理不尽の権化
僕は咄嗟に転移魔法を発動させようとした。目の前の集団から逃げるためだ。
しかし…
「逃しませんわよ?」
「っ!?」
転移魔法が発動しないだと?
原因を確認しようと周りを見ると、転移無効化の結界が展開されている事に気づいた。
「いつの間に」
「貴方が転移しようとした瞬間ですわ」
とんだ化け物だ。転移をするしない以前に出来ないようにするとはな…
並の魔法士の転移無効化結界ならば確実に穴があるためそこから転移することは可能なのだが、アラアクナが展開した転移無効化結界は完璧で穴など存在してない。
冷や汗が垂れる感覚に襲われているとアラアクナは小さな笑みを浮かべながら言ってきた。
「ケルヴィア様、一つ私と手合わせをいたしませんか?貴方が勝てば私たち処女の集まりは手を引きますわ。しかし、私が勝てば少々お付き合い願い致しますわ」
勝てない、と分かっていてもこの場面……頷くしか道は存在しない。
質問に答えず逃げたところで捕まり、断ったところで追いかけられる。頷くしか道は存在してない…か。
「分かった……」
「では、こちらへ来てくださいな」
アラアクナがゆっくりと何処かへ向かって歩き始め、僕はそれに続く。
「ケルヴィア、頑張れよー」
「スグル、覚えておけよ」
「これも洗礼の一つなんだぜ」
「それとこれとは話が別だ」
「まっ、俺も観戦はしに行くから無事に終わったらお話聞いてやんよ」
絶対にこいつは痛い目を合わせる。そう決心した僕だった。
アラアクナの後を歩き、着いたのは闘技場のリングのような場所だった。ただしリングらしき場所はとても広く、周りには階段上の椅子があるだけだ。
「ここで手合わせ願いますわ。一回でも私を傷を負わせることが出来たらその時点で貴方の勝利ですわよ」
「あぁ…せいぜい醜く抗ってやる」
「勝つ気はありませんの?たった一回傷を負わせるだけですわよ?」
「お前の実力を知らない上に、事前に知ってる情報だけでも格上の存在なんだ。僕が勝てる試合だと思うのか?」
「それは分かりませんわ。でも、私は手加減をするつもりなのであるいは、と言っておきますわ」
舐められたものだ、とは思わない。正直手加減された状態でも余裕で負けそうだからだ……せめて、封印が全て解除されていたならと考えたが結末は変わるはずもないな、と思う。
僕とアラアクナは中央に立つ。次の瞬間、観客席とリングを隔てるように結界が張られた。被害が観客席にまで及ばないようにするためだろう。
観客席には処女の集まり達とスグル、他数十名が居る。娯楽のようなものだと思っているのだろうか?それとも僕の実力を図ろうと?
「では、ちょっとしたルールの確認をいたしますわ。転移はこの結界の中ではあり。時間は今から丁度1日間。武器、魔法、魔道具は全て使用可能。ただし、魂破壊の魔法等は禁止とさせていただきますわ。何か質問は?」
「時間というのは?」
「一回死んで降参では面白くありませんもの。丸一日間戦い続けてこそ、その者の本質が分かりますわ。直ぐに心が折れたり無様に蹲るだけなら伴侶には相応しくありませんもの」
「なるほどな……一応分かった」
「では、合図をそちらのスグル様にお願いいたしますわ」
「俺っ!?…あー、おけ。コホン……
ケルヴィア対処女の集まりリーダー、アラアクナの決闘の始まりを今ここに宣言する!!始めぇぇ!!」
さて、何回死ぬのや………視界が暗転する。と、思ったら見えるようになった。
何が起こったのか困惑してるとアラアクナはふふふっ、と笑った。
「あら、死ぬのは初めてかしら?この世界に来てある程度経ってると聞いたけれどまだ死んでなかったなんてかなりお強いのね」
