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第1章



 人はそれぞれ得意、不得意がある。自分に出来ることと出来ないことがある。だから俺は出来ないことをしようとして、見栄を張ったり、背伸びしたりしない。それが俺のポリシーだ。もちろん苦手なことを克服して、頑張り続ける人たちは本当にすごいと思う。それに憧れることだってある。でも、その人はその人。自分は自分。他人と自分は違う。だから、俺は出来ないことはしない。そう考えて今まで生きて来た。

 だからだろうか、目つきを理由に友達が出来ないことを正当化して、高校の勉強についていけないことを理由に、勉強を疎かにし、クラスからはぶられていることを理由に行事毎にはどこか他人事で、クラスの輪に入らなかった。

 だから今こうして俺は一人でいる。そして趣味のアニメオタクを満喫している。

 それが俺、須郷義人だ。高校生でありながら、若干の茶髪と平均的な体格、そしてアニメオタク、さらに、気を抜くと出てしまう目つきの悪さがより悪印象を与えて。そんな既定路線の先に進んだ俺は言うまでもなくぼっちというわけだ。……なんか自分で言うと恥ずかしいなこれ。


 しかし、ぼっちであることを理解したとしても理想は抱くものだ。

 そりゃ本音を言えば彼女ぐらい欲しいと思う。アニメを見てれば、恋愛ぐらいしたいと思う。でも、目つきの悪いインキャの俺に彼女なんか、ましてやオタク話のできる美人で優しい、特にお姉さん系の彼女……なんかできるはずがない。

 アニメの話をして二人で盛り上がったり、学校帰りにアニメショップや本屋によったり、休日の日なんかは一緒にアニメを見たり、聖地巡礼なんかしたりして、それが叶うならなによりも幸せな学生生活を送ることが出来るだろう。

 もしここが二次元だったならそれも可能なのかもしれない。でも違う。ここは紛れもない現実である。それでもあえて口にしてしまう。


「オタク彼女(美人お姉さん)が欲しいなぁ〜」



 そんな場違いで身の程知らずの愚かな発見は過ぎ行く春風に攫われて、虚しく消えるはずだった。そう、いつものようにアニメイトに行き、グッズを買って帰宅する俺にとっては。


「……ん?これは?」


 道路の片隅にストラップのようなものが落ちていた。なんとなしにそのストラップを拾って、気がついた。


「これ……星屑ファンタジアのシーナじゃん!」


 俺は見慣れたキャラクターの絵を見て思わず叫んでしまった。「星屑ファンタジア」は最近放送されたテレビアニメで、オリジナルアニメながらかなりのヒットで、続編の制作も決定している人気アニメだ。異世界をテーマにした星ファンは、主人公が国の存亡をかけた戦いの中で奔走する、異世界転生ものの作品だ。特にシーナは人気のキャラであり、俺も好きなキャラクターなんだが、


 誰が落としたんだ?しかもこれイベント限定のストラップだし。

 ファンから見ればかなりのレアグッズである。もし俺が持ち主なら血眼になって探しているだろう。

 多分、困ってるよな……でもどうしたら。

 ストラップの扱いをどうしようか迷っていた時に、遠くから地面を這う勢いで、道路を駆け回っている人が見えた。

 多分あの人が落としたのだろと、本来であれば、そう理解して直ぐに渡しにいったかもしれない。しかし、俺はその場から直ぐに動けなかった。

 理由は単純だ。その人が女の子であり、目が奪われる程可愛かったからだ。見た目の年齢は一つ上ぐらいで、多分先輩だろう。背中にかかる綺麗なストレートの黒髪と飴細工のような綺麗な瞳、下された髪に結ばれた赤い紐リボンがより可愛いさを醸し出している。春着の控えめな白いブラウスの胸元は数メートル離れたこの位置からわかるほど膨らんでおり、シンプルなスカートから見える綺麗な脚が、より彼女の魅力を引き立てていた。つまるところ、めちゃくちゃ可愛かった。しかも少し大人びた雰囲気もあり、完全に俺の好みにどストライクだった。

 ……って、そうだった。思わず見惚れてしまったけど、多分このストラップ探してるよな?でも本当にあんな綺麗な人がアニメなんてみるのかな。もしそうなら美人で、オタク話もできて、そんな人が彼女だったら……なんて、ありもしない空想で若干虚しくなりつつも、俺は声かけようとして、思わず止まった。さっき言った通り、俺は目つきが悪く、もしかしたら怖がらせてしまうかもしれない。


「……」


 しかし、「シーナちゃんどこぉ……」と今にも泣き出しそうな声がして、俺は決心した。出来るだけ目線を逸らして、先輩を怖がらせないように。


「あの……」


 俺は出来るだけ優しく声音を意識して、あたりを必死に見回している先輩らしき人に俺は声をかけた。

 すると先輩はゆっくりと、視線を移すようにこちらに振り返った。黒い髪が揺れて、先輩の顔を正面に捉えた。近くで見るその可愛さと美しさに、思わず時間が止まる感覚がした。しかし、すぐに意識を引き戻す。俺は視線を斜め下に向けながら、ストラップを差し出した。


「もしかして、今探しているのってこのシーナのストラップですか?」


「え……あ、あ!!シーナちゃん!」


  先輩の破顔が飛び込んできた。目を輝かせて、シーナのストラップを受け取る。


「ありがとう!どこで落としたか分からなくて、ずっと探してて、本当にありがとう!!君、私の救世主だよ!」


「い、いえ。見つかって良かったです……星ファン、お好きなんですか?」


「君も星ファン好きなの!?私大ぃぃぃ好きなの!」


「はい、それにこの街が舞台にもなったみたいですし、俺も好きです」


 まさかこんなところで、それもこんな美人で可愛いお姉さん系の先輩と星ファンの話をすることになるなんて、俺、明日死ぬのかな?


