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7話

そこから数日かけて、誰にも煩わされない環境で私は色々な準備をした。そしてそれが終わったある日、リリアーナの侍女が私に仕事を押し付けに来たときに、あの頃のように覇気のない顔で薬草採取に行く必要があると伝えた。これは外へ出るための嘘だったが、この頃は度々こうして外に出ていたため疑われもしなかった。

侍女は面倒くさそうに私に質素なワンピースと外套を持ってきて、一時間後には出るわよとだけ伝えてきた。


そういえばこういう対応だったなと内心懐かしみながら、私は手早く着替えをした。準備を終え、指定された時間に裏門へ行くといつもの荷馬車が私を迎えに来た。いや、厳密に言うと荷物のついでに私を王都の外へと繋がる門のところまで乗せてくれるのだ。

久々に荷馬車の荒い揺れを感じながら、私は今日これからすることのことを考えていた。しっかりと計画を立てたつもりだが、不確定なところも残っていた。そのことを考えていたこともあって、普段なら気のいい御者と軽い会話をしていたが、その日は少しうつむき、黙ったまま私は荷馬車に揺られ続けた。


私のことを使用人の一人と聞かされている御者は、私を門のところまで送ると、帰りの時間だけを伝えて去ろうとした。


「いつものように昼過ぎの鐘がなるころにはここにいてくれよな、お嬢ちゃん」


薬草採取の日はそうしていたが、今日の私の目的はそこにはなかった。そのため、御者には丁寧に断りを入れた。


「おじさん、今日は私、寄るところがあるから別の馬車を使うわ」


「そうかい。女の子一人だ、気を付けるんだよ」


この御者はずっと私のことを一人の女の子として扱ってくれた。あの頃の私にとって数少ない私を虐げない人であった。この後の私の行動を思うと、会うのはきっとこれが最後になる。そのため、私は感謝の気持ちも込めて彼にこう伝えた。


「はい。おじさん、いつも私に優しくしてくれてありがとうございました。私、この荷馬車での移動の時間が好きでした」


「ん?急にどうしたんだい?何、お前さんを送るのは荷物のついでさ、いいってことよ」


じゃあなと去っていく御者の姿が見えなくなるまで見送ったあと、私は門を出ずそのまま王都の中へと戻っていった。途中乗り合い馬車に乗り、まずは教会へと向かった。


王都で一番大きな教会は貴族から金銭を預かる仕事もしていた。そこで私は母が私名義で遺してくれていたお金を全て下ろした。昔の私はこのお金のことを知らなかったが、ロゼルダ殿下と婚約したあとに父が教えてくれたのだった。これで当面の生活費を確保できた。


次に私は王城の隣にある役所へと向かった。ここで私は貴族籍から完全に抜けるための手続きを行った。前回は第三者による除名処分であったため元の地位に戻されてしまったが、今回はそんなことがないよう私本人の意思により完全に地位を返上した。

貴族の地位を自ら捨てるのなど、税金が納められずやむなく返上する人ぐらいであるため、受付の役人にはしつこいほど確認をされた。


「本当に、本当によろしいのですね?」


「ええ、何度も申している通りです。手続きを進めてください」


「自らの手で返上した地位はいかなる理由があっても戻せませんよ?」


「構いません。それはもう私にとって不要なものですから」


かつての私には貴族であることを捨てるという選択肢はなかった。産まれてからずっとそうして生きていたし、それが当然なのだと疑いもしていなかった。

けれども追放された過去の記憶がある今の私には、市井で生きるという選択肢があった。虐げられていても、そこから救われても窮屈だった貴族生活に未練などなかった。潔くそれを捨ててやった。


それらを含め、細々とした手続きを終えた私は王都の中心にある公園へと向かった。王都の外へ出る馬車の乗り場であるこの場所で、私はある人と待ち合わせをしていたのだった。


