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絶品

 



「ここか」


 僕は記憶を頼りに歩いてとある食事処へとやってきた。


 店の大きさはそこらの住宅と同じくらいなので店内は意外と狭いのだろうか?店名は……ニカラのレストランか。



 僅かにだが店内から食欲をそそる良い匂いが漂ってくる。ここ数日間何も食べてないこの体が早く食わせろと訴えかけてきそうだ。いや、既に腹がなってる時点で訴えはしているか。


 その訴えを取り消させるために僕は店内へと足を踏み入れた。


「いらっしゃい、席は自由にしてくれ」


 中に入ると同時にスタッフらしき人物からそう言われた。


 店内は外観と違って広く、厨房で忙しそうに料理をしているコックが1名、出来上がった料理を配膳する者が2名おり、客が恐らく僕含めて10名居るな。多い……よくコック1人で回せているな。


 適当に空いている席を選んで僕は座る。すると、隣の席にいた少し老けた男が話しかけてきた。


 いや男ではなくケンタウロスか。牛のような下半身に上半身は筋肉質な肉体の持ち主で基本的に近接戦に長けている種族だ。


 ケンタウロスは例外なく身長が高いため見上げる形になってしまうため首に負担がかかるのが困りどころだ。



「見ない顔だな……新入りか?」


「あぁ。まだこの世界にやってきて数日しか経過してない」


「あんたか。この前新しい住人がやってきたって噂になった人物は。なるほどなぁ」


 ここに住む訳ではないが……話を合わせておくとしよう。


「初めてここで食事を食べるのでな。何かオススメはあるか?」


「オススメぇ?そうだなぁ……やっぱ、ヘルカウの香草焼きだな」


「ヘルカウ?」


「あぁ。赤黒い見た目で角が大きい牛みてぇな奴だ。動きも素早くて初めて見た奴の大半は吹っ飛ばされてるな。そして、これはヘルカウの肉を香草で焼いたとてつもなく美味い一品だ。腹にも溜まる、味良し、胃がもたれるほどキツい脂でもなく、さらに良いのが少しピリッとするところだ。これがまた酒が進む」


 ようは牛のピリ辛香草焼き……ステーキか。


 数日間何も食べてないこの胃にステーキは殺しにかかっているようなものだが、食べてみたいな……


「ありがとう。食べてみよう」


「いいってことよ。ぉお〜い!」


 男が手を上げながら声を上げるとスタッフがやってきた。わざわざ呼んでくれたのか…


「この新入りにヘルカウの香草焼きを一つ食わせてやれ。お代は俺が払う」


「なに?」


「分かった」


 僕が止めるよりも先に注文を聞いたスタッフは厨房へと向かった。


「おい、自分で食べるものくらい自分で払える」


「新入りには優しくしとかねぇとな。俺だってここに来た時はそらぁもぉ、優しく接されたな。だから俺も見習っただけだ」


「だからといってな……」


「ここは俺が払うって決めたんだよ。新入りはそれに甘えておけばいいってんだ」


「……」


 何をいっても無駄だと思った僕は彼の言葉に甘んじるとにした。


 せめて名前くらい書いておきたい。


「あんたの名前は?」


「俺ぁ、そこら辺にいる一般市民よ」


「そういうのじゃなくてな…」


「冗談だ。俺の名前はケイロン・フェベスだ。新入り、お前の名前は?」


「ケルヴィアだ」


「ようこそ、ケルヴィア。この世界に来たばかりだから混乱する事も多いだろうが、慣れるともう抜け出せねぇぜ。まるで底なし沼にハマった時みたいにな」


「既に見たことのない物ばかりで半身は浸かっているな」


 僕がそう言うと彼ーーケイロンは笑った。

 事実、最初の方は脱獄のことに関して少し考えていたが今では微塵もその気が起こらない。見たことのない物ばかりで研究のしがいがある、というところもあるが……そもそもとして脱獄なんて不可能に近いだろうかな。



