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イシュラル視点 わたくしのお嬢様

時間軸は本編開始前から序章の勉強と準備まで。

イシュラルが十歳の頃からのお話。ディアナのトカルになるまで。


 私はイシュラル。アルタカシークの王都で古くから食料品店を経営する商家の娘に生まれました。

 今ではかなり大店になったうちも、十年前までは生きるか死ぬかの瀬戸際にいました。城壁を越えてくる砂、育たない作物、不足する水、そして交易が途絶えて寂れゆく街……あのころの王都は平民のみならず、貴族でさえ生活が困窮していたと聞きます。

 それを救ってくださったのはもちろん現王アルスラン様です。当時子どもだった私が黄金に輝く光を全身に受けた時の衝撃は、とても言葉では言い表せません。一緒にいた弟や妹たちはポカンとしていましたが、私は溢れてくる涙を抑えることができませんでした。

 

 奇跡だ……。

 

 その光の効果がまだわからぬうちに、自然とその言葉が浮かぶくらい、神秘的な光でした。黄光の奇跡の日は王都にいた全ての人が空を見上げ、心を震わせたのです。

 それからアルタカシークがみるみるうちに蘇っていく間に、私は家の手伝いをしながら一つの決心をしました。

 

「お父さん、お母さん、私……アルスラン様にお返しがしたいのです。どうすればいいですか?」

「お返し?」

「アルスラン様のお力で街が救われてから二年……うちの商売もどんどん良くなってきて、生活していくには困らなくなったでしょう? だから私、家を出て働きたいんです。できれば、アルスラン様をほんの少しでもお支えできる職業に」

 

 それは、平民が持つにはおこがましい夢でした。奇跡の王であるアルスラン様の力になりたい、などと、なんの力もない平民の小娘が言うのです。予想通り両親は呆れ返りました。

 

「そんなこと、お前にできるわけがない」

「そうよ、イシュラル。私たちにできることはアルスラン様が救ってくださったこの街を、前よりも活気づかせることよ」

「そうだぞ。そういう意味ならお前がこの家の手伝いをすることだって、回り回ればアルスラン様のためになるんだ」

「そうですけど……」

 

 両親のもっともな意見を聞いて、私は膝の上で握りしめた手に視線を落とします。

 

「アルスラン様は……私と年齢も変わらない、お若い王なのでしょう? その方が国を救うためにあのような奇跡を見せてくださったんです。もちろんうちの家の手伝いをして店を発展させることが、国のため、王のためになるというのもわかります。でも私……もっと近いところでお支えしたいのです」

「イシュラル、平民の我々がそのようなことを望んではいけない。厚かましいにも程がある」

「でもお父さん……」

 

 険しい顔をする父の隣で、母がなにか思いついたような顔をしてこちらを見ました。

 

「生活は苦しかったけれど、貴女には昔から一通りの礼儀作法は教えてきました。平民にしては行儀の良い娘に育ったと思います。周りのことにもよく気がつくし、店の手伝いも卒なくこなせる。……そんな貴女にできる仕事が、一つだけあるわ」

 

 その言葉に私はパッと顔を上げます。

 

「本当に? お母さん」

「おい、どういうことだ? そんな職業があったか?」

 

 父の問いに母は少し神妙な顔になって頷きました。

 

「貴族様の使用人ですよ、あなた。偉大なるアルスラン様を近くでお支えしているのは貴族、その中でも一番力のある高位貴族でしょう。イシュラルは料理人より身の回りの世話をする方が向いているから、使用人なら可能性があるんじゃないかしら」

「おいおい、ちょっと待て、イシュラルを使用人ギルドに入れようっていうのか? しかも高位貴族の使用人といえばかなりの難関だぞ。金もかかるし」

「確かにうちが入っている商業ギルドとは勝手が違うから、イシュラルには厳しいかもしれないけど、今王都には人が戻ってきているし、新しい人材をどこも必要としているわ。全く縁のないうちから使用人ギルドに入ることも不可能じゃないでしょう?」

「それはそうだが……」

 

 父はそう言って私をチラリと見ます。その目に戸惑いと、心配の色が浮かんでいるのを見て、その道が私にとってかなり難しいものであることがわかります。

 

「お父さん、私その話、詳しく聞きたいです」

「……貴族様の使用人になるにはそれなりの年数訓練を積まなければならないと聞いている。特に高位貴族の使用人の育成は難関で金もかかるため、平民の中でも受けられる人が少ない」