足早に約束していた場所に向かうと、メイド姿とは違う、でも記憶にある懐かしい格好をしたケニーがいた。彼女は私に気づくと駆け寄ってきてくれた。


「……本当にいらしたのですね、お嬢様」


ケニーはどこか確認をするかのように、質素な姿をした私を見ながらそう呟いた。

あの頃の私しか知らないケニーがそう思ってしまうのも当然だと思った。リリアーナに虐げられていた頃の私は色々なものを失いすぎてもう彼女に逆らわなくなっていたし、貴族をやめるなどとは決して言わなかっただろう。

そんな「私らしからぬ」行動をして、いきなり一緒に平民として生きてほしいと頼んできた私のことを信じて、こうしてここに来てくれたケニーには感謝しかなかった。


「当たり前じゃない、ケニー。私から言い出したことよ」


「そうですよね。申し訳ございません。けれど、あまりにも意外だったので」


「貴女がそう思うのも当然よ。気にしないで。でも私あの生活に嫌気がさしちゃったの。そんなときお母様が遺してくださった遺産があるという話を偶然聞いてしまったの」


「奥様の……」


「そのお金があれば、家を出ても何とかなるかもしれないって思ったの。でも一人で平民の生活ができる自信はなかったから貴女を頼ったの。だから、貴女が頷いてくれて本当に嬉しかったわ」


「セラフィアお嬢様……そうだったのですね。お嬢様をあのような生活から救えるなら喜んでお供させていただきます」


「ありがとう。たくさん迷惑もかけると思うけど、改めてこれからもよろしくね」


「はい、こちらこそよろしくお願い致します、セラフィアお嬢様」


「ねぇケニー、私はもう既に侯爵令嬢ではないのよ。お嬢様はやめてもらっていい?あと、万が一のために呼び方もセラフィアから変えてもらいたいのだけど、いいかな?」


そう言うとケニーは少しだけ考えたあと、「分かりました。ではセラと呼ばせてもらってもいいでしょうか?」と答えてくれた。


まだ口調は畏まったものであったけど、懐かしい声で呼ばれる愛称に、私は心からの笑みをもって承諾の旨を返事した。



そのあと乗り合い馬車に乗って、私とケニーは懐かしいあの小さな都市まで移動した。前回よりも出発が遅かったため、着く頃には商業ギルドは閉まってしまっていた。そのため、その日はあの宿屋に泊まるだけとなった。

手続きを終えて、部屋に荷物を下ろすともう夕食の時間だった。日も暮れていたので、夕食は前と同じく宿の一階の食堂でとることにした。


食堂はそれなりに賑やかであったが、私のことをヒソヒソと噂をしながら見てくる存在はどこにもいなかった。被害者ぶってと指差す人もいなかった。豪華ではないが温かい食事と、目の前にはケニー。懐かしいその光景に私はうっかり涙ぐんでしまった。


ケニーはそれを久々にまともな、温かな食事を前にしたことによる涙だと思ったらしい。これからは美味しいものたくさん食べましょうねと、私の背をなでながら彼女は言ってくれた。

そんな彼女とまた食事ができる喜びを噛み締めながら、私は久々の平民としての食事を味わった。


その日の夜、私はケニーに頼んで髪をばっさりと切って、少しだけ染めてもらった。以前は髪まで失うと、それまでの貴族であったことまで失ってしまうような気がして、髪を切る決断をするまでしばらく時間がかかってしまった。

しかし今となってはそんな過去はむしろ切り捨てたいぐらいだったし、万が一見つかるリスクを避けるためにもすぐ切ることにしたのだった。

髪を肩口の長さになるよう切ると、虐げられていた生活で髪の艶もとっくに失われていたため、私はどこから見ても貴族のご令嬢には見えない姿となった。

ケニーはそれを少し気にしてくれていたようだが、私は大満足でその日は眠りについた。


次の日、仕事を得るために私とケニーは商業ギルドへと向かった。この町の地理はしっかり覚えていたが、世間知らずのお嬢様のはずの私がスタスタと先に歩くわけにはいかないため、私はケニーの後ろを大人しくついていった。そのとき、初めてこの町に来たときは余裕が全くなくて気づかなかったが、ケニーが地図を確認しながら私を案内してくれていることに気がついた。


