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4話

そんな風に私が考え始めた頃、私たちの家に一人の来訪者が現れた。街中に馴染むために服装こそは平民のものを着用していたが、その姿勢と動きから一目見て彼はどこかの上級使用人だと分かった。


警戒する私とケニーに、彼は書面をこちらに見せながらこう言った。


「セラフィア様、貴女にかけられていた罪は全て冤罪であったことが証明されました。貴女には王家からの賠償金が支払われ、本日より侯爵令嬢の身分に戻られることとなります」


彼の言うことは、完全に寝耳に水の話であった。驚く私たちに、彼はことの詳細を教えてくれた。





私を追放してしばらくはリリアーナは変わらず完璧な令嬢として振る舞っていた。姉の虐めから王子様によって救われた美しいお姫様、王子様の寵愛を一身に受ける幸せな女性。そのシンデレラストーリーはリリアーナを一躍時の人にし、皆が彼女を祝福した。

しかしその幸福は長くは続かなかった。


何しろリリアーナの功績は私が作り上げていたものだったからだ。その中には彼女の不得手とするものも多くあった。


「お姉様のことがやはりショックで……しばしお時間をいただいても?」

「王太子妃教育にまだ慣れなくて。ごめんなさい」

「き、昨日は頭痛がひどくて……その、まだ手が付けられていなくて」


リリアーナは色々と嘘を重ねてしばらくはやり過ごしていた。しかし私の悪評を捏造して作り上げることはできても、作れもしない魔法薬をあるように見せることには限界があったようだ。

彼女のメッキは徐々に剥がれていった。


「リリー、魔法薬はあんなに得意にしていたじゃないか。最近は一体どうしたんだい?」


「その、それは……」


「それに外交官から頼まれていたいつもの資料の翻訳も滞っているらしいね。外国語が堪能な君は、すぐに資料を作ってくれていたじゃないか」


「えっと、あの」


婚約破棄をされたあの日、目論見通り私を側に置くことはできなかったが、リリアーナはお金を積むなりして秘密裏に私を捕まえ、また仕事をさせればいいと高をくくっていた。しかし門で魔力痕が登録されていることを知り、門を通さず私を自分の元に連れてくる方法が見つけられず、窮地に陥ったのだ。


リリアーナの作る魔法薬の質は格段に落ち、他の仕事もろくにできなくなった。王太子妃教育の担当も、聞いていた話と目の前のリリアーナの違いに困惑した。

そうした疑念が積み重なり、ついにリリアーナについて調査の手が入ることとなった。その中で、それまでは気にしていなかった小さな違和感を何人かの人が告白をした。


「リリアーナ様はいつも魔法薬の仕上げはなさっていました。けれども言われてみれば薬草から調合されているところは見たことがありません」


「あの悪女の元へもお優しいリリアーナ様はよく足をお運びでした。そういえばそのときによく分厚い紙束をお持ちだったかも?何を渡されていたかは、申し訳ございません。存じません」


