衣類製作
「結構な量持ってきたね〜。もしかして、結構強い?」
ヘルスパイダーが棲息する森を教えてくれた衣類店の見た目は少女らしき小柄な女性にドロップアイテムであるヘルスパイダーの糸を研究用を除き全て渡すと、彼女は驚きながらそんな事を言われた。
それに対して僕はとんでもないと言った後に言葉を続けた。
「僕は弱い方だ。今回も無理をしてこんだけ集めたに過ぎない」
テュフォンやグラシャス、その妻であるメディサなんて僕より遥かに強い。特にテュフォンの実力の一片を見た後では、僕は強い方だ、なんて口が裂けても言えないしな。
「う〜ん、初めてでこれだけ集められたら上等だと思うけど……それにしても、数が多いね。もしかして全部倒しちゃった?」
「もしかしてダメだったか?基本的なルールは知ってるが暗黙の了解はまだ知らないから、もし破っていたら深く詫びよう」
「いやいや、そんなわけないよ?ただ全部倒すなんて凄いなぁって思っただけだから安心して?それに、暗黙の了解は私が知ってる限り特にないよ?他の場所ならあるかもしれないけれど、きっと教えてくれるから」
「そうか。なら安心だ……それで、この量でどれくらいの交換が出来る?」
「衣類にもよるかな?」
「ん?あぁ、すまない。言ってなかった、僕は布地が欲しい」
「あれ?そうなの?」
「あぁ。これでも何かを作ることは得意な方だからな」
「もしかして、自分で衣類を作るつもり?」
「あぁ」
僕がそう言うと彼女の目が光ったような気がした……
嫌な予感がすると構えていると案の定と言うべきだろうか。ガシッと手が掴まれた。
「私の家の作業場使っていいから、一着仕立ててみてよ」
「……分かっ、た」
断れそうにない謎の気迫が目の前の小柄な女性から放たれているのを察知した僕は素直に頷いた。すると、無理矢理手を引っ張られて奥の方へと連行された。
今更だが、この女性の名前はなんだろうか?
見た目は小柄な女性だがこの世界での年齢という点では明らかに年上だ。……割と普通に数百歳とかじゃないのか?とバレたら一も二もなく殺されるであろう事を考えたのは一生の秘密だ。
「失礼、名前を教えてもらってもよいだろうか?」
名前を知っておいた方が色々と楽だしな。
「あれ?教えてなかったっけ」
「教えてもらってないな」
「ごめ〜ん。勘違いしちゃってた。じゃあ、改めて……私の名前はシーラ。よろしくね」
「シーラか。覚えた、これから呼び捨てで呼ぶがいいか?」
「いいよー。あっ、不名誉なあだ名にしたら怒るから」
「するわけがない」
流石の僕でも常識はあるのだ。戦闘以外で人に嫌なことは滅多にしないのだ。それにそもそもとして僕はあまりあだ名を付けないのだ。
それにしても彼女の仕事柄結婚くらいはしてると思っていたが姓を名乗らなかった事に少し驚いた。もしくはテュフォンと同じように名乗ってないだけなのかもしれないがな。
まぁ、だからといってどうということはない。ただ意外だっただけだ。
「じゃあ、話を戻してここにある布地になら使っていいからどんなものでもいいから一着、仕立てて見て?」
「分かった。じゃあ少しばかりここを貸してもらう事になる」
「うん、あなたの腕前も知りたいしね。あっ、名前知らないや」
「これは失礼。僕はケルヴィアだ、改めてだがよろしく頼む」
「ケルヴィアね。よろしく。じゃあまずは……ここにあるもの何使ってもいいからさっき言ったように何か一着仕立ててね。あっ、完成したら言ってね。私は接客しなきゃいけないしね」
「あぁ。君の満足する一着を仕立ててみせよう」
「へぇ〜。楽しみにしてるよ」
頑張ってね、と言い残してから眩しい笑顔を見せながら彼女は接客をしに店頭へ戻って行った。
さて、作業に取り掛かるとしよう。
満足がいく一着を仕立てる。と言ったので半端なものは仕立てられない。
まずはどんな衣類にするかだ。今回仕立てた一着はシーラに渡すつもりなので彼女が喜びそうなもの……
これが王族とかならば適当に豪華な一着を仕立てて渡しておけば勝手に喜ぶのだが……もう二度と使わないいらない知識だろうな。
「う〜む」
やはり無難に衣服か?衣類となると体に着けるもの全てになってしまうので彼女の明確な寸法が分からない現状あまり仕立てたくはない。いや、結局自動調節などの魔法印を刻んだりするのでサイズはどうでもよいか。
一番多く仕立ててきたのはやはり僕が使うローブっぽいーー改良をしてるので完全なるローブではないーー衣服だ。
次に王族や貴族からの依頼のドレスや礼服、紳士服などだ。この中でシーラに合うのはやはりドレスだろうか?
