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5話

そこから数日、私は人目を避けるように過ごした。それはそれで「私を遠ざけるのですね」という視線に晒されたが、無視をしておいた。勝手に連れ戻したくせに、なぜ私の方が歩みよりを、許容を求められるのか。腹立たしさだけが日々積もった。


そうしてなるべく一人で自室で過ごしていると、ある日一通の手紙が私に届けられた。それは私に登城を命じる手紙であった。

そこには要約すると「落ち着いてから、いつでもいいので来てほしい」と書かれていた。家に居たくなかったこともあり、なるべく早く登城したいと返事をしてもらった。


すると、信じられないことに翌日の午後には謁見の時間が設けられた。その辺りから嫌な予感はしていたのだけど、貴族特有の重いドレスを着させられた私は家の馬車で王城へと向かった。


てっきり謁見の間に通されると思っていたのに、案内されたのは王族の私的な客間であった。やはり録なことではないかもと思いながら、開けられたドアをくぐり室内へと入った。

そこには陛下と王妃様、そしてジョージア殿下の弟のロゼルダ殿下がいた。兵も使用人も下がらせられていたため、正真正銘三人だけであった。

その場でUターンをしたかったが、陛下と目があってしまったため仕方なく陛下たちの元へと歩いていった。


ソファの手前で、久々のカーテシーをしながら挨拶をした。動きは覚えていたが、筋力が足りないせいかその動きは少しふらつきのあるものになった。

しかしそれを咎めることなく、陛下は私にソファをすすめた。なので一番下座の許される限りギリギリ端に私は座った。


「今回は愚息が申し訳なかった」


開口一番、陛下が私に謝罪した。あまりのあり得ないことに私は凍りついてしまった。国王がいち令嬢に過ぎない私に対して謝罪をしたのだ。あり得なさすぎてむしろ嫌がらせなのかと思ったぐらいだった。


「陛下、お止めください。私なら大丈夫です。もう過ぎたことです」


こんなの心中がどうであろうが許すしか選択肢はなかった。もう彼らのことは気にしていないのもあったが、私はそう答えた。


そこから王妃様からも涙ながらに謝罪を受けた。私はこうして無事におりましたので大丈夫ですと答えながら、泣きたいのはこっちだと思っていた。


そしてロゼルダ殿下。彼からも王族としてジョージア殿下や私たち姉妹のことを知りながら真実に気がつけなかったことを謝られた。彼にも周囲の信頼を得続けることができなかった私にも非があったのでしょうなどと適当な言葉を返した。


この国のトップ3に連続で謝罪され、気力を全て使い果たした気分だった。謝罪が一通り済んだためか使用人たちが部屋に入れられ始めたので、済んだならもう早く帰してくれと私が思っていると、ロゼルダ殿下が急にソファを立ち、私の方にやって来た。


ロゼルダ殿下の行動の意図が読めず訝しげに彼を見ていると、殿下は私の前でいきなり跪いた。また起こったあり得ないことに涙でも出るんじゃないかと思っていると、彼は私の手を取りながらこう言った。


「あれだけの扱いを受けながら、セラフィア嬢、貴女はなんて高潔であるんだ。王太子妃教育を懸命に受けてくれた貴女の努力に報わねばということも考えていたが、そんな理由ではなく私は貴女のその人としての素晴らしさに惹かれてしまった。どうか私の婚約者になってくれないだろうか?」


ジョージア殿下とはまた違った美男子のロゼルダ殿下、そんな彼からの婚約の申し入れ。そしてロゼルダ殿下は今やこの国の王太子だ。第三者から見れば妹に陥れられた悲劇のヒロインにもたらされた幸福といった場面であっただろう。

だが私の心中はそんなお花畑なものではなかった。全ての内臓にまで鳥肌が立ちそうなぐらい気持ちの悪い思いであった。


しかしそんな私の気持ちなど存在しないかのように、その場にいた使用人たちは私に期待を込めた視線を送ってきていた。誰もがこの状況を「幸福」だと決めつけていた。ソファに座る国王夫妻は既にこのことを知っていたのか温かな目でこちらを見ていた。目の前の王子様からも、自分のプロポーズが私の幸せなのだと決めつける傲慢さがにじみ出ていた。