「お金……うちでは難しいですか」

「いや、まあ……うちもそれなりに大きくなってきているから、できないことはないだろう。ただ、訓練所に入るためにうちを出ることになる。使用人見習いとして何年も厳しい修行をしなければならないんだ。お前にそれができるか?」

「……」

 

 平民の社会では十歳ほどになったら、どこかの見習いとして働くのが普通です。しかし家を出て訓練所で暮らすというのは、あまり多くありません。見習いの間は家から通う子どもが大半です。

 

 この歳で家から離れるのは寂しい……でも。

 

「私、その訓練所に行きたいです。貴族様の使用人になって、アルスラン様をお支えしている方の使用人として働きたい」

「イシュラル……」

「私は賛成だわ。イシュラルはうちの跡取りにはなれないし、結婚相手を探すのもまだもう少し後でいいと思っていたから」

 

 母がそう言って頷きます。発展を始めたばかりの王都では新しい商売が次々と立ち上がり、商人も職人も数を増やしています。その中でどの家が伸び、どの家が駄目になっていくのかはまだ見えません。周りが慌ただしく動いている最中に私の結婚相手を決めるのは得策ではない、と両親は考えているのです。

 

「はぁ……まあ確かに、今のうちに新たな職業先を開拓するのは弟妹たちのためにもなると思うが……今のところ情報が少なすぎる。イシュラル、もう少し待ってくれ」

「はい、わかりました」

 

 そうして父はその日から知り合いの人や商業ギルドで話を聞き、情報を集めました。そこで分かったことは、私たちが住む北西街の貴族街には、アルスラン様の側近である高位貴族が住んでいる、ということ。そしてそのアリム家は高位貴族の中でも審査が厳しく、使用人になれる人は本当に限られている、ということでした。

 

「アルスラン様の側近のお方の使用人……」

 

 それは、まさに私が望む場所でした。

 

 審査が厳しくて合格できないかもしれない、それ以前に新しい使用人を募集していないかもしれない。

 それでも……挑戦したい。

 

 私の決心を聞いた両親は、そこまで言うのならと使用人の訓練所に入ることを許してくれました。

 そこからは怒涛の日々でした。

 元々商売をしていたうちとは畑違いの仕事で、しかも使用人の中でもランクが一番高い『高位貴族専用トカル』の訓練チームです。礼儀作法、言葉遣い、貴族の常識、衣服や料理のランク、教養……それらを叩き込まれ、叱責される日々が続きました。

 あまりの厳しさに、同じような時期に入った子たちは耐えられず辞めていきましたが、私は自分の夢を叶えることだけを考えて突き進みました。

 

「イシュラルの強みは、その粘りね」

 

 自分に才能などないことは入ってすぐにわかりましたが、どうやら根性だけはあったようです。指導教官からそう言われ、四年で訓練所を卒業した私は、なんとか高位貴族専用トカルとして働けることになりました。

 そこからいくつかの高位貴族のお屋敷でトカルとして経験を重ね、もうすぐ二十歳になろうとしていたころ、待ちに待った知らせが来ました。

 

「イシュラル、アリム家が新しい使用人を募集しているわ」

 

 使用人ギルドの上司からそう言われ、私は目を見開きます。

 

「本当、ですか?」

「ええ。とても急なのだけど、新しい使用人、しかも若いトカルも募集しているらしいの。もちろん受けるわよね?」

「はい! 受けさせてください!」

 

 私が訓練所のころからアリム家に仕えることが目標だと言っていたことを知っている上司は、私の返事にニコリと笑い、手元の書類にサインをしました。

 

「貴女の推薦状よ。これを持って力を試してきなさい」

「ありがとうございます!」

「貴女は真面目なのが長所なのだけど、あまり張り詰めていても良くないわ。主を疲れさせてしまうもの。もう少し余裕を持った態度で挑みなさい」

 

 そうして私はその推薦状を持ってアリム家の面接へ向かいました。

 上司にはああ言われましたが、余裕を持つなんて無理です。

 

 ここに来るまでにずっと頑張ってきたんだもの……力を抜くなんて無理!

