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お礼と思惑

 


「やはり、あの眼の発動条件…いや、発現条件と言うべきか?それが分からない」


 僕は紙に乱雑に書かれた紙と睨めっこしながらそう吐き捨てる。そして、そんな僕を宥める声が一つ。


「手伝って差し上げますわよ?私ならもう一度出来ると思いますもの」


 先日、僕に尽くしたいという発言をしたアラアクナだ。一応言っておくがそこに色恋という意味は存在しない。


 そして、今僕がいるのはアラアクナが購入して譲ってきた一軒家だ。譲ってくれたではなく、譲ってきただ。



 何故こんな場所でこんなことをしているのかと言うと、僕が諦めたからだ。


 アラアクナは絶対に自分の意思を曲げないと、あの発言の後に問いただして分かった為、僕はもう諦めて彼女の自由にさせて…彼女の善意に甘えようと思った。


 言いたいことはあるが…そのお陰で、今はこうして周りに迷惑がかからないように実験と研究が出来ているのも事実だ。


 この家に移動してどれくらい経ったか確認する時間すら惜しいので気にしないが当然の如く僕の元に着いてきたアラアクナはこうやって僕を手伝ったり、時折食事を作ってきたりする。


 手伝いと言っても助言だけだ。彼女が関われば一瞬で今僕がやっている実験も終わるのだが、それは僕のプライドが許さないのだ。ちなみに、今僕がやっている実験は"魔導ノ眼"をもう一度発現させることだ。進展は良いとは決して言えないが、ゼロではないので時間をかければなんとかなると思っているが……そへに、あともう少しで何かを掴めそうなのだ。それさえ掴めたら……



 一方、アラアクナは何をしているかと言うと食事を作って持ってきてくれるのだ。これは彼女が言った尽くしたい、の一つなのだろうが……いかんせん下手なのだ。


 持ってきてくれる食事に食材の色が残っていれば良い方だ。何故なら大半がドス黒い物体なのだ……食欲は全く起きないが、せっかく持ってきてくれたので感情を無にして食してみたら口の中の水分が一瞬にして持ってかれて死ぬかと思った。


 他にもどこをどうしたらそうなる?と言う料理もあったので僕はアラアクナが作る料理をこう呼ぶ事にしている。


 固形物か流体物、と。


「流石にそれは酷いですわよ。否定はしませんけど」


「せめて固形物を保てるようにしてくれ。いや、固形物は固形物で……」


「美味しいか不味いかで言うと?」


「不味い」


「泣きますわよ?」


「そう思うなら味見してみたらどうだ?」


「……進展はどうですの?」


 ふざけていやがるアラアクナの問いに僕はため息を一つ吐いてから答える。


「ダメだが、あともう少しで何か分かりそうだ。たまに感覚が変わりそうになる」


「それならもう少しで出来そうですわね」


 何故彼女がこんなにも詳しいのか未だ分からないが、ある程度予想はついてきている。しかし……あまりにもあり得ないと思えるようなものなのだ。


 それをアラアクナに言うか否か…今は判断が付かないので言うとしても"魔導ノ眼"の発現に成功してからになるはずだ。



「ケルヴィア様」


 名前を呼ばれ今度はなんだ?と思うとガクッと椅子から滑り落ちそうになるかのような言葉が聞こえる。


「暇ですわ」


「……魔法の研究でもしたらどうだ?」


「私は特定の魔法を除いたとして、魔法に関しては誰よりも理解しておりますわよ?」


 その言葉を聞いて少し顔を顰めてしまったかもしれないな……一応魔法に関しては僕も自信があるからだろう。賢者、なんて呼ばれていたしな。


「術式を変えたり、新しい魔法を生み出すのは?あとは料理でも練習したらどうだ?」


「適当な言い方ですわね。嫌われますわよ?」


「生憎、女性の扱い方に関しては人一倍劣ってる気がするからな」


「そんな誇らしげに言うものですの?悲しくなりませんの?」


「ならない」


 そう宣言すると彼女は呆れたような目を向けてきたと思ったらカツコツと音を鳴らしながら部屋の外に出て行こうとする。そして、去り際にこちらに振り向いてこう言ってくる。


「私はお礼を言われたら嬉しいですわね。」


「?……アラアクナ」


「なんですの?」


「お前には迷惑をかけていると思う。だが、それなのにいつも苦手な料理を作ってくれたり、僕にアドバイスをしたり手伝ってくれる事には正直助かっている。さっきお前にお礼と言われて、自分がお礼を言っていない事に気付かされてな……上手く言葉に出来ないから飾らずに言わせてもらうが、ありがとう」



