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* Outroduction *
朝のニュースが近頃はもう新型コロナウイルスのニュースを大々的に報じることは少なくなった。
かといって、感染者は減少へと推移しているかと思いきやそうもいかず、変異種の出現やサル痘の蔓延など、世界中で油断ならない状態が続いている。
コロナウイルスの脅威は十分身に染みたから早く完全に消滅することを願うばかりだ。
クリーニングから戻ってきたばかりのリクルートスーツに袖を通す。
朝のテレビ番組が占いのコーナーを始めた頃、テレビを消し朝食を作る。
といってもパンと卵を焼くくらいのことしかやらないのだけれど。
まだ焼き足りないくらいのパンをコーヒーで胃へ流し込むと、手早く歯を磨く。
玄関で革靴に足を通し、誰も居ない部屋に「行ってきます」と、言う。
姉と暮らしていた頃からの名残だ。
「お疲れ様です」
「おう! おつかれ! 久しぶりだな」
久しぶりに訪れた元バイト先。
店長の髪は黒髪だ。
「仏花、まとめて置いてあるぞ」
「ありがとうございます」
品揃えを確認するかのようにぐるりと辺りを見回す。
一年の時が過ぎたというのに一年前働いていた頃とレイアウトも品揃えもあまり変わっていないように見える。
ふと入り口付近の台に置かれたピンク色の花の鉢が目についた。
彼女の家の玄関に挿してあった花に似ている。
「店長、そのお花も持っていっていいですか?」
綺麗なピンク色の花弁を指差す。
「ダイヤモンドリリー? いいけど、鉢だし。あんまりお供えには向いてないぞ?」
「いいんです。きっと彼女好みですから」
店長が眉毛をハの字にして微笑む。
「よし、行くか」
「はい」
花屋の社名が入った社用車を僕が運転する。
誰かさんのおかげか、運転には慣れた。
交通事故を起こさないよう慎重過ぎるくらいだ。
「体はもういいのか?」
「はい、もうすっかり元気です」
「そうか、よかったな」
「はい」
あれから一年、つまり彼女の一周忌ということだ。
そしてもう一人……。
姉がこの世を去った。
僕に何も言わずに。
いや、言えなかったという方が正しいだろうか。
僕への負担を考慮してずっと隠したまま。
親友の店長だけが姉の病気のことを知っていた。
肝臓の病気だった。
「姉さん、僕やっと元気になったよ」
墓地に着くと家族が眠る五代家の墓石の水受けに水を注ぎながら言う。
店長は「あ、マッチ忘れた!」と言い、ガサガサとポケットから自分がタバコを吸う用のジッポライターを取り出し、線香に火をつけ出す。
今時の線香はあまり煙が出ないのだろうか、優しい煙はほのかに花の香りがした。
「やっぱり内定貰ったところには就職出来なかったから、また就活し直しだよ」
店長に用意してもらった仏花を花立に入れ、手を合わせる。
「姉さんが苦しんでいるのに気づけなくて、ごめん」
「父さんと母さん……あと、大事な友達もそっちに居るからよろしくね」
店長は手を合わせた後、ゆっくりと手を合わさる僕を見守って待っててくれる。
今までお墓参りに来てなかった分も込めて、父と母そして姉の事を思った。
霊園は広いのに僕らしか居ないのが不気味だ。
不気味なのに、彼女の最後の動画で見た公園のように……あの日のように……悲しいくらい紅葉が綺麗だ。
霊園は広く僕の家のお墓と彼女の眠る秋葉家のお墓はだいぶ離れたところにある。
秋葉家のお墓を探す僕らを見つけ、先客である洋一さんが僕らに手を振る。
「おはようございます」
「おはよう、来てくれてありがとう」
洋一さんは少しばかり痩せた。
仕事を抜け出してきたのか、白衣の上に軽そうなアウターを羽織っている。
「お久しぶりです、お世話になっております」
店長が恭しく洋一さんに挨拶をする。
「お久しぶりです、お花ありがとうございます」
洋一さんが腰を折り深くお辞儀をする。
僕の姉が入院していた際、店長は何度かお見舞いに来てくれていた。
姉の入院先が僕と同じく洋一さんの務める病院だったことから店長と洋一さんは面識があるようだ。
故人が眠る同じお墓だというのに、秋葉家のお墓はどことなく高級そうな感じがする。
墓石に刻まれた彼女の名前を見ると、改めて彼女がもうこの世に居ないという事実を突きつけられる。
「久しぶり……」
「なんで、墓石にモジモジしてんだ! 気色悪いな!」
店長が後ろから僕にもかかるくらいの勢いでお墓に水をかける。
跳ねた水がスーツのスボンにかかる。
「ちょっと、スーツなんですから気をつけてください!」
「あっはっは、悪い悪い」