 

 燃える私は、春から夏に移りゆく日差しを背に浴びながら、面接に向かう馬車に飛び乗りました。

 アリム家での面接は、驚きの連続でした。

 まずそこで働く筆頭トカル、筆頭トレルの面接があり、それに合格したらすぐに使用人棟から本館へ。一階にある使用人が働くスペースで実技を試されるのかと思ったら、なぜかそのまま私たちは二階へと連れて行かれます。

 

 いきなり貴族様の生活空間へ行くのですか⁉

 

 まだ雇われてもいない人間がいきなりそこへ行くことは今までありませんでした。使用人仲間から以前聞いた「アリム家は他の貴族様とは違い、かなり変わっている」という噂は本当のようです。

 

 ご当主が先代王の側近で、元王宮騎士団長を務めていた方なのですよね……確かに、館の中の空気がピリッと緊張しているようだわ。

 

 その空気に飲まれないように、お腹の奥に力を込めて私は他の志望者とともに廊下を歩いていきました。

 辿り着いたのは、どうやら談話室の前のようです。

 

「ここからは個別に面接を行います。中にはこの家のご当主のご夫人であるターナ様がいらっしゃいますので、失礼のないように」

 

 その筆頭トカルの言葉に私たちは息を呑みます。

 

 今、ご当主の夫人と言いましたか? いきなり私たちの最大の雇い主とここで会うのですか⁉

 

 形式上はこの家の当主に雇われる形になりますが、女である私の直接的な主はその家の夫人です。普通は私たちのような新参者のトカルに夫人が会うことはありません。筆頭トカルの元で数ヶ月働いたのち、初めてお目通りすることが当たり前でした。

 そんな私たちの動揺を察して、筆頭トカルがニコリと微笑みます。

 

「アリム家では雇用する使用人は全てご当主夫妻が直接面接するのですよ。少しでも変な人間が紛れ込まないように、目を光らせていらっしゃるのです。まずはターナ様が審査し、そこで合格したものだけがカラバッリ様の審査へ進みます」

 

 まさか当主夫妻自ら審査をするなんて、聞いていません。しかも二段階あるなんて。

 

「ふふ、そのように緊張しなくても大丈夫ですよ。ありのままをお見せすることです。どうせ取り繕ってもすぐにバレてしまいますから」

 

 筆頭トカルはそう言って優雅に微笑み、一番目の志望者を連れて談話室の中へ入っていきました。

 残された私たちは呆然としたまま、その扉を見つめます。

 

「まあ……厳しいとは聞いていたけれど、このような面接があるなんてね……」

 

 隣に立っていたふくよかな女性が小声でそう話しかけてきます。私よりも十は上の人でしょう。困ったように言うわりには優しげな雰囲気で余裕があるように見えます。

 

 きっと私より経験が豊富なんでしょう……これは、負けられません。

 

 その場の空気に少々圧倒されていた私は、そこで気合を入れ直しました。しかし、その気合いは見事に空回りしたのです。

 ターナ様は今まで会った高位貴族の中でも一番にこやかで、優しくて、恐ろしい方でした。何を聞かれるのかと警戒していた私をいとも簡単に解し、今まで訓練所で学んだトカルとしての上辺を全て剥がされ、気がつけば私は自分の本当の望みを口にしていたのです。

 

 つまり、アルスラン様の奇跡に感動し、王のために働きたいと思ってトカルになったことをベラベラと喋ってしまったのです……! もう駄目です! 完全に不合格です!

 

 私の熱のこもった言葉を聞いていた筆頭トカルの呆れたような笑顔が脳裏に焼きついて離れません。

 

「なぜ……あんなことに……ターナ様は一体何者なのですか……」

 

 そんなことをブツブツと呟きながら、私は失意のままその時働いていた貴族の館へ戻りました。もうこれは完全に終わったとそう思いながら。

 しかし、夢が砕かれたと落ち込んでいた私に、アリム家から次の面接の日時が書かれた手紙が届きました。信じられません。あのような痴態を見せたのに、なぜ合格したのでしょうか。

 

 よくわかりませんが、これが間違いではないのなら、今度こそしっかりと面接をこなして、このチャンスを掴むのです……!

