贈り物
シーラへ贈るための衣類を仕立て始めてからどれほどの時間が経ったのかは不明だが、完成した。
出来上がった二着--一着だけのつもりだったが、まぁいいか--を見て彼女に似合いそうだ、と思った僕は接客をしているであろうシーラの元へと向かった。出来上がったら言って欲しいとか言ってたしな。
話し声も聞こえてこないし、気配も感じないので恐らく店内にはシーラ以外誰も居ないのだろう。
これで誰かいたら遠慮はしたのだが居ないので僕はとても暇そうにしているシーラに声をかけた。
「出来上がったぞ」
「っっ!?びっくりした……驚かさないでよ」
「すまない」
完全に気を抜いていたのか面白いくらいにビクッとしていたな。
そんな事を頭の片隅で思いながら僕は再び同じ言葉を伝える。
「出来上がったぞ」
「え?…あっ、もしかして3日前に言ってた服が完成したの?」
「3日前…?」
「まさか飲まず食わずで?」
頷くとシーラは大きく目を見開かせた。
それにしてもそうか。3日も経っていたのか……
研究や開発、物作りにしてもどうしても集中してしまうせいか食事を抜いてしまう。水分や睡眠すら摂らないので度々死にかけることもたまにあったが……この世界では苦しむことはあれど死ぬことはないので、これで今まで出来なかったことも出来そうだ。
そんな事を考えているとシーラは呆れたような声で言ってくる。
「凄い奴かな?と思ってたけど、お馬鹿さんって追加情報も付け加えておかないといけなくなったね」
「馬鹿ではない。一意専心と言ってくれ」
「いい意味ならそうかもね。でも、飲まず食わずは馬鹿だと私は思うけどなぁ」
ケルヴィアって人間なんでしょ?と言うシーラに僕は反論してもさらに言い返して来そうだな、と思ったので本題に入ることにした。
「……さっさと本題に入るとしよう。食事等はこのあと摂る」
本当?と懐疑の目線を向けてくるが無視して、奥の作業場に向かう。
完成した服は作業場にあったマネキンに着せてあるからだ。
「あれだ」
「わっ……凄っ」
「先にスカートの方を仕立ててしまったから、それに合わせるように薄水色の生地で作ったゆったりとした上衣に仕立てた。そして、スカートの方だが薄い白い生地を何枚も重ねて作って動きやすいようにしてるが、気に入らなければズボンに変えればいいだろう」
本来考えていた構想と大分と変わってしまったが、出来上がりは良いと言っていい。あぁ、言い忘れがあった。
「それと、サイズに関しては自動調節の魔法印があるから気にするな。他にも過ごしやすいように温度調節、汚れ防止、着衣者清潔化などの魔法印もある」
魔法印は武器や防具、衣類などに行う刻印のようなものだ。中々に難しいものが多いが、そのどれもが素晴らしい効果を発揮するので何かを作った際は必ず施すようにしている。
今回この服に施した魔法印はシーラに説明したようにサイズの自動調節。
気温が急激に変化しようとも服を着てるものからすれば常に快適な温度を維持してくれる温度調節。
純粋に泥や埃などが付かないようにする汚れ防止。
服を着ている者の肉体を清潔にする着衣者清潔化の四つだ。
最後の魔法印は着衣者が不快と思った汚れを無効化してくれる思考選別という便利機能付きだ。
その事をシーラに説明すると、僅かに顔が引き攣ってた。何故なのかと疑問に思ったので聞いてみるとこう返事が返ってきた。
「高性能過ぎる。普通着にする魔法印じゃないんだけど……」
「なに?魔法印を施すのは普通じゃないのか?」
「そもそも魔法印ってのがあまり刻み手が居ないんだよ?結構前に作られた技術だし、まだまだ使い勝手が悪いんだよね。だから魔法印が刻まれてる物ってあんまり無いんだよね」
「なるほど、そうだったのか」
魔法印の技術はこちらの世界の方がもっと発達してるとは思ったが……違うようだな。それもそうか。この世界では外の技術が入ってくる機会など滅多に無いから新しい技術が生まれるのに時間がかかってしまうのか……
と、なると僕が地上の世界で知ってる技術などを伝えていくのもありだな。
生活の質が向上するのはいいことだ。全員が幸せになれる。幸いにも、この世界の住人達は助け合いの精神だからな。
「うん。本来なら私が貰うべきものじゃないんだよね。でも、断ったら怒るでしょ?」
「まぁ、お前のために仕立てた物だからな。それに、僕の知ってる技術は広めていくつもりだから、近いうちにはこういった物が普通に出回ることになるだろう」
「私も、こういったものを作れるようになる?」