「五代君すっかり元気だね、良かったよ」
「病院のみなさんのお陰です」
洋一さんが微笑む。
店長がテキパキと仏花を花立に入れる。
さすが花屋なだけあって僕よりも花の挿し方が上手く、見栄えが良い。
線香と水をあげ終え、手を合わせる。
「遅くなってごめんね、僕にも色々と災難があってさ」
ただの墓石に話しかけることなど、君に出会う前の僕だったらしないんだろうなと思う。
ふう、と一息つき、持ってきた彼女のスマホを墓石に添える。
「はい、コレ返すよ、思い出が詰まった大事な物でしょ?」
スマホが光ってロック解除を求める。
「全く、直緒には言いたいことだらけだよ。本当に裏側にプリクラ貼ってるし、僕の寝顔でロックが解除されるし」
彼女と泊まったあの日、僕は彼女に寝顔を撮影されたと勘違いしていた。
本当は僕の顔を自分のスマホのロックを解除するパスに設定していたんだ。
「僕は貼らないからね、スマホ買い換えるかもしれないし……大切にとっておくよ」
「はい、あとこれ。これがないとそっちじゃ暇でしょ?」
彼女が使っていたアコースティックギター。
最後の最後まで抱えていたギター。
ギターに残った彼女の温もりを求めて、ギターを持つ。
コードを鳴らすと、彼女がフワっと現れて歌ってくれるような気がした。
「歌も……ギターも……いっぱい練習しといてね、腕を鈍らせないでよ」
アコースティックギターを墓石に立てかける。
霊園の人に邪魔だと思われて撤去されたらごめん。
「あと、これ。食べ物じゃなくてごめんね、次来るときは食べ物にするから」
店先に置いてあった、ピンク色の花の鉢を墓石に寄り添わせる形で置く。
香炉の中で線香が静かに燃える。
長い時間僕は手を合わせた。
君に出会えて本当によかった。
伝えても伝えきれない、伝わることのない想いを。
店長も洋一さんも静かだった。
きっと僕と彼女を見守ってくれていたんだと思う。
「さて、行きますか。僕この後面接ですし」
「すまんなー、うちにもっと余裕があればすぐ正社員として雇ってあげられるんだけどな」
店長がばつが悪そうに頭を掻きながら言う。
「いいんです。なんとなくですけど、やりたいことが見つかりましたから」
「そうか」
「はい」
「本当、顔つきがよくなったな」
「どういう意味ですかソレ」
「そのまんまの意味だよ。洋一さん聞いてください。コイツ……」
「ちょっと、余計なこと言おうとしなくていいです。ほら、コレ返してきてください」
店長の話を遮り水桶と柄杓を渡す。
「私一応立場上なのに扱い酷くないですか?」
店長が洋一さんに向けて文句をこぼすが、洋一さんは「ははは」と笑って受け流しているように見えた。
店長は口を尖らせながらも水桶と柄杓を持って先に歩き出す。
「面白い人だね」
「はい、とっても。いい店長です」
再び手を合わせ彼女を想う。
僕に続いて洋一さんも手を合わせ目を閉じる。
どうか、彼女の眠る世界がどうか優しく、美しい場所でありますように。
「じゃあまたね、就活頑張るよ」
見上げた空に飛行機が浮かんでいる。
細く白い飛行機雲が青空に線を引く。
あの雲を辿ったら君の元へ行けるのかもしれない。
あと何十年か、限りのある人生を全うしたら、お土産に新しく君のための曲でも持って君の元へ行くとしよう。
その時、お返しに僕が送ったメッセージの答えでも聞かせてもらおう。
乾いた風がダイヤモンドリリーと紅葉を揺らす。
風に吹かれて飛んできた紅葉が頭に乗る。
手で拾い上げ空に向かって放ってやる。
飛行機雲は蒸発して緩やかに消えていった。
Fine.
この物語はフィクションです。
しかし、日本のどこかで起きた実話かもしれません。
まず、本作品を最後まで読んで頂きありがとうございます!楽しんでいただけていたら幸いです(´꒵ `❀)
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私、読書経験も浅く、小説を書くのも初めての試みになります。創作作品を残すべく、右も左もわからない状態で描き始めようやく完成いたしました。未熟な部分が多い故、推敲・改稿を繰り返し作品に磨きをかけて参りますので、読者の皆様の評価、叱咤激励、誤字脱字指定などなどお待ちしております!してくださると嬉しいです!(∗˃̶ ᵕ ˂̶∗)
また、この 小説家になろう というサイトにも大変不慣れでわからないことばかりですので、皆様のご教授いただけると幸いです。((* ´ ` )* . .))”ペコリ
最後になりますが、改めてこの作品を見つけて読んでくださった皆様、ありがとうございました!