先輩囚人
遠くから物凄いスピードでこちらに向かってきている男と思われる何者かに僕は何故か恐ろしさを感じた。
このままではとんでもない目に遭うのではないのか?と勘が告げており、その勘を証明するかのように男は辺りいったいに響くような高笑いをしながら殺意を僕に向けてきた。
最近は研究しかしてなかった僕だったが、元はといえば魔法格闘士として世界を回っていたので戦闘はできる方だ。
「これはほんのご挨拶だぁぁ!!」
いつの間にかすぐそこにいた事に内心驚くが即座に咄嗟に両足に力を入れてその場から退避しようとしたが、自分で込めたと思ってた力と実際に込めた力がズレていて上手く退避出来なかった。
その結果、男の右手に握られていた骨っぽい何かで作られと思われる剣らしき物が僕を両断しようと振るわれた。速いな。
「……ここだっ」
一瞬考えた後、僕は力を制限してくる拘束具の一つである手錠の鎖を体と刃の間に滑り込ませた。
ガキンッ!と言う甲高い音が鳴り、僕は刃を受け止めた鎖を見ると僅かにだがヒビが入っているのが確認できた。
「まだまだぁ!!」
至近距離で叫ばれてた鼓膜が痛いんだよ。と思いながら、次々と振るわれる剣を全て鎖の部分で受け止めていくが、時折間に合わずに足や腕の一部が斬られてしまった。
しかし、成果は十分と言うべきものであった。
鎖にあったわずかなヒビが全体に直線上に広がったのを確認した僕は、そのまま力の限り引っ張ってバキンッ!と鎖を破壊した。
その瞬間、制限されていた僕の力の一部が戻ってきた感覚があった。そして、両手が自由になった。
これならいける。
「っらぁぁ!!」
手錠の鎖が壊れ、剣を受け止めるものが無くなり好機とでも思ったのか男は再び剣を振るってきた。
しかし、その剣は僕の鼻頭の目の前でピタリと止まった。
「ちっ!…っ!?」
男は一旦離れようとしたが、手にした全く剣が動かなかった事に目を見開いて僅かにその体を硬直させてしまう。
その隙を逃す僕ではない。
「魔力糸」
魔法名を呟く。すると、僕の手から本紫色の細い糸が生まれた。そして、それを操って目の前の男の四肢と首を締め上げた。
「かっ…!?……ぁ、あ」
四肢だけならまだしも首まで縛っているので呼吸する種族なら相当苦しいだろうな。
この魔力糸がこいつに破られる事はないだろうな。
なにせ、僕の魔力を練り上げて編んだ糸なのだから。魔法耐性はもちろんのこと、物理や斬撃などの耐性も兼ね備えた万能糸だ。その上、魔力消費が非常に低いので重宝してきた魔法の一つだ。
今、僕がもう少し力を込めて糸を引っ張れば次の瞬間には五体が千切れ飛ぶ。しかし、それでは情報が引き出せないので何もしない。
色々聞きたい事はあるが、まずはこいつが使ってきた骨っぽい何かで作られた剣らしきものだ。あやふやだな……
手に取り眺めてみると、やはり骨だと言うことが分かった。
刃は鋭く研がれており軽く指を当ててみるとサクッと切れた。中々の切れ味だな。
何故罪人がこんなものを?と思ったが、どうせあとから聞くので考えないでおこう。
そして、その剣を扱っていた本人を観察する。
どこにでもいる黄土色の謎にギザギザしている髪に同じ色の目、体格は細いが筋肉質なことが見て分かる。他に特徴的なところは、吊り目なところくらいか?
