ディアナ視点 バイヌスとレネーアの結婚式
時間軸は六年生エピローグ後。番外編11の話のあと。
結婚式シーズンのお話です。
「……なんというか、こんな対照的な花嫁と花婿っているんだね」
五の月の初旬、爽やかな春の風が吹き抜けるよく晴れた日、とある高位貴族の家で結婚式が行われた。アリム家の代表としてカラバッリとターナとともに呼ばれた私は、大広間の一番前に並んで座る二人を見て苦笑する。
そこには、いつも通りの黒いオーラを放つバイヌス先生と、いつも以上に幸せオーラを放つレネーア先生がいた。私の呟きを聞いたルザがくすりと笑う。
「先生方は、ブレませんね」
「ブレなさすぎじゃない? 特にバイヌス先生……こんな日でも変わらないってある意味すごいよ」
家族以外の結婚式に来たのは初めてだが、それでもこんな対照的な二人がいる結婚式は他にないと思う。
今は花嫁が玄関からやってきて、大広間に移動してこれから染石の儀式をするところだ。司会者の言葉で二人が立ち上がり、前に用意された染石用の水槽が乗った台の前まで進み出る。
正装をしたバイヌス先生は背も高く、中年ではあるが渋みのある顔なので——いや、今は表情まで渋いのだが——なかなか様になっているし、隣に立つレネーア先生は鮮やかな赤色の衣装に身を包んでずっと微笑んでいて、幸運の女神様みたいにキラキラしている。
本当に幸せそう。よかったね、レネーア先生。
染石の儀式も無事に終わり、二人の瞳の色である金色と紫色がマーブル模様に混ざり合った石が箱に入れられ、レネーア先生に贈られる。クィルガーの時のように複数の石ではなく、バイヌス先生は大きめの石を一つずつ用意したようだ。箱の中の石を見て、レネーア先生が嬉しそうにふわりと微笑み、そして一瞬の間のあと、ドバッと涙を噴き出した。
「せっ先生っ」
周りがざわりとなる中、バイヌス先生がレネーア先生に近付いて、自分の袖で彼女の涙を拭い出す。
「……レネーア」
「だ、だって……私、この日をずっと待ってたからぁ……」
「このような場所で……」
「うう……ごめんなざい……が、我慢してたのに。うう……止まらないぃぃ〜」
どうやらさっきからの幸せいっぱいの微笑みは、泣くのを我慢していた顔だったらしい。堪え方が独特である。
こんな公衆の面前、しかも自分の結婚式で号泣するのは貴族としては有り得ないのだが、私はレネーア先生の片想い歴を知っているので、何も言えない。そうこうしているうちに、レネーア先生の使用人たちが慌ててやってきて彼女の顔をスカーフで隠そうと動く。その時、バイヌス先生がスッとレネーア先生の耳元に顔を寄せて、なにかを囁いた。その瞬間、レネーア先生の涙が止まり、そして顔がボフッと赤くなる。
その様子を見てバイヌス先生は自分の席へと戻っていき、レネーア先生も赤い顔のままヨロヨロと席へと戻った。
え、なに? 今の。
不思議なことが起こったが、そのまま宴は始まり、私は顔を捻りながらも目の前に出されたご馳走に意識を移した。
その後、食事が落ち着いたところで私はカラバッリとターナと一緒に席を離れ、前へと向かう。ちょうど人がいなくなったバイヌス先生の席の前にカラバッリが近寄って声をかけた。
「ようやく、其方を祝える時が来たな」
「カラバッリ様、来ていただき、ありがとう存じます」
バイヌス先生はそう言うと、姿勢を正してカラバッリとターナに挨拶をする。
「カラバッリ様がいなければこの家はとっくに無くなっていたでしょう。今こうして式が出来るのもカラバッリ様のお陰です」
「私の力ではない。其方らが長年やってきた研究を、アルスラン様が認めてくださったのが大きい。これからも王の為に励んでくれ」
「はっ。変わらぬ忠誠を誓います」
二人の会話が終わると、ターナが私をスッと前へ出して微笑む。
「さ、ディアナも挨拶を」
「はい。バイヌス先生、レネーア先生、ご結婚おめでとうございます。本日はご招待いただき、とても嬉しいです。レネーア先生、すっっごく綺麗ですね!」
「ディアナ……! うう、ありがとぉ〜! 先生と結婚できたのはディアナのお陰だよぉ」
「せ、先生、これ以上泣いちゃダメですよ」
「だって嬉しくてぇ」