「私あのシーンが一番好き!幸也がシーナに告白するとこ!」


「はい、分かります!あそこよかったですよね」


 やばい、超楽しい。

 しかし、途中でハッ!となったのか、先輩は声のトーンが小さくなり、ボソボソと呟いた。


「ご、ごめんね急に、ストラップ拾ってくれただけでもありがたいのに、こんなオタク話に付き合わせちゃって……」


「い、いえ、俺も普段アニメとかラノベとかの話できないですから、楽しかったです。 」


「ほ、本当?」


「はい!」


 多分今、今年一番楽しいかもしれない。だって目の前にめちゃくちゃ可愛くて、しかもタイプの先輩と好きな趣味の話をしているんだぜ? 夢だとしても嬉しすぎる!


「あの……私陽菜(ひな)っていうの。あなたの名前聞いてもいい?」


「俺は須郷義人(すごうよしと)です」


「須郷君、私こっちなんだけどよかったら途中まで話さない?誰かとオタク話しなんて滅多に出来ないから……その……どうかな?」


「行きます!俺も家そっちです!」


 まさかの申し出だった。俺、明日死んでもいいや。だってそれくらい、今、先輩とオタク話できるのが嬉しくて堪らないから。本当なら俺みたい奴がこんな美人な先輩と会話なんておこがましいんだけど。


「私、○ゼロとか好きなんだけど、須郷君見たことある?」


「はい、大好きです。○ムが一番好きです」


「分かるよ、でも私はラ○が好きかな、なんだかんだみんなのことを思ってる感じが好き」


「わかります。良いキャラしかいないですよね」


「冴え○のとか、私全巻読んだよ!」


「俺も読みました!映画も良かったですよね」


 そんな夢のような会話をしつているうちに俺たちは完全に意気投合していた。

 口を綻ばせて、語ってくれる先輩の姿が愛おして堪らなくて、思わず俺も笑顔になっていた。

 しかし、歩きながら俺はある事に今更になって気付いた。

 よく考えたら女の子の家の近所まで今日会ったばかりの俺が行くのって結構やばくないか?それもこんな冴えない奴が、こんな可愛い先輩と一緒にだなんて。


「ん?どうしたの?」


「あ、いえ、なんか先輩みたいな、……その綺麗な人と俺みたいな奴が一緒にいて良いのかなって」


「き、綺麗……?そ、そんなの気にしなくいいよ!私が誘ったんだし……綺麗……綺麗……」


「だ、だったらよかったです……」


 大丈夫だろうか。俺気持ち悪くないだろうか。しかし、「そ、それでね、あのアニメの……」


 再びアニメの話を始める頃には完全に抜け落ちていた。


 そのまま俺たち二人はオタトークで盛り上がりながら歩いていると、俺の住むマンションが見えて来た。夢の時間がそう長くは続かないのが現実である。はえーよ……


 しかし、最初に切り出したのは他でもない先輩、陽菜さんだった。


「あ、私この辺だからそろそろお別れみたいだね」


「え、俺もこの辺に住んでて、というかこのマンションです」


「え、私隣のマンション」


 まさかご近所さんだったという衝撃の事実が発覚。でも待てよ、先輩のこと一回も見てないぞ、まぁ、同じ学校とは限らないけど……


 しかし、どうであれ夢の時間が終わる事には変わりはない。少し、いや、かなり、めちゃくちゃ名残惜しいけど、先輩を引き止める訳にはいかないし、なによりもそれは色んな意味でやばすぎる。

 メールの交換とかしたかったけど流石に無理だよなぁ。

 流石にそれは引かれてしまうだろう。そもそもオタク話をこんな可愛い先輩とできただけでも充分だ。だから。

 どことなく別れの雰囲気が漂い始め、会話が完全に途切れる。接点がない以上これ以降先輩とオタク話することは多分無い。

 いや、今日の思い出だけで充分だ。だから。


「あのね、須郷君。もし、もしね、よかったら……そのアドレス交換しない?む、無理にしなくていいからね!ちょっと今日楽しかったから、それにストラップ見つけてくれたお礼したいから。大事なストラップだったから」


 願ってもない申し出だ。俺だってもっと先輩と話したい。オタトークで盛り上がりたい。でも本当にいいんだろうか?


「やっぱり……ダメかな?」


「いえ、ダメではないですけど、自分なんかが……」


「やった!早速交換しよっ!」


 満開の笑顔でスマホを取り出してメールアプリを開く先輩の姿を見て、俺は何も紡がなかった。


 ピピッと音がなり連絡先が交換された。

 陽菜と書かれたアカウントが表示され、新しいアドレス欄に加えられた。そもそも友人のアカウントなんてないんだけど。


「今日は本当にありがと!またお礼させてね」


「はい、よろこんで」


「また連絡するからね、それじゃあね」


 連絡先を交換し終えると、先輩は背を向けて、マンションの入り口に入っていった。

 ひとり、呆然と佇んでから、もう一度、メールアプリのアドレス欄を見る。


 陽菜 と書かれたアカウントは間違いなくあった。これは夢ではなく、現実であるとそう証明していて。

 夢じゃないんだよな。陽菜さん。

 先輩の名前を口ずさむ。

 彼女の笑顔を思い出しながら、俺は自分のマンションに向けて歩き出した。


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