「もしかしてこの町のこと、事前に調べてくれていたの?」


「うん。セラと住むならここがいいと思ったから、最低限だけだけどね」


「そうだったんだ……」


あの頃はケニーは何でも知っているんだと頼りにしてしまっていたが、彼女だってこの地に縁はなかったのだ。甘えすぎていた過去の自分を反省し、今度は彼女にばかり負担をかけないようにするんだと、私は改めて心の中で誓った。


商業ギルドでは過去と同じく仕事の紹介をお願いした。ケニーに通いのメイドの仕事を紹介してもらったのは同じであったが、それ以外は過去とは別の行動を取った。


そのうちの一つは、初めから部屋を借りたことだった。お母様の遺してくださったお金があるので、今の私たちには家賃の心配はない。宿の生活は何かと不便もあるため、今回は初めから部屋を借りることにしたのだ。


そしてもう一つは予め準備をした魔法薬を持ち込んだことだった。


「これは……上級の傷薬ですね。こちらも上級魔法薬ですね」


「はい、これらは私が作ったものです。必要であれば魔力痕の鑑定にも応じます」


「初めての取引なので鑑定はお願いします。しかしこの透明度。質が良さそうですね」


「魔法薬作りは得意ですし、上級魔法薬も作れます。この品質がよければ、ぜひ上級薬を作るお仕事も紹介してください」


「分かりました。まずは鑑定をさせていただきます。少しお時間をもらっても?」


「もちろんです」


そう、前回はいきなり放り出されたため、何も持たないまま仕事を紹介してもらうこととなった。実績もなく、手ぶらで現れた人間が紹介してもらえる仕事など限られていた。手持ちもなく、材料となる薬草も、薬作りに必要な設備も少しずつしか買い足せなかったため、上級魔法薬の仕事を得るまで随分時間がかかってしまった。

そのため今回はあの小屋にあった設備と薬草を使って、いくつか私の実力を証明できるようなサンプルを作ってきたのだった。今回は初期投資に必要な費用も持っているし、生活が軌道に乗るのは前回より早くなるだろう。


前回、私の稼ぎが少なかったためケニーには始めかなりの負担をかけていたのだと思う。ケニーの帰りが遅い日も少なくなかった。

しかし今回はそんな苦労はさせたくない。早くから私がしっかりと稼ぐつもりだった。


この作戦は成功したようで、ギルドを訪れた三日後、上級魔法薬の鑑定結果が良かったため、私はいきなりまとまった仕事を得ることができた。以前よりずっと早く生活を安定させることができた。


そうして順調に仕事を重ねた結果として、逃亡から一ヶ月、私とケニーは私がまとまった中級魔法薬の仕事を受けたお祝いとして止まり木亭でちょっと贅沢な夕食を楽しんでいた。


「私も働いて、セラにも薬を作ってもらったら問題なく生活はできると思っていたけど、こんなにすぐに落ち着いた生活ができるとは思ってなかったわ」


「そうね、お母様がお金を遺してくださっていて本当に助かったわね」


「奥様のお金ももちろんだけど、セラの準備もよかったと思うわ」


「思い付きだったけど、結果役に立ってよかったわ。それより、この鶏肉美味しい!ケニー、今度作ってよ」


「ハーブがきいてるわね。これ、何使ってるか分かる?」


「当然じゃない。私は薬草のプロよ?」


「さすがプロ!ま、でも実際に作るのは私だけどね」


「そうよ、そこはお料理のプロを頼るの」


「あはは、私もプロ?いいわね!」


周囲のお酒を飲む人たちに負けないぐらい明るく笑いながら、私たちは夕食を楽しんだ。

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