「リリアーナ様の刺繍の癖はセラフィアにかなり似ていますね。姉妹だから同じ人に師事したのだと思っていましたが……」


そうして侯爵家にも調査が入った結果、私への扱いや、彼女の嘘が明らかになったのだった。



「違うの、ジョー!これは誤解よ!そ、そうよ、お姉様が私を嵌めるために仕掛けた罠よ!私を信じて」


虚偽が明らかになったリリアーナはジョージア殿下に泣きついた。美しい顔に涙を浮かべながら上目遣いで見つめ、彼に己の豊かな胸が当たるように必死に抱きついた。

私を陥れていた頃は、こうすれば彼は簡単にリリアーナの言葉を信じてくれていた。しかし、色々な物証が示され始めた今、さすがにジョージア殿下も同じ態度は取らなかった。


「リリアーナ、この都に入ることすらできないセラフィアに何ができると言うのだ。私だって君を信じたかったさ。君の破滅は私の破滅でもあるからな」


「ジョー、破滅だなんて……」


「破滅だよ。君を信じて杜撰な裏付けで無実の侯爵令嬢を罪人のように扱い、平民としたのだ。父からもそれとなく私の処分を聞かされているよ」


「しょ、処分って?」


「よくて後継者から外される。いや、そのぐらいでは済まないだろうな」


「私、未来の王妃になれないの……?」


「はは、こんな状況でも自分の心配か。君は元々そういう人だったんだろうな。いや、身勝手だったのは私も同じか。人のことを言える立場ではないか」


「いや、嘘!嘘よ!美しくて誰からも愛される私なのよ!欲しいものは全部手にするの!いや、いやよ!」



リリアーナはそこからも嘘を重ねたが、それらも全て暴かれることとなった。そしてリリアーナは最終的に北の僻地にある戒律厳しい修道院へと送られることとなった。

ジョージア殿下も王太子から外れるだけでは済まず、廃嫡され、子を作れぬ身とされた後別の僻地へと飛ばされた。




以上が私の元に訪ねてきた男から聞いた話であった。リリアーナとジョージア殿下にはそれ相応の処分が下ったようだった。しかしそれを聞いても私の感情は特に揺らがなかった。驚きは確かにあったが、怒りも喜びもわいてはこなかった。


私の中で、彼女たちはすっかり過去になっていたのだ。なので何で今更、というのが一番しっくりくるところだった。


そう、私はあれらをもう過去にしていた。今の私とは関係のない過去に。でも私の前に示された王印の押された書類がそれらを過去にしてくれなかった。私が貴族に戻ること、それは既に決定事項とされていたのだ。


平民になってから自分の力で得た生活、仕事、友人、信頼そして心に灯りかけていた淡い気持ち、それらを全て捨てさせられ、私は再び侯爵令嬢へと戻された。



久々にクッションのきいた揺れの少ない馬車に乗せられ、私は王都へと連れ戻された。今回もついて行くとケニーは言ってくれたが、今度こそそれをしっかりと断った。

ケニーにはもう多すぎるほど恩を返してもらっていたし、あの街で彼女にもいい出会いがあったのだ。私は彼女には幸せになってほしかった。泣きじゃくって見送ってもらえただけでもう十分だった。

そうして私は一人、思ったより記憶が褪せ始めていた生家へと戻ってきた。


家に入ると、そこには父がいた。彼は私の顔を見るなり泣き出し、私にすがりついて謝罪を始めた。


「セラフィア、どうかこの愚かな父を許しておくれ。あんな悪女の言葉に騙されてしまって本当に申し訳なかった」


彼が口にしたのは己への弁解だけであった。仮にも令嬢として育てられた己の娘が何も持たされず市井に落とされたのに、その身を案じるような言葉は何も出てこなかった。

急な展開に疲れていたのもあって、私は適当な言葉で父の言葉を遮った。


「お前が私を許せないのは当然だろう。これから私は全てをもって償っていく。どうかその姿を見ていておくれ」


父のそんな言葉にさらに疲労が増した気がしながらも、早く解放されたかった私はとりあえず頷いておいた。


そこからはリリアーナに虐げられていた頃も含めると数年ぶりに侍女により身を清められた。本来なら人心地つくのだろうが、侍女たちに腫れ物のように扱われたため落ち着くことは全くできなかった。まぁ彼女たちがかつては蔑ろにした相手にこうして再び仕えるのが気まずいのは分からなくもない。けど私もそんな扱いに気疲れをした。

人の手による丁寧な扱いも、精油の香る質のいい石鹸も、懐かしさよりも高貴な人の扱いだなというどこか他人事のような感想の方が強かった。何も落ち着かぬまま、私は入浴を終えた。

その後はリリアーナに奪い取られたはずのかつての自室に案内された。そこからもぎこちない扱いを受けながらその日は過剰なほど柔らかなベッドで眠りについた。


翌日も朝から自分を卑下するような父の謝罪にもならない言葉を聞かされながら朝食をとった。「もう気になさらないで、お父様」という言葉を何度も何度も言わされた。クロワッサンにバターがきいていたことと、久々の香り高い紅茶だけがその場の救いであった。


そんな父から逃れるように自室、急いで作り替えようとしたようだが未だリリアーナの趣味が残る派手な部屋に戻った。落ち着かない部屋で一人にしてもらった私は大きなため息をついた。

ここに戻っても私は自分は被害者なんだと声高に主張するつもりなんてなかった。なのに父も使用人たちも、私に対して、私に気を使わせるほどの「自分が悪者なのです」という態度を取ってきた。以前とは別の意味で厄介な扱いをされる生家での生活に、私は早くも辟易としていた。

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