次に僕が行ったのは拘束具の解除だ。
手の行動を縛る手錠型の拘束具を破壊できたお陰で魔力や身体能力等も僅かに戻った。そして、その戻った魔力を使い僕は残りの拘束具の構造を見ていく。
見たことのない魔法術式構造だが、これでも賢者と呼ばれた者だ。時間は要するが解除できる代物であることが分かった。
先に拘束具を解除していくか、それとも情報を聞き出すか。ふむ……
迷った僕は結局、同時並行で進めていくことにした。
首を縛る魔力糸を緩める。その瞬間、解放されたことによって咳き込み、それが収まったと思ったら今度は視線だけで普通のやつなら気絶するんじゃないかと思うくらいに睨んできた。
「そう睨むな。聞きたいことが数百点ある」
「誰が答えるかぁ!!あと、多いわ!!」
大声で拒否された。困ったな…
無理矢理口を割らす事の出来る魔法もあるのだが、今はそんな事に魔力を使うのはいささか勿体無い。
なら脅すか。
「ではまず一つ目だ。ここはタルロス大監獄の最下層に違いないな?答えないのなら徐々に糸を引っ張っていく」
「誰が答えるかっ……っ…てんだよ!」
中々に意志が強いと褒めるべきだろうか。
そういえば監獄内での殺しはどうなるのだろうか……そう考えていた瞬間、縛られている男が無理矢理動き出した。
「っおい、そんな事を」
すれば……と言う前に、男の四肢は千切れてダルマとかした胴体と頭が地面に転がった。既に目からは光が失われているのを見るに死んだようだ。
「何を考えたのやら…」
貴重な情報源が、と思っていると男の死体が光の粒子となって再び目の前に集まって人の形を形成し始めた。
「まさか?」
そんなことがありえるのか?と思った次の瞬間、人型の光だったものが突然、先程死んだはずの男に変わって襲いかかってきた。
「油断したなぁぁ!!?」
しかし、地面に垂れた魔力糸を再び操って再び縛り上げた。そして分かったことがある。こいつは馬鹿だ、と。
それと、また先ほどのようなことをされてはめんどくさい事この上ないので切れないようにしておく。
それにしても、今のは蘇生か?いや、あんな蘇生はないはずだ……となると、やはりタルロス大監獄がダンジョンに作られている事が関係しているのか。
ダンジョンは未だ多くの謎が残る。その謎の一つに特定ダンジョン内では死んだ瞬間蘇生するという特性があっても不思議ではない。
自分でも試してみるか?と思ったがすぐに思いとどまった。
まだ確実性はないので危険は犯さない。ならば、この男で実験でもしてみるか?いやしかし、罪人とはいえ人体実験をするのは心苦しい。
「んー!!むー!!」
唸っているのは口を封じているからだ。喋れるようにしたら舌を噛み切るんじゃないのかと思ってる。
どうしたものかと考えた結果、僕はこいつへと質問を諦めて拘束具の解除に専念することにした。
そして、今更だがこいつの服装は罪人のそれじゃない事に気がついた。明らかにここで作られた衣服だろうな……それと、普通はあるはずの拘束具も見えるものは全て取り外されている事にも気付いた。
こいつの実力でこれ全部を破壊するのは無理だと思うので明らかに他の誰かの仕業だろうな……そいつとも会ってみたいな。
今はとにかく僕を縛る拘束具を解除することに集中するとしよう。
◆◆
違和感を感じたのはそれからしばらくのことだった。
順調に拘束具を解除し、力が取り戻されていく感覚に満足していると、なにやらこちらに接近してくる何かがいる事に気付いて顔を上げた。
未だ縛っている男を見ると、何やら目が死んでいた。いや、生きてはいるのだが目が死んでいたのだ。
そんな事は置いといて今は接近してくる何かだ。
数は数百。こいつと同じように罪人の大群が迫ってきているなんて事はまずありえない。と、なると……ダンジョン特有の魔物だろうか?
