜けそうになった。男の子は異様に軽かった。というよりも軽さがないみたいだった。
「お姉ちゃんなに、どうしたの。」
「いや、。」
何も言うことができなかった。男の子を慎重に下ろすと驚くべきことを発見した。男の子をベッドにのせてもシーツが一切皺をよせなかった。つまり、男の子の重さでベッドがへこまなかった。まるで浮いているようだった。男の子の足の下を見てみると、やはり浮いていた。
「ミリーナ。」
「シランさん。とにかく今日は黙っていましょう。」
私たちにはそうすることしかできなかった。安全かどうか分からない石をこの子に飲ませてしまったという感情が残っていたからだ。
この日は、男の子が元気になったことはほかの人には教えることはなかった。幸か不幸か、男の子は朝食を食べたあとすぐに寝てしまい私が娼館に行くときまで起きることはなった。男の子の寝顔はまた今日以前までのように死にそうな顔をしていた。しかし呼吸は落ち着いていて穏やかそうにも見えた。
男の子のことはまたランやミリーナにまかせて娼館に向かうことにした。何はともあれ、あの娼婦のおかげで一時的であっても男の子は元気になり、ご飯も食べてくれた。男の子がもう一日持つことができる。それだけも奇跡だと思った。
私は掃除用具を素早く手に取って、足早に娼婦のもとへむかった。娼婦の扉の前に立つと昨日までとは違い勢いよく、扉を開けた。
「こんばんは。」
と挨拶しているころにはすでに娼婦の足を触っていた。
「ああこんばんは。シラン。」
「あの、男の子、元気になりました。」
「うん。いいよ。」
「今日、どうしましたか。元気なさそうですよ。」
「いやそんなことないよ。」
いつもと態度が逆になっている気がした。
「リンさんとのことですか。」
「うん。」
「まだリンさんと仲直りしてないんですね。」
「うん。」
娼婦は私の質問に淡々と答えていた。
「あの、急に失礼ですけど、なんで足を触られるのが嫌なんですか。」
「本当に急だね。」
「はい、すみません。」
「私にとって足は、シランにとっての男の子みたいなもんなんだよ。」
「あの、、。」
「いやいいよ意味なんて分からなくても。」
「じゃあ、リンさんはどういう関係なんですか。」
「だから前言ったでしょ。お母さんみたいなもの。」
“みたいなもの”という言いかたが気になった。
「そうなんですね。」
「うん。」
娼婦が少しだけ不機嫌になった気がしたがさらに質問することにした。
「あのもっと深いこと質問してもいいですか。男の子を助けてくれたお礼がしたくて。」
「お礼か。私のパーソナリティを聞くことがお礼になるの。」
娼婦の顔はいまいちよく見えなかったけれど、声は今まで一番冷たかった。
「あの、ごめんなさい。」
「いや、いいよ。」
娼婦は沈黙していた。娼婦の足は全く動くことはなく、掃除を始めることすらできなかった。しばらくたって、娼婦は話し始めた。
「私ね。物心ついたころから、ふくらはぎから上の感覚がないの。」
「え。」
「驚いたよね。このことリンとシランにしか教えてないよ。」
「あの、感覚がないってどういうことですか。」
「そのままの意味だよ。温度も圧力も痛さだって感じないんだ。」
「え。」
「ほら、つねってみてよ。」
娼婦が私の右手をつかみ、自分の左腕にのせた。私は中指で娼婦の肘から手首までをなでた。
「なにしてんの。」
「いや、くすぐったくないですか。」
「うん。まったくね。いいから、つねってみて強くね。」
中指を左手首にあてたまま、親指と中指で娼婦の皮をつまんだ。最初は軽くつまみ、だんだんと力をかけていく。右手が震えるまで力を加えても娼婦の腕は少しも強張っていない。それに、痛そうな声も聞こえてない。
「ほらね。痛くないんだよ。」
「大丈夫ですか。」
「うん。体的には平気じゃないだろうけどね。」
「あの普段はどうしてるんですか。」
「どうもないよ。別に感覚がないだけで動かすことはできるしね。でも、たまに気づかないうちに怪我してることはある。」
右手の力は気がつくと抜けていて、中指でつねった場所をなでていた。
「でも、この仕事には便利なんだよ。きもい男どもに舐められても、触られても何も感じないからね。」
「あの、生理とかはどうなんですか。」
「これが妙でね、普通に痛いし不快なんだよ。この感覚が一番いらないんだけど。あのね私は感覚がない部分は穢れた部分だと思ってるの。何に穢れたかは分からないけどね。でも、どうせ私の親の穢れなんだろうけどね。」
「親のこと知ってるんですか。」
「いや、まったく。予想というか直観というか。」
「不思議ですね。」
「うんそうだね。でも、嬉しいことにふくらはぎだけは無事だった。きれいだったんだ。」
「だから、私にとっての男の子だって。」
「うん。私にとって足は、穢れをなにもしらない私の純粋な部分の結晶なんだよ。」
だから、足をお客に触られたくなかったんだろう。“穢れ“に慣れつつ”穢れ“を恐れていたんだ。
「それじゃあ、なんで私に触らせたんですか。」
「触らせた。違うよ。最初に触ったのはシランでしょ。」
「そうでした。」
「そうだよ。あのとき感じたんだ。この子は純粋だって。」
「純粋ですか。」
「うん。当たってるでしょ。」
「いや。」
「当たってるよ。だって、私が唯一感じる感覚なんだから。」
「そうですか。」
「そうだよ。」
娼婦がこの日はじめて足を動かした。
「いろいろ教えていただいてありがとうございます。」
「うん。シランに話せて逆に良かったよ。」
「そうですか。よかったです。あと、リンさんのことなんですけど。」
「今日はいろいろと話すんだね。」
「はい。ダメですか。」
「いや、いいよ。今日はそんな日なんだね。」
「リンさんは怒ってないんじゃないですか。」
「怒ってるよ。リンが私に怒ってるところを聞いたし見たでしょ。」
「はい。でも、リンさんが本気で怒ってるならすぐに辞めさせられますよ。」
「たしかに。」
「だから、怒っているというか注意しただけなんじゃないですか。リンさんとこの前話したときもそんなに怒っていなさそうでしたし。」
「そうなんだね。でも、気まずいのは良くないよ。」
「なんでですか。別にしっかり仕事してれば大丈夫ですよ。」
「違うよ。だめだよ。」
「え。」
「いや、でもシランのおかげで気が楽になったよ。ありがとね。」
「はい。」
「で、今日の質問は以上かな。」
「はい。いろいろすみません。」
「いいよ。男の子によろしくね。」
「はい。伝えときます。」
「うん。機会があったらあってみたいな。」
「はい。機会があれば。」
そんな機会がないことはお互い分かっていたが、二人して笑いあった。
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