向けられる嫉妬の視線
パァ…と魔法印が完全に定着した証拠の光を確認した僕は、深呼吸を一つしてから小さく呟いた。
「完成だ」
濃紺色で青紫の装飾を施した改良型のローブだ。魔法印も複数刻んであり、ポケットには空間拡張の魔法印を刻んでいるため見た目以上の多くの物が収納出来る。
ズボンは濃紺色と同系統の濃い色だ。ポケットとかは無く、動きやすさや快適性のみを追求している。これもまた多くの魔法印を刻んでいる。
下着ーーパンツに関しては、まぁ……普通だ。
他にも余った布地を使ってクリューオルとアロメダ用の衣類も仕立てたのだが、それでも余ったのでローブ下に着用する肌着みたいなものも仕立てた。
完成して思ったのだが、暗い色だな。
せっかくこんな場所に来たのだから今まで来たことのない鮮やかなタイプにしてもよかったと思っている。もし不評ならば魔法で別の色にしてみよう。
さて、早速着てみようか。
魔法で体を清潔にしてから、誰も入ってこないように扉を固定させて着替える。
改良型ローブの良いところは魔法印を多く刻める所だ。本来のローブとは構造が違うからな。
「うむ、素晴らしい着心地だな」
布地を触った時点で分かってはいたが、一言で言うならば柔らかいのだ。そのお陰で肌触りに関しては文句のつけようがない。むしろ、口を開けば称賛の言葉が代わりに出てくるだろうな。
元々着ていた服ーー囚人服ともいうべき質素な服ーーは空間収納にでも入れておこう。
「……魔法印の効果は正常に発動中、魔力の通りも良い」
着心地を確認した次は機能確認だ。一つ一つ丁寧に確認していき、問題は一つもなかったので本当に完成と言ってもいい。
昔、工程時はよくても出来上がったら何故か壊れてしまう事があったのだ。それ以降、こうやって確認をするようになった。いわば完成検査みたいなものか。
「次は片付けと解除か」
ここ数十日お世話になった机と椅子を魔法で新品同然の状態にしてから元あった場所に戻し、遮音結界と清潔結界を解除する。
二つの結界を解除した瞬間、扉の向こうから走ってくる音が聞こえた。
音的に1人、それに子供か?ふむ……と、なると。
軽く予想をして答えを導き出す前に扉が割と強目に開けられ、足音の正体が現れた。
「廊下は走らない方がいいぞ?アロメダ」
最初に比べたら天と地程に感じが変わったアロメダが僅かに息を切らしながら僕を見て驚いていた。
何に驚いているのだろうか?と思っているとアロメダはゆっくりと口を開く。
「完成、したの?」
「あぁ。つい先程な……まぁ、見て分かるが暗い色でな。不評なら逆に鮮やか…いや、明るい色にしてみようと思ってるが、どうだ?」
まだまだ少女のアロメダに感想を聞くのはどうなのか?と思ったが、子供というのはあまりお世辞を言わずに素直な感想を述べてくれるのでありがたいのだ。
アロメダはう〜んと唸りながら僕の周りを回って吟味し、そして感想を述べた。
「普通」
「…そうか。貴重な意見、ありがとう」
良くも悪くもないか……あと2、3人聞いてみるとしようか。
「それより、ケルお兄ちゃん……えっと、その」
「なんだ?」
「っ…ううん、やっぱり、なんでもない」
「そうか」
何を言いたいのかは分からないが、無理に言わせる必要はないしな。
「さて、僕はグラシャス殿かメディサ殿のどちらかに話をしにいきたいが、今は大丈夫か分かるか?」
「うん、どっちも大丈夫」
「そうか。早速会いに行くか……ん?」
部屋を出ようと思ったら腕の裾部分を掴まれた。誰かと言うともちろんアロメダだ。
若干顔を俯いているアロメダは何か言っているようだがあまりにも小さすぎて聞き取れなかった。しかし、なんとなく分かったので僕はしゃがんで彼女の手を取る。その際にビクッと震えたが気にしないようにした。
「アロメダも一緒に来るか?あの2人も君の今の姿を見たら嬉しいだろうしな」
確かメディサ殿はアロメダが自分から誰かに話しかけた事は無く、僕が初めてだということを言っていたしな。まぁ、もう見慣れてるかもしれんが。
僕の質問にアロメダは数秒だけ迷う素振りを見せて、ゆっくりと首を縦に振った。
「じゃあ行くか」
「待って」
「ん?」
「ぁ……なんでも…ない」
この辺りに関してはやはり時間が解決してくれるとは思うが、少しばかり手助けもしてみようか。多少なりと短縮がされるかも知れないしな。
そんなことを考えた僕は早く行こっ、と言いながら引っ張ってくるアロメダに問いかける。
「アロメダ、遠慮はしなくてもいいぞ。我慢をするのはまだ君には早すぎる」
「その言葉を待ってた……ん!!」
アロメダは僕に向かって両手を伸ばしてきた。どうやら、彼女は僕が思うより賢いようだ。まさか、わざとだったとはな。
「…分かった」
僕は諦めて彼女を抱き上げて慣れた手つきでそのまま肩車の体勢をとる。何故慣れているかと言うと、休憩時間に2人と遊んでいる時にしたことあるからだ。
肩車をする度にクリューオルがずるい、と言っていたな。
「ふんふ〜〜ふふ」
ご機嫌なアロメダを肩車したまま僕は、まずグラシャスの元へと向かった。
グラシャスの元へと向かうと、メディサも居た。一石二鳥だな。
まぁ、そんな事より僕がアロメダを肩車して現れたことに2人は驚いた表情を見せたが、その後の表情が綺麗に別れた。
グラシャスは数秒固まったと思ったら今度は血涙でも出るんじゃないかと思うくらいに嫉妬で染められた視線を向けてきた。