私の顔を見た途端また泣き顔になってしまうレネーア先生に、ターナが「あらあら」と言って笑う。
「レネーア先生、先ほどはちゃんと泣き止んだではないですか。嬉しいのはわかりますけれど、折角のお化粧が取れてしまいますよ」
「は、はいい……頑張ります」
レネーア先生はそう言ってチラリとバイヌス先生を見る。なんとなくその視線に甘さが含まれている気がして、私は小声でレネーア先生に問いかけた。
「先生、私も気になったんですけど、さっきはなんで泣きやめたんですか?」
「へ?」
「バイヌス先生がなんか囁いてから赤くなってましたよね?」
「ほええ⁉ な、なんでそれを?」
「いえ、みんな見てましたし……」
「み、みんな? えええっどうしよう! そんな……は、恥ずかしい!」
「レネーア、落ち着け」
再び顔を赤らめてオロオロとするレネーア先生に、バイヌス先生のドスの効いた声が響く。
「ディアナ、余計なことを言うな」
「だってバイヌス先生がなにをしたのか気になったんですもん」
先生は授業の時のような凶悪な顔になって私を睨むが、全く怖くない。この顔には慣れたし、今日は結婚式だからか先生にもいつもの鋭さがないのである。
私はそれに調子に乗ってレネーア先生に顔を寄せる。
「で、なんて言われたんですか? 先生」
「そ、それはさすがにディアナにだって言えないよ。そんな……『ここで泣き止まないと、夜に……』なんて! むぐう!」
レネーア先生がそう口走った瞬間、バイヌス先生の右手が素早く突き出されてレネーア先生の口を塞ぐ。こんなに素早く動く先生を初めて見た。
「なるほど……夜に、ですか」
「ディアナ」
「はぁい。もうなにも言いません。ふふふ。バイヌス先生、お幸せに。レネーア先生をもう悲しませちゃダメですよ」
「余計なお世話だ」
もう行けとバイヌス先生が顎で合図を送る。ここは学院じゃないんだから、そんな生徒にするみたいな態度はダメだよ、とも思いながら、私はニヤニヤしたまま席に戻った。なんだかんだ言いながら、バイヌス先生はレネーア先生に甘い。いつどこで彼女と結婚をしようとバイヌス先生が決意したのかは知らないが、なんとなく二人にしかわからない愛情表現があるのだと思う。今の二人を見て、そう感じた。
「あの二人は今後もうまくいきそうね」
「そうなんですか? おばあ様」
「ええ。ああいう夫婦はね、意外と夫の方が妻に依存するようになるのよ」
「え……バイヌス先生が、ですか? 逆ではなく?」
「ふふふ、ディアナにはまだわからないかしらね」
ターナはそう言ってくすくすと笑う。あのバイヌス先生がレネーア先生に依存するなんて、想像がつかない。
「先に愛情を向けていた人より、その愛情をずっと受け止めてきた人の方が、その心地良い関係に溺れるものなの。私も、この人なしでは生きられなくなってしまったから」
「ええ〜おばあ様、ここで惚気ですか?」
「そうよ。たまには良いでしょう?」
うふふと笑うターナの向こうで、カラバッリが咽せているのが見えた。全く、この二人といい、うちの両親といい、いつまでもラブラブ過ぎではなかろうか。
「アリム家にはラブラブ夫婦しか生まれないんですかね」
「親を見て育つというのあるのかもしれないわね。ディアナも、そういう方を選ぶのですよ」
「え、私ですか? はあ……まだ全く想像できないですけど」
私がそう答えると、なぜか二人とも動きを止めて私を見た。
「どうしたんですか? 二人とも」
「ディアナは……」
「おじい様?」
私が顔を傾げると、カラバッリは「いや、なんでもない」と言って手に持っていたカップを揺らす。ターナも少しだけ眉尻を下げただけでなにも言わない。
よくわからないまま私も再びテーブルに向き直り、ご馳走に手を伸ばした。
それからもレネーア先生は例の幸せいっぱいの笑顔で結婚式を乗り切り、私も式に来ていたオリム先生や学院の関係者たちと話をして、いい時間を過ごしたのだった。
バイヌスとレネーアの結婚式でした。
この辺りの話は続編(娯楽革命シーズン2)には入らないので
番外編でサラッと書いてみました。
続けてイシークとザリナの結婚式も書く予定です。