「可能だろうな。魔法印はとても繊細な作業だが、誰でも可能な技術だ。……あぁ、でも。誰でも魔法印を刻むには専用の道具が必要だがな」
僕の場合は魔法でなんとかした。
ちなみにだが、魔法印は眼には見えない。魔力を見たり特殊な目であれば見えるがな。
「へぇ、そうなんだ」
「…それで、もちろん受け取ってもらえるよな?」
「うん。こんなに素敵なものを私のために作ってくれたんだから断ったら失礼だもんね」
「そう言ってもらえると嬉しいな」
「嬉しいのはこっちだよ?……本当に、見てるだけでも満足しそうなのに私が着れるなんてとっても、心の底から嬉しいよ」
ありがとうケルヴィア。と言い終えたシーラを見て僕は達成感に満ちた。
直に感想を言われるとやはり嬉しいものだ。
彼女の喜び具合は嘘では無く本当に心の底から喜んでいるようだしな。
「こんなに凄いものを貰えたし、好きなだけ布地を持ってっていいよ」
「……あぁ、そういえばそうだったな。いいのか?」
「今自分がここに来た理由忘れてなかった?」
「忘れてた」
「ふふっ。忘れん坊さんだね」
「返す言葉がないな…」
数日間もの間集中していると忘れてしまうのは仕方ないだろう。
ただ、忘れっぽい人間だとは前々から言われてるのでシーラの言葉に反論は出来ない。
「向こうにある布地から好きなだけ持って行っていいよ?」
「必要最低限以上は持ってくつもりもない。そちらも困るだろうしな」
「そっか。ケルヴィアにはいいんだけどなぁ……」
そんなにその服が良かったのか。作り方さえわかればシーラでも簡単に作れるし、新しいデザインも生み出すことが可能だろう。
「じゃあ私はこれを着てくるからその間に選んでおいていいよ」
ワクワクしたような足取りで店頭とは違う方向にある扉を開けて中に入って行った。自室だろうか?
さて、どんな布地にしようかな。
やはり濃紺色の布地をベースに青紫で装飾を施した改良型ローブを仕立てるとして、ズボンも同系統の濃い色で統一感を出すとしようか。下着に関しては……まぁ、なんでもいいか。
そうと決まればあとは必要最低限分だけーー失敗してしまった時の分も込みだーーを貰っていこう。最後に彼女が戻ってきたら確認だけとろう。
シーラが戻ってきたのは布地を選び終わってから少しのことだった。
「ど、どう?似合う?」
僕が渡した服を着て、嬉しさと恥ずかしさが混ざったはにかみを見せるシーラはハッキリ言って可愛い。あれだ。身長も相まって完全にオシャレをして喜んでる少女という意識が生まれるから可愛いのだろう。
背景を花畑にしてちょっとした籠を持たせれば凄く絵になるに違いない。
おっと、感想を言わないとな。
「あぁ、とても似合っている。それに、可愛い」
「そ、そう?なら嬉しいなぁ」
やはり可愛いな。昔の弟子達を思い出す……そういえば、今頃は何をしているのだろうか。
シーラは僕の感想を受けて先程よりはにかみながらくるくると回っている。
仕草はとても子供らしいのだが、実質的な年齢は僕より遥かに年上だろうな。
そういえば、この世界の住人は全ての次元、世界中から集まっていると聞かされたが……彼女はどの次元でどの世界の罪人なのか気になるな。
いや、聞くのもタブーだし聞いたところで忘れている可能性が高いか。
「それと、頂いていく布地だがこれにすることにした」
「暗い色が多いね」
「今までこういった色で作ってきたからな、これじゃないと違和感がある」
「そうなんだ。うん、確認したし貰っていって。私も最高のプレゼントを貰った訳だしね」
「ありがとう」
「お礼を言うのはどっちかというと私なんだけどね。あっ、今度暇な時でいいから教えれたら私に魔法印のやり方を教えてくれない?」
「その程度のことならいいぞ」
技術を広めていく事には賛成だしな。その方がより発展の道を遂げていく。
「ありがと、ケルヴィア。今日は最高の一日になったよ」
「こちらもだ」
そう告げて僕は服屋を後にした。
また来てね、と言うシーラの声に僕は必ず覚えておこうと思い、心に刻んでおく。可能ならば彼女との縁は損いたくないしな。
さて、次に僕がする事は自身の衣類を仕立てる事だが……その前に食事をとるとしよう。
この町の食事処は何件かあるらしいが、近い場所は……あっちか。
思い出しかのようにお腹が鳴った僕はシーラから頂いた布地を空間収納に入れて、この世界で初めて食べる食事にワクワクしながら足を進めた。
これは後日談なのだが、シーラが経営している服屋の名前だが"シーラの服屋"というらしい。
普通だな、と思ったのはここだけの秘密だ。