メディサはアロメダの方を数秒見た後、何やら優しい笑みを浮かべて見てきた。深くは考えないようにしておこうか……考えたらグラシャスが何か勘づきそうな予感がするしな。
それはともかくとして、まずは服が出来上がった事とクリューオルとアロメダに送る2着の事、そして感謝を伝えた。
「良い服が出来上がったようで何よりです……それは置いといて、何故、まだ、アロメダを、肩車、してるんですか?」
「知らん。アロメダが降りたくないそうだ」
「私だって肩車したことないんですよぉぉぉ!!!」
嘆き始めたグラシャスに呆れを込めた視線を向けながら次はメディサが話しかけてきた。
「本当にこの数十日、飲まず食わずでしたね。流石に驚きましたけど無事なようで安心しました。それと、クリューオルとアロメダの為にわざわざ服を仕立ててくださり、本当にありがとうございます」
「礼を言うのはこちら側だ。僕の我儘を聞いてくれた事、本当に感謝する。
この2着は魔法印を刻んで常に清潔かつ、着用者の身を守るちょっとした細工がしてある。害はない」
そう言って2着ともメディサに渡すと、彼女は繊細なものを扱うかのような手つきでそっと受け取る。
「やはり魔法印を扱えるとは素晴らしいですね」
「シーラの服屋のシーラから聞いたが、この世界ではまだ魔法印が一般的ではないようだから僕はこの技術に関しては出し惜しみせず公開していこうと思っている。そして、これにはグラシャス殿の力も借りたい」
「……私ですか」
ようやく落ち着い……いや、まだ落ち着いてはいないが流石に空気を読んだか。
グラシャスは一応この第6の町のリーダーだ。彼ならこの町はもちろん、他の町でも顔は知られているだろうから僕が発言するより彼が発言する方が早く情報が早まるはずだ。
そう言った事を説明するとグラシャスは少し考え込んだあとにこう言ってくる。
「確かに私ならこの世界に来たばかりの君に比べたら繋がりはありますから情報は早く出回るでしょう。しかし、それは君の仕事です。私がするのは嘘ではないと証言するだけです」
「情報源を僕にするのか」
「はい。もし私が魔法印の事を口にして広めていけば少し不都合も生じますしね……これはこちらの話なのでお気になさらず。その他にも色々理由があり、それらを考えるとケルヴィアが魔法印の事をどんどん広めていって、私はその話に信憑性を付けるために発言するだけです」
向こう側の都合と言われれば深くは詰めれないのはどうしようもないこととして、信憑性のために発言してくれるのはありがたい。
この世界では無いと願いたいが、やはり少数ではあるが湧くのだ。これは本当なのか?嘘じゃないのか?と言う人たちが出てきてしまった場合には、第三者の証言ーー可能ならば顔が広く知れ渡っている者ーーがあると助かるのだ。
そして、その第三者をグラシャスが務めると言っているのだ。
正直、なんでも良いのだが断るのは少し申し訳ない。これ以上我儘を言うのは流石に僕が僕自身を許せない。
「分かった。頼りにする……また時間があればお礼として何か贈り物を作ってみる。必ずだ」
「楽しみにしてます」
今後の友好関係的に彼と子供達の仲を深めるような物を送るのが一番良いはずだ。何かないか考えておこう。
「話を変えますが、これからケルヴィアはどうするつもりですか?」
魔法印の件に関してはこれ以上言うことはないのかグラシャスがそんな事を聞いてきた。それと同時に肩車をしているアロメダの手に力が入ったのが分かった。
頭をーー厳密には髪の毛をーー掴んで落ちないようにするのは全然いいのだが力は入れないで欲しい言いたくなった。
「そうだな……残りのやりたい事をこの町で終えたら旅をするつもりだ」
「どこか別の町を?」
「適当に旅を続けて、見つけたら立ち寄るつもりだ」
最初は別の町を目指そうかと思っていたが、どうせなら目的もなく放浪して見つけたら立ち寄る方が面白いと思ったのだ。
「そうですか。では、出発する前に一言だけ知らせて下さい」
「…? 分かった」
自分が伝えたいことは全て伝え終えたし、そろそろお暇しようと思ってアロメダを下そうとしたが、まったく離れない。
「……アロメダ?」
「……」
「どちらでもいいからなんとかしてくれないか?」
保護者2人に視線を送ると、グラシャスが素早く立ち上がった。
「アロメダ、いつまでもそうしていたらケルヴィアに迷惑ですよ。ほら、降りない」
「やっ」
「我儘を言っては嫌われますよ?」
「……」
親馬鹿だが頼りになるな、と思っているとアロメダが思いがけない反撃を繰り出してきた。
「…誰に、嫌われ、るの?」
「もちろん私やケルヴィアにですよ」
「うぅ〜〜ケルお兄ちゃんに嫌われたくないから降りる」
「…おや、私は?」
「お父さんはどうでもいい」
「カハッ……!?」
アロメダをゆっくりと下ろしている傍ら、実の娘からどうでもいい発言を送られたグラシャスは胸に手を当てて膝から崩れ落ちた。
「ケルお兄ちゃん、またね」
「…あぁ。メディサ殿、グラシャス殿の後始末等はよろしくお願いする」
「えぇ」
そう言って僕はその場を後にし、数十日ぶりに外へと出た。
「腹が減ったな……何か食べるとしよう」
腹が減ってはやる気も出ないしな。そう思った僕はニカラのレストランへと向かった。
モテモテだなぁ……