「なっ…」
「さっき、貴方は私に首を飛ばされて死にましたわ」
殺された事すら知覚出来なかったのか?そもそもアラアクナが動いたことすら分からなかったぞ。
「化け物め」
「乙女に化け物だなんて酷いですわね」
そんな冗談に返事を返す余裕は既に失われてる。
最大限の補助魔法を自分にかける。
【身体強化】【聴力強化】【視覚強化】【第六感強化】【身体硬化】。
これで対応出来なければ……いや、対応してみせる。
「どこからでも攻撃してきてもいいですわよ?」
「ならお言葉に甘えて。[全魔法の槍々よ 二十に分裂し 降り注げ] 【魔法槍雨】」
今僕が扱える全ての魔法で一種類20本の槍を作り出して空に浮かべる。
色とりどりな魔法の槍が空を埋め尽くさんばかりに浮いている。
「綺麗ですわね。ずっと見ていられますわ」
余裕な表情を浮かべそんな呑気な事を言うアラアクナの様子を見て不安の感情が湧いてくる。
この魔法でどうなるのか、かすり傷を与えられたら大金星だと思いながら僕はゆっくりと右手を振り下ろす。
次の瞬間、空に浮かぶ魔法の槍々が風切り音を響かせながらアラアクナ目掛けて降り注ぐ。
魔法同士による特殊な反応が起こり、土埃や大爆発、バチバチッと言った音が辺りに鳴り響く。
それだけで安堵して攻撃の手を止める僕ではない。
自身に最大数、最大硬度の障壁を纏わせて空間魔法を使い2つの見えざる手を作り出す。
本来ある2つの手と見えざる2つの手に【細胞破壊毒】の魔法を纏わせて僕は地面を蹴ってアラアクナに接近する。
そう思って行動しようとした瞬間だった。
「どこに行きますの?」
耳元で優しく囁くように、そう声が聞こえた。
「っ!?」
関節など存在しない見えざる手を背後に対して振り回すが得られたのは空を切る感覚のみ。
「随分怖いものを纏わせてますわね。それと、先程の魔法は面白いものでしたわ。複数の魔法で構成された槍を一点に降らす事で様々な物理現象を引き起こす事ができる」
「最初から食らってなかったのか」
「えぇ。あの中に空間属性の槍が混ざってましたもの」
障壁や結界を無視する特殊な特性を持つ空間魔法だが、当然察知されていつの間にか違う場所に逃げていたのか。
やはり、いつ動いたのかが分からない。探知では彼女は動いてなかったはずだが……もう探知で得た情報は信用出来なくなった。
「それと、それは毒かしら?」
「…そう思うのなら手を握ってみたらどうだ?」
「あら、素敵な言葉ですわね。触っても大丈夫なら是非お手を繋ぎたい所ですわ」
【細胞破壊毒】はもう見破られているか。ただ、効果はあると思った方がいいな……
僕の得意分野で詰めてみようと思い、構えを取る。
「魔法士ではありませんの?」
「どちらかというと僕はこっちだ」
普段なら手甲などを装着するが、代わりに今は【細胞破壊毒】を纏わせてるから不要だ。
「ダンスのお誘いとは光栄ですわ」
その言葉と同時に僕は地面を蹴って一気に接近し、風魔法で加速させた回し蹴りをするが、アラアクナはまた小さく笑った後、手のひらを差し出してくる。
「一緒に踊ってくださるかしら?」
「生憎と、今はそんな余裕は無くてなっ!」
返答として見えざる手で拳を突き出すがいつの間にかアラアクナの姿は消えており、背後に立っていた。
「振られてしまいましたわ。では、そろそろ私も反撃の方をしますわよ?」
そう言った直後、突然見えざる手が消失した。
「何を…?」
「ご自分でお考えくださいな」
そう言いながら彼女は蜘蛛足の一本をこれ見よがしにフラフラさせる。まさか、あの足が何かしたのか?