 そんな事を考えたり、ケイロンと雑談していると料理を手にしたスタッフがやって来た。


「お待たせした。ヘルカウの香草焼きだ。ようこそ、私たちは君を心から歓迎する」


「感謝する。匂いだけで最高の一品だと言うことが分かる」


「では、ゆっくりと食べてくれ」



 僕に一礼してからスタッフは別の席に向かった。


「ケルヴィア、俺ぁ先に行くぜ、代金は払っといてやるからゆっくり食べろよぉ?んじゃぁ、またどこかで会う時まで」


「あぁ。色々と助かった」


「いいってことよ」


 そう言ってケイロンもこの場を去っていった。……元々見上げる形で会話をしていたが立ち上がると更にデカいな……人混みの中でもすぐに分かりそうなくらいだ。




 ケイロンが去り、僕だけとなったので冷めてしまう前に食べるとしようか。命に、感謝を。


 それにしても食べるよりも前に漂うこの匂いは、本当に食欲をそそるな。


 まずは一口…


 用意されたナイフとフォークを使い、ヘルカウの香草焼きーーステーキを一口サイズに切り分け、口に含む。


「っ!!」


 噛んだ瞬間に溢れる熱々の肉汁に、ケイロンが言ったように舌がピリッとする感覚がこれまた病みつきになりそうだ。それに加え、肉が硬すぎず柔らかすぎず僕好みの歯応えなのがまた良い。


 地上の世界でも様々なものを食してきたが、それらを遥かに凌駕する一品だと言ってもいいな。これは。


 そこから僕は無言で食べ続けた。



 気がつくと皿の上には何も残っていなかった。それほどまでに夢中に食べ続けていたと言うことなのだろう……確かにあれは夢中になる料理だったな。



 お腹は既に膨れており、ふぅと一息吐いているとスタッフがやってきた。


「いい食べっぷりだった」


「最高の料理だったぞ。こんな素晴らしいものは食べたことがない」


「シェフに伝えておこう。これ以外にも複数の料理があるから食べたいと思ったらまた来るといい」


「あぁ、必ず。ご馳走になった」



 僕は席を立ち、ニカラのレストランを後にした。お代はケイロンが払ってくれたので次に会った時に何かしらのお礼をしなければならないな…


「さて、腹も満たされたことだし次は…と」


 自分が着る服の製作だな。



 だが、一つ誤算があった。


「どこで仕立てるべきか」


 そう場所の問題なのだ。


 確か他の町からやってきた住人が滞在する用の宿屋はあるのだが、最低でも10日以上は製作にかかるのでその分の代金ならぬ物品を用意できるかと言われたら少し難しい。


 いや、今から魔物を倒しに行けばいいだけの話なのだが……宿屋となると邪魔が入る可能性が高い。


 なら他に何処があるのか?と聞かれたら僕に答えられるのはグラシャスが住む家かシーラの所だろう。しかし、前者は予め聞いておかねばならない上に断られる可能性が高い。そして、後者に関してはつい先ほど別れたばかりなので少し会いづらい……



「ーーグラシャスの所へ行こう」


 考えた結果、これが一番良いと思ったので僕はグラシャス家へと向かった。


 手土産として何か持ってくべきだろうか?と考えたところで手土産になるものがないと言う事に気が付いてしまい考え込む羽目になった。



 これも考えた結果、僕の服を仕立てるついでに布地が余ったら何かしらの服を仕立てることにした。まぁ、あくまで失敗しない前提での話なので採寸をミスったりしてしまえば不可能になるがな。



 考え事も終わったので僕はグラシャス家に数日ぶりに訪れた。


「あら、ケルヴィア様。数日ぶりですね。何かお困りごとでも?」



 運のいい事に扉前を掃除していたメディサ殿に事情を説明した。


 説明を終えると彼女は考え込む素振りを見せずに返事を返してきた。


「いいですわよ。ならあまり使ってないお部屋にご案内しますのでそちらで作業をして下さいね」


「本当に助かる」


 最低でも10日以上はかかると伝えにも関わらず即答をしてくれた事には驚いたが、助かったのは本当だ。断られたら数日くらい間を空けてからシーラの元へと行っていたはずだろうしな。


「では、こちらへ」


 メディサ殿に案内されてとある部屋に案内された。あまり使ってないと言っていたが中は綺麗に掃除されており壁際には机や椅子が積まれていた。なるほど、一種の物置のような場所か。


「ここにあるものでしたらご自由にお使い下さい。と言っても、机と椅子しかありませんが」


「分かった」


「あと、食事はどうされますか?」


 食事か……まぁ、食わなくてもいいか。


「いや、大丈夫だ」


「分かりました。何かあれば言ってください。では、頑張って下さいね」


 そう言ってメディサ殿は退室していって部屋に僕だけが取り残される。


「さて、集中するために色々するか」


 まずは周りや声が聞こえないように音が入らないようにするための遮音結界、常に埃一つない清潔な空間にするための清潔結界を室内に張る。



 次に積み上げられてる机をいくつか並べて、一辺に椅子を一個だけ入れておく。


 布地を空間収納から取り出して、魔法で採寸バサミや糸などを作り出したら後は飲まず食わず、最低限の睡眠のみしか取らない作業の始まりだ。


「やるとしようか」


 過去最高の品質が出来そうだ。



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