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8話

一方、私がいなくなった侯爵家にはそのころ暗い空気が満ちていた。


私が逃亡した日、私が薬草採取から戻らないことを報告してきた侍女に手に持っていた扇子を投げつけながら、リリアーナは叫んだ。


「お姉様がいなくなったですって?どういうことよ!」


私に魔法薬作りを命じたのはリリアーナだったし、足りない薬草を一人で取りに行かせればいいと言ったのも彼女だった。しかしそんなことに構うことなく、リリアーナはヒステリックな声を上げた。


「お父様にバレる前に何とかして!早く!」


リリアーナはそう命じたが、粗雑な扱いはされているとはいえ侯爵令嬢であった私の不在をそう隠し通せるものではなかった。私の失踪はすぐに父の知るところとなった。


「セラフィアがいないとはどういうことだ?」


「わ、分かりません。でもお姉様は環境が変わっても反省されている素振りが見えませんでしたわ。本邸で生活できないことに腹を立てて、家出したのかもしれませんわ」


リリアーナは、父に私が彼女を虐めたり、使用人に酷く当たったりすると嘘を吹き込んでいた。そのため父は私に反省を促すために小屋へ閉じ込めているつもりでいた。そのためリリアーナは咄嗟にそう嘘をついたのだった。


「とにかく騒ぎにならないようにしてアイツを探すのだ。あれでもジョージア殿下の婚約者なのだ。見つかるまでは病に臥せっているということにでもするしかあるまい」


私がリリアーナに虐げられているとは夢にも思ってもいない父は、彼女の言うとおり私がいなくなったのは突発的な家出だろうと判断した。ワガママで出来損ないの令嬢である私では、誰の手も借りずしては家を出ることすらできないだろうと父は思っていた。そのため、屋敷に出入りする人を洗えばすぐに私は見つかるだろうと父は踏んでいた。

どうせすぐに見つかるだろうから、それまでの間は私は病人ということにしておけばいい。そう思って捜索を始めた彼らだったが、私は一向に見付からなかった。

私を使用人に見せかけて外に出した侍女はリリアーナに脅され口を閉ざしていたし、私を荷馬車に乗せた御者は私を侯爵令嬢だとは思っていないので、私のことはもちろん知らないと答えていた。

父たちが次第に焦りを見せ始めた頃、彼らの耳に予想外の噂が飛び込んでくることとなった。


その噂とは、セラフィア侯爵令嬢は自ら失踪し、命を断ったというものだった。


父は焦ってその噂を否定したが、本人がいないため明確な証拠を示せず、噂を鎮火させきることができなかった。さらにその自死を選んだ理由が妹により功績を奪われ、冤罪をかけられたからだという噂まで流れ、侯爵家はパニックになった。

父はそちらも否定しようとしたが、肝心のリリアーナが噂を肯定するかのように、それまで発揮していた高い能力を示すことができなくなっていた。当然だ、それらは私から奪ったものだったのだ。私の失踪後も維持できるはずがなかった。


いつまでも病気ということで、誰からの見舞いすらも受け付けないセラフィア。姉が表舞台から姿を消した日からその能力に急に陰りが見え始めたリリアーナ。


噂は鎮火するどころか、より大きなものとなり、ついには王家による調査が入るまでとなった。



王家による調査が入ったことで、父は観念して私の失踪を認めた。しかし私が命を断ったというのも、リリアーナが姉から奪い、虐げていたということも、事実無根だと訴えた。

どこからそんなバカげた噂がと嘆く父の前に、王家から派遣された調査員は一枚の遺書を示した。


それは私があの王都を出る前に、母方の祖父母とかつて交友のあった噂好きのご令嬢二人に送った遺書だった。


『何もかもをリリアーナに奪われ、信じてくれる人もいない今、どうして私が生きている必要がございましょうか。どうか身分を捨て、静かに消えることだけは、私に残された唯一の自由としてお許しください』


リリアーナによる冤罪でもう失うものがないこと、虐げられていたのは自分の方であること。事実の後に命を断つことを綴ったそれは、「侯爵令嬢であるセラフィア」の遺書だった。


この遺書を送ったとき、受け取ってすぐ彼らがこの内容を信じるとは思っていなかった。「あの悪女、最近見かけないわね」ぐらいでも他人に話してくれれば十分だと思っていた。それぐらい私の信用は既になかったからだ。恐らく最初は虚言だと思われるだろうと思っていた。


けれども、その私が病に伏せているということで社交界にもしばらく顔を出さなかったら?天使のように愛らしく優秀なはずのリリアーナが、その実力に陰りを見せ始めたら?

