2話
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私が思わず満面の笑みで歓喜の声を上げたのには理由がある。
それを説明するには私の身に過去に起こったことをもう少し細かく説明する必要があるだろう。
全ての始まりは妹リリアーナが我が家にやってきたことだった。
リリアーナは父が妾として囲っていた女性に産ませた子供であった。私より一つ年下の彼女は、私の母が亡くなり、父と義母が再婚した際に我が家にやってきた。
それまで平民と変わらない生活をしていたらしく、彼女には貴族らしい所作もマナーも何も身に付いていなかった。けれど屈託なく笑う(後からそれは演技だと知ったけれど)彼女のことを私は始めは悪く思っていなかった。知らないことはこれから知っていけばいいだけだ、そう思っていた。
しかしリリアーナは侯爵令嬢となってからも勉強に力を入れることはなかった。自分を良く見せるための表面的な部分は熱心にやるが、その他はあれやこれやと理由をつけてやらなかった。歴史や算術といった教養の教師などは、「……先生は私のことを所詮庶民だとおっしゃるのです」と父に泣きつき辞めさせていたのも見た。
そうして彼女の関心が向かなかったのは、我が家が歴代受け継いできた魔法薬の勉強も同じだった。複雑な薬草の知識、それを扱うために必要な魔力操作、それらについて彼女は学ぶ気が更々ないように見えた。
そんなリリアーナであったが、私は彼女のことはそれでもいいと思っていた。余程のことがなければ、この家を継ぐのは正式に血統を受け継ぐこの私とジョージア殿下の子供だ。その間の侯爵代理ぐらいは彼女が務められる可能性はあったが、彼女にその能力がなければ親族から別の人間を選べばいいだけだった。父もそれなりの年齢になってから急に貴族になった娘にそんな重責を負わそうとはしないだろう、そう思っていた。
しかしそんな風に思っていたのは私だけだったようであった。当のリリアーナは、そうは思っていなかったのだ。
彼女は私を排すという『余程のこと』を起こして、半分だが侯爵家の血を継ぐ自分が私に成り代わろうとしたのだ。
荒唐無稽なことに思われることだったが、リリアーナはそれを強かにやってみせた。始めは小さな嘘から私に対する不信感を周囲に与え、それをじわじわと広げていった。真綿で絞めるかのように行われたため、私がそのことに気付いたときには既に遅かった。天秤はもう戻せないところまで傾いてしまっていた。
一度傾いてしまえば転がり落ちるのは早かった。父も、使用人も、友人も、婚約者も、誰もが私から離れていった。皆リリアーナの味方となり、私を非難するようになった。
そうなると後はもうリリアーナのやりたい放題であった。難癖をつけて私を本邸から追い出し、粗末な小屋に住まわせた。使用人たちも彼女に追随し、私のことを気に掛けてくれるのはケニーだけになってしまった。
そうして私を人目につかないところへ追いやった後、リリアーナは私がこれまで努力をして積み上げてきた知識や能力から生み出されるものも陰で遠慮なく奪うようになっていった。
リリアーナは特に私の魔法薬の評価を羨んでいたのか、私に完成手前までの魔法薬を作らせ、仕上げの魔力を浸透させるところだけを自分で行うことで、魔法薬を自分で作ったと偽るようになった。
この方法であれば、できあがった魔法薬の魔力痕を鑑定してもリリアーナの魔力が検出される。調合途中にも微量の魔力は通すため私のものも数パーセントは出るはずだが、私たちは半分だけとはいえ血が繋がっているため魔力も似ている。きっと測定の誤差だと気にもされなかったのだろう。
魔法薬を始め、刺繍、翻訳、私がさせられた色々なことが、全て彼女のものにされていった。リリアーナが引き受けてきた仕事を押し付けられることも多くあった。
そうして己を完璧な令嬢に仕立て上げたリリアーナのことをジョージア殿下も信じ込んでいった。そのときはまだ婚約者だったはずの私にはカードの一つも寄越さず、彼女に寵愛を傾け始めた。
何せリリアーナは見た目だけならどこのご令嬢よりも整っていたし、嘘と演技を巧みに交えて人を騙すのに長けていた。あの可愛らしい顔に涙を浮かべ、「お姉様にはまだ侯爵家の人間と認めてもらえていないのです」と殿下に泣きついているのも見たことがあった。