ここにも現れるのか……いや、それがダンジョンというもののため魔物が現れないダンジョンなど存在価値のないものなのだから。
基本的にダンジョンに現れる魔物は深いほど、奥に進むほど強くなる。そして、ここは最下層なので現れる魔物の強さはとんでもないはずだ。
どういった魔物が現れるのか知らないが、相手をするのには厳しいだろうな。なにせ数が数なのだ。
と、なると予め進行方向に罠を仕掛け、それでもダメなら広範囲高火力の魔法をお見舞いするしかない。
転移で逃げるという手段もあるにはあるが魔力を無駄に消費するだけで逃げ切れはしないだろう。
立ち向かう。ならば人手は多い方がいい。
歯向かってくるようなら再び縛りあげればいいと思い、僕は死んだ目をしている男を解放して話しかけた。
「おい、最低数百の魔物の大群がこちらに向かってきている」
数秒間、その男は動かなかったが僕の言葉の意味を理解したのか急に起き上がった。
「なにっ!?ちっ……数百か。となるとあいつら」
「知っているようだな」
「……一応聞いておく。新入り、今使える最大威力の攻撃はなんだ」
「正直に答えると思うのか?」
「いいから言え!」
何をそんなに焦っているのだろうか?と思ったが、迫ってくる魔物はダンジョン最下層の魔物だ。そして、この男はそれを体験していて今みたいな事を言ったのだろう。
「すぐに使えるものは、目の前を永久凍土の大地する事だな」
「範囲は?」
「小さな王国一つ分」
「っ……足りねぇか。仕方ない、使うしかないのか」
何を?と思っていると、男は首にぶら下げていた笛らしきものを力一杯吹いた。
音は鳴らなかったが代わりに見た事のない波長の何かが笛から放たれた事に気がついた。
今のは?と聞こうと思ったら先に男の方から話しかけてきた。
「新入り、今から起こるのはこの場所では日常茶飯事の出来事だ。よぉく、目に焼き付けて逆らうことがいかに愚かなことなのか刻み込んでおけ」
「?」
何が起こるのだろうか?と思っていると、天空からまるで隕石のような何かが降ってきて辺りいったいの地面や空気などが大きく揺れ、とてつもない衝撃波が襲ってきた。
咄嗟に結界や障壁を張って衝撃波を殺したが、その大半が破壊されたのを見るに生身で食らっていたら死んでいたな。
降ってきた何かの正体を確かめると、それは馬鹿でかい大剣を片手に持った人間であった。
そして、その人間はゆっくりと立ち上がってこちらに体を向けてきた。その瞬間、僕の生命としての本能というべきものがうるさいくらいに警鐘を鳴らしていた。
格が違う、とはまさにこの事なのだろう。
逃げたいが逃げたところですぐに追いつかれて殺されるだけだ。
……覚悟を決めるしかないか。と思っていると、そのやばい人間は気さくに話しかけてきた。
「よぉ、オルロスに新入りで、いいんだよな?」
「親父ぃ!」
親父!?そんなことがありえるのか……いや、確かに髪色は同じだが、本当にそうなのか。
先ほどまでの雰囲気とは一転した男ーーオルロスと呼ばれたあいつは犬みたいに父親らしい化け物ーー名前不明のため仮名称だーーに寄って行った。
そんなオルロスの頭を撫でながら化け物は僕の方を向いて話しかけてきた。
「うちの馬鹿息子が迷惑かけたか?」
「いきなり襲いかかってきたが返り討ちにしたから問題はない」
「はっはっはっ!!返り討ちか、もっと強くならないといけないなぁ?オルロス」
「親父、こいつ俺より遥かに強かったぞ」
「見たところ魔法野郎か?いや、肉体はしっかりしてるから違うな……っと、どうやらお邪魔虫が来たようだ」
化け物はそう言って大剣を肩に乗せながら、ある方向へ歩いていく。
その方向の遥か遠くにはうっすらとだが土埃が大きく舞い上がっていた。
もう来たのか、あの数百の魔物達が……まさか、この男。一人でやるつもりか。
僕の予想は当たっていたようで化け物はここで待っていろ、と残して迫り来る魔物達の方へと歩いて行った。
「後を追わなくてもいいのか?」
オルロスにそう聞くと、彼は首を横に振りながら否定してきた。
「行くな。巻き添えになる……見てろよぉ?すげぇからよ」
何がだよ、と思った次の瞬間……魔物達が居る方向から殺戮の音が聞こえた。