 

 もう自分に怖いものはない、と私はまた気合を入れ直して面接へと向かいました。

 そして再び一刀両断されて帰ってきました。

 

「カラバッリ様……怖すぎます!」

 

 ご当主のカラバッリ様はそれはもう、想像の百倍は怖い方でした。あのような恐ろしい空気を纏う方を私は初めて見ました。平民区域にも荒くれ者や力自慢の兵士などがいますが、そんな人たちとは比べ物になりません。その空色の隻眼に視線を向けられた瞬間、私は一言も喋られなくなったのです。

 

 はい、いいえ、と答えることが精一杯でした……! もう駄目です。今度こそ不合格です!

 

 絶望感に包まれながらアリム家の館から去ろうとすると、そこで筆頭トカルに呼び止められ、信じられないことに合格したことを告げられました。

 

 意味がわかりません!

 

「あの……どうして……なぜ、私が?」

「カラバッリ様が信用できると仰ったからですよ。それ以外に合格する理由はありません。おめでとう、イシュラル」

「……はぁ……」

 

 夢を叶えたい、と息巻いていた気合も、真面目にやってきた経験も剥ぎ取られていた私は、ここ数年で一番気の抜けた返事をしました。こんな夢の叶い方、あるのでしょうか……。

 

 

 

 それから私は急いで働く場所の移動手続きをし、アリム家で先輩トカルたちから指導を受け、そして新しいトカルたちとともに新しい職場へと向かいました。そう、私が働く場所はアリム家の本邸ではなく、別邸の方だったのです。


「私がこの館を取り仕切っています、カリムクです。この館の主であるクィルガー様が、婚約者様と養女になる予定のお嬢様とともに戻っていらっしゃいます。あまり時間はありませんが、主にご満足いただけるようしっかり働いてください」

「かしこまりました」

「貴女がイシュラルですね?」

「はい」

「ターナ様からの指名で、お嬢様の筆頭トカルを貴女に任せます」

「え! 私がですか?」

「ええ、貴女は若いですがいい働きをしますし、お嬢様と歳が近い方がいいだろうとのことです」

「……! ありがとうございます。精一杯務めます」

 

 その言葉に喜びよりも緊張が走ります。経験の豊富なトカルたちを差し置いて、自分が筆頭トカルになるとは思ってもいませんでした。しかも、主についての情報を私は何一つ知りません。

 

「あの、お嬢様は一体どのようなお方なのでしょう? 部屋を整えるにもお好みとか……」

「まだなにも情報がないのですよ。部屋の内装は後からでも変えられるので、とりあえず無難なもので整えてください」

「せ、せめてお年くらいは……」

「わかりません。主からの手紙に具体的なことは書かれていませんでしたから」

 

 カリムクは仕方なさそうにため息をついて「全くクィルガー様は相変わらず説明が少ないのですから」と首を振りました。

 それから私たちは急いで受け入れの準備を整えます。あまりの忙しさに、筆頭トカルになった緊張はどこかへ飛んでいってしまいました。

 

 とにかく、真面目に、今までやってきたことを完璧にやり遂げれば大丈夫。

 

 そう言い聞かせて毎日働いているうちに、あっという間にその日がやってきました。カリムクから連絡があり、玄関ホールへと集まった私たちは緊張した面持ちで跪きます。

 いよいよ、私の主との対面です。主の名前は今さっき知らされました。

 

 やっとここまで来た……ここから私の新しい生活が、夢の叶える日々が始まるのです……!

 

 期待と不安と緊張が体を駆け巡りますが、それを表情に出さないようにして待っていると、正面玄関の扉が開きました。出迎えに行っていたカリムクと数人のトレルたちが入ってきて、その後に騎士特有のブーツの音と、大人の女性の足音、そして軽やかな子どもの靴音が聞こえます。

 

「ここが俺の家だ。カリムク、ヴァレーリアとディアナのトカルは?」

「こちらに。ティンカ、イシュラル、ご挨拶を」

 

 カリムクに言われ、私とティンカは跪いたまま少し前へ進み、恭順の礼を深めます。

 

「ヴァレーリア様の筆頭トカルのティンカと申します」

「ディアナ様の筆頭トカルのイシュラルと申します」

 

 私たちがそう挨拶をすると、凛とした女性の声が響きました。

 

「顔を上げてちょうだい。これからここで世話になるわ。よろしくね、ティンカ。イシュラルもディアナをよろしく」

「はい」

 

 そう答えながら顔を上げた私は、目の前にいる美しい女性と、その後ろからひょこっと顔を覗かせた少女を見て、固まりました。

 

 まあ……なんて可愛らしい方なのでしょう!