 そう告げて僕は頭を下げる。料理や彼女の行動に文句を言っていたとしても、助かっている部分があるのは本当なのだ。



「必ず、ちゃんとしたお礼をするから今はこの言葉で我慢をして欲しい。……いや、迷惑をかけている上にさらに我慢まで願うなど傲慢にも程があるな。やはり今すぐ」


「そんな事、ありませんわよ」


 僕の言葉を遮るようにアラアクナがそう言う。彼女の顔を見ると笑顔だった。何か意味が込められているような笑みではなく、純粋に嬉しさのみの笑み……初めて見たな。


 彼女は扉に添えている手を離して、こちらに寄ってくる。


「私は貴方に尽くす、と決めておりますもの。だから貴方の願いには応えますわ。我慢をして欲しいのならしますわ」


「だが」


「くどいですわよ。私はもうこの考えに関しては曲げませんから、貴方の言うちゃんとしたお礼…待ってますわよ」


 いつまでも、と彼女は言って部屋から出ていく。去り際に「おやすみなさい。貴方もそろそろ寝ないと不健康ですわよ」という言葉を残して……



 そして、慣れない内容のお礼を言ったせいか若干思考回路が乱されていた僕は絶対に今言うべきではない言葉を発する。


「もう夜なのか。ふむ、実験の続きといこうか」



 何徹目に突入したか分からない僕は実験の続きを行う。並列思考の一つにアラアクナへのちゃんとしたお礼を考えながら………






 〜〜一方〜〜



 アラアクナは困っていた。


 何故ケルヴィアは人間という脆い種族にも関わらず、あそこまで自分の状態に対して鈍いのか……と。


 家を譲った。というより無理矢理渡して、そこに滞在させるように仕向けたまでは良かった。だが…そこから先の計画は全て崩れ落ちてしまった。いや、崩れ落ちたのだが目的は達成してるのでなんとも言えない気持ちになったのだ。


 当初の計画ならば、ケルヴィアはあの眼をもう一度発現させようとして行動を起こす。しかし、上手くいかずに手詰まりという場面で私がちょっとアドバイスして感謝され、少しでも私に対しての警戒心などを緩めてくれれば完璧だった。

 まぁ、アラアクナ自身もこんな幼稚な計画には、はなから期待などしていなかったが……



 だが、ここ数十日の事を振り返ってみると実際はどうだ?


 日々実験、実験、実験……そこまではいい。まだ許容範囲内のはずだったのだが食事も睡眠も取ろうとしないのはどうかとアラアクナは思っていた。



 このままではいずれ餓死、もしくは睡眠不足による死を迎えるのでは?と思ったアラアクナはーー蘇ると分かっていてもそんなくだらない死を迎えさせたくないという良心だーー試行錯誤をした。



 食事を作った。しかし、出来上がるのは明らかに飢えを満たす前に強制的な死を迎えさせるような何かであった。試しに味見してみた彼女自身も意識が十数秒ほど途切れた。


 明らかに生物に与えてはいけない代物であったが、このままでは餓死するケルヴィアにアラアクナは仕方なくーー決して同じ苦しみを味わえという個人的感情が含まれているわけではないーー差し出すと、彼は実験に集中しているのか見向きもしなかった。


 これには流石のアラアクナもイラッと来たのでスプーンでその何かを掬って、横から無理矢理口に含ませた瞬間ケルヴィアが光の粒子と化した事もあった。




 睡眠不足に関しては寝ろと促す、もしくは魔法で眠らせるしかなかった。


 耳元で囁くように促せば同時に彼がどれくらい自分に対して警戒してるのか測れると意味が分からない考え方をしたアラアクナは実践してみた。

 

 そ〜と近づき、耳元で「早く寝なさいな」

 とーーこの時点で優しからいたずら心100%に変化しているーー囁くと驚くことが起こった。


 ケルヴィアがバッと振り向いたのだ。あともう少し近ければ………と思い出したアラアクナはその先を考えないようにした。



 一つのことに集中し過ぎて飲まず食わず、挙句睡眠も取らないという人間なんて聞いたことがない。この世界に住む人間でさえそんなことはしないというのに……まだやって来たばかりの彼はそれを行なってる。


 頭のねじが外れて代わりに不良品でも捩じ込まれているのでは?とアラアクナは思わざるをえなかった。




 そんなあまりにも濃厚すぎる数十日を過ごしたアラアクナは家の一室にある特注の自分専用ベットで横になって独り言を漏らす。



「絶対に寝てないですわ。あの人」


 部屋を出る前に軽く促すような言葉を送ったが、どうせ無駄だろうとアラアクナは既に確信していた。


「……計画のためとは言え、流石にこれが続くと辛いですわね。暇ですもの」


 彼女の計画……薄々ケルヴィアには感じ取られている事を気づいてはいるがまだ完全には分かってないはずだとアラアクナは思いながらそんな事を呟く。


 そう、暇なのである。


 処女の集まり(フェレアニリーア)リーダーの時は常に動いていたので暇な時というのはあまり無かった。そのため常に暇という変化に追いついていないのだ。


「もう少しくらい同居人の事考えて欲しいものですわ」


 アラアクナは一回実験に集中して過ぎて名前を呼んでも無視するケルヴィアにイラッとしたため、どこかで覚えたジャーマン・スープレックスをお見舞いしてやろうかと思った事があったがあと数センチの所で耐えた事もあったりした。



 自分はケルヴィアに構って欲しいのかどうかと言われたら答えられないが、少なくとも暇を紛らわす事をして欲しいと彼女は思う。



「………でも、お礼を言われた時は嬉しかったですわね」


 何故か再燃し始めたケルヴィアに対する怒りをつい先程の出来事を思い出して消化させる。



 今までお礼を言われたことは何度も、それこそ数え切れないくらいあった。嬉しいと思える時はあったけれど、あそこまで自分は嬉しいと思ったのだろうかと疑問に思う。


 心が跳ねた、そんな感覚があの時のアラアクナを襲ったが動揺はしてなかったはすだ。ただ、笑みを浮かべていただけのはず……



 苦労した結果言われたものだからこんなに嬉しいのだろうか?とアラアクナは考え、それ以上考えても何も分かるはずもないと思って目を閉じた。



 起きたら彼は果たして死にかけていたりするのだろうか?それとも一度死んで蘇るから逆に健康な顔つきになっているのだろうか?


 もしかすれば実験が成功しているのかもしれない……あの眼を発現させているのかもしれない。


 あの"魔導神ノ眼"を……






料理下手というのは定番です。

今更ですが、この世界では死はとても軽いです

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