「お次はこちらですわよ?」
別の足を目立つように揺らしたと思ったら、アラアクナの背後に何か得体の知れない魔法の槍が現れる。見たこともない僕が知らない魔法だった。
「当たったら死にますわよ?頑張って避けてくださいな」
槍が射出されたと思ったらその姿が消えた。
一瞬だけ疑問を覚えたが勘が告げてきた……今直ぐその場から動き回れ、と…
勘に従い僕はその場から離れる。直後、先程まで居た場所の空間がぐにゃりと歪んだと思ったら地面が不自然な形に消失した。
そんな光景を見て僕は目を見開くが足は止めない。何故なら僕を追うように次々と地面が消えていくからだ。
逃げながら仮説を立てる。あの魔法は空間関係の魔法なのではないかと?それならば地面が消えたことにも理解は出来る……ならば。
「【空間断絶結界】!」
「無駄ですわよ」
また別の足をフラフラさせたと思ったら、僕が張った【空間断絶結界】がなんの前触れもなく消失した。
「ふざけやがって…」
「グラシャスから聞いておりませんの?私の力について」
「教えてくれなかったな」
「そうでしたの。知ってると思ってましたが知らなかったとは……特別に教えてあげますわ。私の足の一本一本にはとある力が宿っておりますの。といっても6本だけですわ」
「まさか僕の魔法と結界が消えたのも」
「そうですわ。魔法破壊と障壁・結界無効化の力ですわ。他にも全魔法使用可能だったり魔法即座発動なんかもありますわよ?」
その言葉を聞いた瞬間、僕のゼロに近い勝機が完全に潰えた音が聞こえた。
天地がひっくり返っても勝てる未来が見えない。彼女が自身の種族を蜘蛛神と言っていた理由も今なら理解出来そうだ。
「どうされましたの?まだまだ時間はたっぷり残っておりますわよ」
「どう足掻いても勝てる未来が見えなくて諦めかけているんだよ」
「…?あぁ、そういうことですの。なら少し面白い事をしてあげますわ」
そう言うとアラアクナは足の一本が不気味に光り始めた。
「私と貴方はお仲間ですわ」
「何をっ…!?」
キィィィィィン……と頭の中から甲高い音が鳴り響く。耳鳴りとはまた違う、不快感を覚えるような音だ。
周りの音が全てそれに掻き消され、思わず頭に手を当てる。視界が安定せず世界が波打っているかのように見える。
目の前のアラアクナの口が動いているが何も聞こえず、代わりに両眼と頭に凄まじい激痛が走った。
「っあぁぁぁぁ!!!?」
無理矢理眼孔の奥に異物を入れられて、そこからさらにぐちゃぐちゃにされているような…はたまた眼球を握り潰そうとしているかのような痛み。
頭の中の脳みそを内側から食い荒らされているかの如き、形容し難い痛み。
思考が安定せず、体が意識を手放せと訴えかけてくるが痛みのせいでそれは叶わなかった。
早く終われ、と願わんばかりの激痛がいったいどれくらい続いたのか分からなかったが…突然パッと痛みが消失した。
「はっ…はっ……」
「耐えるとは少し予想外でしたわ」
先程の痛みは幻痛?とでも思いたくなるような現象に僕の頭は未だ混乱していた。
そんな混乱をかき消すために僕は空間収納から短刀を取り出して震えている足に思いっきり突き刺した。
「何をしてますの?」
「くっ……」
当然の如く痛い。しかし、同時に何故か安堵した。
「……ふぅぅぅ。今、何を…し、た?」
そう言いながらゆっくりと目を開けると、世界が変わっていた。
そう表現する以外他ない程に、僕の視界に映る世界は変わっていたのだ。そして、その光景に僕はどこか見覚えがあった…
空気中に蔓延している薄紫色の煙のような物……これは魔力か?
「貴方の目にはどう映っているのか私には分かりませんわ。ただ、一つ分かるのは貴方は私と一緒という事だけですわ」
「……10分、いや20分ほど時間をくれないか」
「私はいいですわよ?観客の事なんて気にしなくてごゆっくりしてくださいな」
心がようやく冷静さを取り戻し始めたが同時に、悪い癖が顔をちらつかせてきた。
研究欲である。
未知の物を見つければ納得いくまで研究をし、理解をする。時間や効率、工程、費用などは一切気にしない……ただのどこまでも飽くなき探究心のようなものだ。
「20分、たった20分で僕の状態について完全に理解してみせる」
「ふふっ、楽しみにしてますわよ」
周りの事、目の前のアラアクナの存在のことを意識から外し僕は全力で、この視界に映る世界について調べ始めるのであった。
インフレキャラ二人目