そのとき彼らは思い出すはずだ。かつては虚言だろうと切り捨てた私の遺書のことを。もしかしてあれは真実だったのではと思い始めるはずだった。


私の目論みどおり、噂好きのご令嬢がまず我慢しきれず私の遺書の話を友人にもらした。


「ずっと黙っていたんですけど、実は私セラフィア様からあるお手紙をいただいていたんです。そのお手紙というのが……」


完璧と思われていたリリアーナのゴシップ。優秀な彼女を妬む存在も少なからずおり、人の不幸ほど話題は盛り上がるため、噂は瞬く間にひろがった。そうして噂が噂を呼び、ついには王家まで動く騒ぎになったのだった。


この遺書の内容を踏まえて改めて調査を行ったところ、私を薬草採取に向かわせた侍女が口を割った。彼女の証言から、荷馬車の御者にも当日のことについて確認が行われた。


「5月の末ですか。確かにその頃にあのお嬢さんを荷馬車に乗せました。帰りですか?本人が寄るところがあるからって断ったので、送ったきり会っていません」


そこまで証言して、聴取を受ける自分を取り巻く空気の不穏さを感じ取ったのか、御者はこう続けた。


「あの子、あの日は元気がなかったのですが、何かあったのでしょうか?思い詰めたような顔をしてましたし、去り際にいつもよりも丁寧なお礼も言ってくれたのです。今から思えば、まるで今生の別れのような……」


その言葉を聞いて調査員たちは息を飲んだ。私の生死が疑われている状況で、彼らにはその私の言葉が私の覚悟を示していたかのように聞こえたことだろう。


さらに、『身分を捨て』という遺書の一文から、私が地位を自ら返上していることも明らかとなった。

受付をした事務員は調査員にこう証言した。


「はい、よく覚えております。その、とても侯爵令嬢とは見えない格好でいらっしゃいましたので。あの方は地位を返上することに迷いはないご様子でした。それと、ああ確かこうおっしゃっておりました。『私にはもう不要なものだ』と」


私は『平民になりたい私には不要』という意味も込めてそう言ったのだが、調査員たちには『この先生きる気のない自分には不要』と聞こえたことだろう。


それらの証言や、調査の結果遺書の内容が事実であったこと、捜査はしたが王都を出た後の私の行方が忽然と消えていることから、「セラフィア」はもうこの世にはいないだろうという結論が下された。

そうして虐げられていた悲劇の侯爵令嬢であるセラフィアは社交界の注目を集める中、しめやかに故人として送られることとなった。


死体こそないが、セラフィアは死んだ。そうなればいいと思いながら私が仕向けた通り、その原因となったリリアーナ、ジョージア殿下、私の父には、私が冤罪を証明され再び侯爵令嬢として戻されたときより厳しい目が向けられた。


公衆の面前での婚約破棄や平民としての追放こそはしていなかったが、前回と違って私は死んでしまったのだ。犠牲という意味では前回よりもはるかに大きいものであった。


リリアーナは冤罪をでっち上げたことや、私の功績を奪っていたことを全て世に晒された。足掻くように「お姉様はお優しかったから、ほら、私にご自分の成果を譲ってくださったのよ」と嘘をついたが、誰もその言葉をもう信じなくなっていた。

ジョージア殿下も私を蔑ろにしていたことや、婚約者のために当てられていた予算をリリアーナのために使っていたことまでバレてしまった。

父も正式な血統を持つ私を信じず、リリアーナの言葉ばかりをよく確かめずに信じていたことが明らかにされた。


彼らには前回よりも厳しい処分が下された。


「皆私の言うとおりだって言ってくれていたじゃない?天使のように愛らしくて素晴らしいご令嬢だと褒めていたじゃない?なのにどうして私がこんな目に!あり得ないわ!嘘よ!ねぇジョーに確認してよ!愛する私のために、彼の権力でこんなの無罪にしてくれるわ!早く!!」


「私はリリアーナに騙されたんだ!皆も彼女を信じていたじゃないか?私だけがどうして責任を問われる?あんなみすぼらしい女より、顔も体もいいリリアーナに興味をもって何が悪かったというのだ!どっちも私の地位に釣り合う侯爵令嬢だったじゃないか!おい、私は王太子だぞ!離せ!不敬だぞ!」


「私は愛娘であるセラフィアを案じていたとも。ええ、あれは躾だったのです。粗末な生活も、全てそうですよ。私の愛なのです。本当です、私はあの子の父親なのですよ!おい、失礼なことを言うな!何でこうなったんだ!アイツだ、アイツさえ変な選択をしなければ!くそっ!」


そうして彼らは持っていた全てを取り上げられ、落ちていった。

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