その頃既に侯爵家の晩餐からは追い出され、小屋で質素な食事を取っていた私は、侯爵家の人間と認められていないのはどちらだろうかと思いつつも、それをどこか遠くのこととして見つめていた。
今から思えば、この頃から既に彼女に全てを奪われること、それに抗う力がもう自分にはないことを無意識に覚悟していたのかもしれなかった。
そうして一人、抵抗する気力もなく、無下に扱われるままに生きていたある日、私は珍しく夜会に呼ばれることとなった。用意された高価だがマナーにそぐわないドレスに身を包み、普段は使わせてくれない侯爵家の馬車に体裁のために乗せられ、私は久しぶりに王城へと向かった。
もちろんジョージア殿下や父のエスコートなどあるわけがないので、私は一人夜会の会場に足を踏み入れた。好意的ではない視線に晒されながら立っていると、いきなりジョージア殿下に呼びつけられた。
人々の隠そうともしない好奇心を含んだ視線を浴びながら殿下の前に向かうと、そこには美しく着飾ったリリアーナを連れた殿下がいた。彼の瞳の色であるサファイアのようなきらめく青色のドレスは、容姿だけは美しい彼女にとても似合っていた。
リリアーナに一度優しい視線を向けた後、ジョージア殿下は私を睨み付けながらこう言った。
「セラフィア!!異母妹を虐げるお前など私の伴侶に相応しくない!!お前との婚約など、今このときをもって破棄してやる!そして私はそんな逆境にも健気に耐えたこの愛しいリリアーナを新たな婚約者とする!」
不出来で悪辣な姉と優秀で天使のような妹。社交界ではそう思われていたため、周囲からは割れんばかりの拍手が起こった。それらを悲しむ気持ちすらもうなくしていた私は、その大音量を無気力に聞いていた。
そんな私の反応に苛立ちを隠そうともせず、ジョージア殿下はさらに言葉を重ねた。
「そして醜悪なお前の行いは全て把握している。お前はあろうことか半分とはいえ血を分けた妹であるリリアーナに毒まで盛ったそうだな!未来の国母を害する存在など許せるはずがない!お前を刑に処す!」
全てを諦めていた私でも、さすがに私が毒殺を目論んだと言う冤罪には驚いた。私があまりの言われように言葉を失っていると、周囲はその沈黙を肯定と見なしたのか、非難の声が高まり始めた。
私にはもうどうすることもできず、そんな声を浴び続けていたが、それらの声に反論する存在が現れた。
それは意外なことにリリアーナだった。
「ど、毒といっても少し気分を悪くしただけよ。ジョー、私は大丈夫よ」
「リリー、君は優しすぎる。あんな女にまで慈悲をかけるとは」
「そんなことないわ、あんな方でも私のお姉様なのですもの。当然のことよ。だからお願い、ジョー、お姉様を許してあげて」
私を置き去りにして繰り広げられる茶番のような会話を、私はただ聞いていた。
私に冤罪をかけていたのはリリアーナなのに、どうしてこんな真似をとそのときは思っていたが、後から知ったのだが彼女の行動には確かな理由があった。
どうやらリリアーナはジョージア殿下に私の地位を剥奪させた後、慈悲をかけて救うように見せかけて自分の側に置こうとしていたらしい。そして、それまでのように仕事をさせたり、今や彼女の代名詞にすらなりつつあった優れた魔法薬を作らせたりしようと考えていたらしい。
しかしリリアーナは調子に乗って私の罪を捏造しすぎたし、彼女が思っていたよりジョージア殿下は彼女にのめり込んでいた。それらが相まって、ジョージア殿下は私を刑に処すべきだと決めてしまった。
そのことに焦ったため、リリアーナは私の減刑を必死で求めたという訳だった。
確かに私が牢に入れられたりすれば、魔法薬を作らせたり、刺繍をさせたりはできなくなる。彼女は自分のために必死になっていたのだ。
ジョージア殿下を説得するため、リリアーナは最後にはお得意の泣き落としまでも行った。しかし、彼女が社交界に広げた私の悪評が高すぎたのもあって、処刑は免れたがジョージア殿下の新たな婚約者となる彼女の側に私がいることを、殿下も周囲の人々も許さなかった。
そうしてリリアーナの努力むなしく、私は平民として王都から追放されることとなった。