1話
目覚めると私は見覚えのありすぎる部屋にいた。
隙間風が吹き込む建て付けの悪い質素なドア。黄色く汚れて所々破れたカーテン。身動ぎをしただけで大きく軋むベッド。薄っぺらな布団。狭い、狭い部屋。
侯爵令嬢に全くそぐわないこのみすぼらしい部屋は、かつての私の部屋だった。
妹に本邸を追い出され、粗末な小屋へと押し込まれていた頃の私の部屋だった。
なぜ今さらこんなところに、と思っているとドアを微かにノックする音が聞こえてきた。連続で三回、少し間を空けて一回。もうすっかり忘れていたと思っていたのに体は覚えていたのか、それが何かを思い出す前に私はすぐさまベッドから降りてドアへと向かっていた。
数歩も歩けばドアまでは着くため、ノックから間を置かずドアを開けることができた。そこに立っていたのは、かつてはこの家のメイドであったケニーだった。
「セラフィアお嬢様、今日の食糧です。少ししか確保できなくて申し訳ございません」
彼女はそう言って隠すように持っていた固いパンと萎びかけたリンゴを私の手に持たせた。そして「夜も来れたら来ますね」とだけ申し訳なさそうに残して、足早に去っていった。
そんな彼女を見送りながら、私は今の自分の状況について一つの確証を得ていた。
ここは間違いなくかつて私が暮らしていた場所だった。そしてあの頃は、先ほどのようにケニーだけが私を気遣い、生活を支えてくれていた。父にも、使用人にも、婚約者であった王太子にも見捨てられ、私は誰からも顧みられることなく生きていた。
ケニーの行動や、今の自分が置かれた状況から見るに、どうやら私は妹に婚約者を奪われ身分も何もかもを失う前の、妹に虐げられていた頃に何故か戻ってしまっているようだった。
何故、どうして今更?そう思わずにはいられなかった。
昔、私の妹リリアーナは自分を姉、つまり私に虐められる可哀想なヒロインに仕立て上げていた。健気に耐える演技や嘘泣き、偽装工作を駆使して父や我が家の使用人たち、そして私の婚約者であった王太子のジョージア殿下までもを籠絡した。
リリアーナの嘘をすっかり信じ、彼女を愛するようになったジョージア殿下はある日ついに夜会で私に婚約破棄を突きつけた。さらにその場で妹への虐めを始め数々の冤罪で私を断罪し、私は貴族としての地位を剥奪されて王都から追放された。
そうやってこの先の未来で、私は持っていた全てを彼女に奪われた。
しかしこの話には続きがあった。
私を追放したリリアーナたちだが、彼女の嘘はその後全て暴かれることとなった。
その結果、リリアーナは戒律厳しい北の果ての修道院に送られ、裏取りもせず盲目的に彼女を信じたジョージア殿下も廃嫡された。
その後、王都から離れた小さな都市で平民として何とか暮らしていた私は陛下に呼び戻され、謝罪と共に侯爵令嬢の地位を取り戻した。そして何故か新たに王太子となったジョージア殿下の弟のロゼルダ殿下にアプローチされ、彼と婚約した。
そう、全てはもう終わっていたのだ。なのにどうして今更、何もかもが起こる前に戻ってしまったのだろうか?
自分の身に何が起こってこんなことになったのか、全く分からなかった。昨日だって普通にベッドで眠ったはずだった。
しかし今の私は、過去の一人ぼっちの頃に戻ってしまっていた。
態度を改め私に優しく接するようになった父も、再び友人として交流を持つようになったご令嬢たちも、息子を止められなかった分も私に気遣いをしてくださる陛下も王妃様も、私に愛を囁くロゼルダ殿下も。誰もいなくなっていた。
それを改めて認識すると、心の奥から震えが起こってきた。その感情のままに、私は誰もこの小屋にいないことをいいことに、つい声に出してこう叫んでしまった。
「……っやったわ!!!!!」