しかし、ドレスを贈った所で彼女は着るのだろうか?普段使いがしやすく女性が喜ぶような一着を贈りたいのでドレス案は却下だ。
シーラは仕事柄あまり大きく動かないだろうな。そこを考えると伸縮性はそんなに無くてもよいか?いや、ゆったりしたものでもよさそうだ……
そうだな。上衣は首元付近にボタンがある少し緩めのものにするとして下衣はどうしようか。
確か遥か遠方の地より伝えられた布を何枚も重ねたゆったりとしたスカートで中々良さそうなものがあったな。それにしてみるか?
上衣に使用する布地は彼女の髪色と同じこの薄水色にして、下衣に使用するのは……妥当に白にしてみよう。
大まかな案が決まったら後は作成だ。仕立てるとしようか。
●
シーラの服屋の店長であるシーラは日も暮れてきたので店仕舞いを始めるために動き出した。
今日のお客さんは一人のみ。
この町に住んでる住人達は既に服を数十着持っているので新しい服を買いに来る人は今は少ない。
既に持ってる服を自分の店に持ってきてくれたら次に新しい服を購入する時に必要なドロップアイテムなどを無しにするという事を彼女はしている。いわば持ってきた服はリサイクル出来るからそのお礼だよ、というやつだ。
時期によって多くのお客さんがやってくる時もあるのだが、次にその時期が来るのは数ヶ月後だ。
主に夏になる前と冬になる前で衣類がガラッと変わるからだ。
たまに他の町からも来てくれるのだけど、そういうのは滅多に無いと言っていい。
そういえば今日はお客さん以外にも一人、珍しい人がやってきた。
新しくこの世界にやってきて、ヘルスパイダーの棲息場所を聞いて教えたと思ったら数日後にこれでもかというほどに大量のヘルスパイダーのドロップアイテムを持ってきた、ほぼ全てのものづくりが得意と言っていた彼ーーケルヴィアである。
そういえば、この前新しい新入りが来たって言ってたけどケルヴィアの事だったんだ。
そんな事をシーラは考えながら、今現在ケルヴィアは何をしているのかな?と思った。
今、彼は私を満足させる程の一着を仕立てると言って作業中のはず。そろそろ完成したのかな?
店仕舞いをパパッと終わらせたシーラは気配を消しながら静かに奥の方へと向かって、そっと覗き込んで息を呑んだ。
そこには熱が宿り誰の目から見ても明らかに集中しているケルヴィアが見たことのないデザインのスカートらしき服を仕立てていた。
普段、接客に使うには少し豪華過ぎる気もするけれどあの服を着てみたいという気持ちがシーラの胸の中に沸いた。
いつ、完成するのかなぁ……楽しみ。
服好きなシーラは目の前の僅かずつではあるがどんどん完成へと近づいていく服をいつまでも見ていられる自信があったが寝不足は肌や精神面、明日の接客にも影響を及ぼすので苦渋の決断ではあったが寝る事にした。
ケルヴィアが作業をしている部屋の一つ向こうがシーラの寝室のため、彼女はケルヴィアの集中を切らなさいように繊細な注意を払いながら扉を開けて、名残惜しそうに後ろを振り返りながら扉を閉め、そのままベットで横になった。
こういう話も多数あります。ただ、作者は服などに関しては疎いので書くのに時間がめちゃくちゃかかります