吐き気がした。けれどこの場にいる誰もが、この国の最高権力者たちが無言で決めつけてくることに私一人が逆らえるはずもなかった。

己の無力さに気づけば涙が頬を伝っていた。しかしそれすらも彼らに勝手な解釈を付けられた。


「君には大変な思いをさせてしまったね。でもこれからは私が己の持つ全てをもって、君を守るよセラフィア」


そう言ってロゼルダ殿下は私の涙を優しく拭った。

既に何からも私を守っていない彼の虚しく響く言葉を聞きながら、私は腹をくくった。


涙を湛えたまま、「私に務まるかは分かりませんが、謹んでお受け致します」と返事をした。

すると部屋中から拍手が沸き起こった。陛下は私を優しげに見つめ、王妃様は感動からか再び目を潤ませていた。

目の前のロゼルダ殿下が頬を染めながら私の手に唇を落とすと、私を置き去りにしたこの部屋の幸福は最高潮となった。


こうして私はロゼルダ殿下の婚約者となった。



その後折角なのだからと、ロゼルダ殿下と二人きりで話をする場を設けられた。その場へ移動するときも、今こうして当たり障りのない会話をしているときも、ロゼルダ殿下はどこまでもスマートだった。ジョージア殿下のように明らかに私を粗末に扱ったりはしなかった。

しかし、彼の対応には個人的な欲もまた全く感じられなかった。惹かれたなどと言っていたが、彼にとってこの婚約はどこまでも打算的なものなのだろうと思った。


王族の婚約だ。それでもいいと思った。ジョージア殿下の行いで下がってしまった王族への印象を上げるには私を迎え、円満解決を打ち出すのが一番効果的だろう。それに私は一通りの教育も進んでいるし、リリアーナのことを調べるうちに彼女の功績は私が行ったものであることも突き止めているようだった。

家柄も侯爵家だし、色々な意味で私は都合がいいと思われたのだろう。


そしてロゼルダ殿下は、恐らくだが令嬢であったときには周囲に虐げられて、先日まで平民の貧しい生活をしていた私に容貌の良い自分が優しく接することで、簡単に私を御せると思っていたようだった。彼の言葉、態度の端々にそういう上から目線のものを感じていた。

王太子である私に想われて幸せだろう?そう押し付けられる「私の幸福」に、もう悲しむ気持ちもなくなってしまっていた。


一見甘やかな新しい婚約者同士の語らいに見えるその中で、ロゼルダ殿下は再び私にできることがあれば頼ってほしいと微笑んできた。

逃れられぬ状況なら利用できるものは利用していこう。そう思った私は一つだけ彼にしおらしくお願いをした。


「ではお言葉に甘えて、殿下に一つだけお願いしたいことがございます」


「何だい、セラフィア。何でも言ってごらん」


「私……あの家から出たいと思っているのです。もちろんお父様は私に謝ってくださいましたし、以前のような扱いはされておりません。しかし、あの家にはもう悲しい思い出が多すぎるのです」


目を伏せながらそうこぼすと、ロゼルダ殿下もまた演技がかった仕草で私に言葉を返した。


「ああ、君の悲しみに気がつかなくてすまなかったね、セラフィア。すぐにこの城に客間を用意させよう。今日からでもここに住むといい」


「よろしいのですか?」


「もちろん、私も君に会いやすくなるのは歓迎だよ。他にも困ったことがあれば何でも相談してくれ」


「殿下、もったいないお言葉まで。ありがとうございます」


「君のためだもの、当然だよ。しかしこのお願いを聞く代わりに私からも一つお願いがある。私のことはロゼルダと呼んでくれないか?そして君のこともセラと呼びたい」


セラというのはケニーとの思い出がつまった大切な愛称だった。それだけは上書きされたくなかった私は、殿下にこう返した。


「殿下のことはロゼルダ様とお呼びさせていただきます。しかし私のことはできればセフィーとお呼びくださいませんか?母はかつて私のことをそう呼んでくれていました」


真っ赤な嘘だったが遠慮がちにそう言っておいた。するとその答えに満足したのか、ロゼルダ殿下は微笑みながら「分かったよセフィー」と返してきた。


そうして私は新たにロゼルダ殿下の婚約者として王城の一角に居を移すこととなった。

これで少なくとも私の罪悪感に訴えるために己が哀れっぽく見えるように私に許しを乞うてくる父や、腫れ物のように接してくる使用人たちとは離れて生活ができるようになる。そう思うと少し気が楽になった。


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