 

 透けるような金色の髪に、大きな青い瞳。十歳くらいに見える顔にはあどけなさが漂い、あまりの可憐さに私は息をするのも忘れてしまいました。このように美しいお嬢様に会うのは初めてです。

 その少女はコテっと首を傾げると、ヴァレーリア様を見上げて口を開きました。

 

「ええと、私の筆頭トカルというのはその……身の回りのお世話をしてくれる方ということですか?」

「そうよ。女性の使用人はトカル、男性の使用人はトレルというの。ああ、そういうのもこれから教えていかないとね」

「なんだかいきなりお嬢様になっちゃって落ち着きませんね」

「ふふ、これから慣れるしかないわね。私も高位貴族としての教育を受けなくちゃいけないわ」

「俺は自室に戻って旅の片付けに入るから、ヴァレーリアとディアナも自分の部屋で寛いでくれ。ああ、館の案内が欲しければカリムクにさせるから」

「わかったわ。それじゃ、行きましょうか。ディアナ」

「はい。これだけ大きいと部屋に行くまでも長いですね。まさかクィルガーの家もこんなに大きいなんて……」

 

 そんなことを言いながらお二人が動き出そうとしたところで、隣のティンカに肘を突かれました。

 

「イシュラル、私たちが先導するのよ」

「あ、はい」

 

 お嬢様に見惚れている場合ではありませんでした。

 私は内心の焦りを悟られないようにスッと立ち上がり、ヴァレーリア様とディアナ様を女性館へと案内し始めます。

 しかしその心の中は大いに荒れていました。否、花びらが待っていました。

 

 どうしましょう……まさか私の主がこのように可愛らしい方だなんて。カラバッリ様とターナ様とは大違いです。ああ、なんてこと……! こんな気持ちは初めてです!

 

 まだ出会ったばかりなのに、声を少し聞いただけなのに、胸の高鳴りが止みません。このようなご褒美があっていいのかと戸惑っているうちにディアナ様の自室に着き、私はその中を案内します。

 

「わぁ……こんな広い部屋が私の部屋なんですか? すごい」

「ディアナ様、部屋はお隣にもございます。こちらが寝室です」

「え! 嘘ぉ、うわ、すごい豪華なベッド。天蓋までついてる!」

「二階にはお風呂もございますので」

「うへぇ……金持ち半端ない。クィルガーって本当に偉い人だったんだ」

 

 その反応ひとつひとつが率直すぎて驚きますが、可愛すぎてなにも気になりません。一通り部屋の案内を終えると、最後にディアナ様付きとなった他のトカルたちを紹介します。

 

「あの、一気に名前を覚えるのは無理だと思うので、その都度聞いてもいいですか? あ、お姉さんは覚えました。イシュラル、であってますよね?」

「まあ、ディアナ様。私たちに敬語は必要ありませんよ」

「うーん、わかってるんですけど、そういうのあまり慣れてなくて……これからたくさんご迷惑をかけると思いますが、貴族の常識とか教えて貰えると助かります」

 

 そう言って申し訳ない顔でペコリと頭を下げ「あ、ここではこういう礼はしないか」と首を傾げたディアナ様は、姿勢を直して私を見上げました。

 

「まあ、その……とにかくよろしくお願いします」

 

 そう言うディアナ様の満面の笑みを真正面から受け止めて、私は思わず胸を押さえます。

 

「う……」

「ん?」

「かしこまりました。わたくしの……お嬢様」

「へ?」

「わたくしの主……」

「イシュラル? 大丈夫?」

 

 その日、その瞬間、私は今までの苦労が泡となって消えたのを感じました。

 自分の頑張りが全て報われた気持ちになったのです。

 こうして、私の夢の日々が始まりました。

 

 

 

 

イシュラルがディアナと出会うまでのお話でした。

本人は不思議に思っていますが、カラバッリとターナは

どれだけ信用できる人間か、アルスラン様に忠誠を誓っているか

というところを見ているので、イシュラルは問題なく合格です。

そして真面目なイシュラルはディアナの可愛さに速攻でノックアウト。

今後は彼女が生きがいになっていきます。

サモルとの話はまた次の機会に。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です イシュラルは前から可愛いなーと思っていたのですが、これを読んでますます好きになってしまいました。 一生懸命でまっすぐで、こういう気持ちでいてくれたんですね。 サモルと夫…
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