貴族令嬢婚約破棄編・4
夜会が中断されて、オーウェンとレイラは帰路についていた。レイラは顔の半分を布で隠したままだったが、不機嫌であることは誰が見ても明らかだ。下手な詮索を受けないように目隠しの魔法をかけて、天馬が待つ郊外まで歩く。
「レイラ、何をそんなに怒っている」
「何を? 何をですって? 全部ですよ」
「全部か、何も分からんな。どうか教えてくれないか」
「あんな所で占をさせられるなんて聞いてません、得意分野じゃないんですよ。むしろ薬学以外は大体全て不得意なんですよ。しかも貴方、私のこと主なんて普段呼ばないじゃないですか。敬語だって使わない癖に」
「ふむ、そうか。すまない」
「謝ったらいい訳じゃないんです」
「だが終わってしまったことだ。私はどうすれば許して貰えるのだろうか」
「ご自分でお考え下さい」
「そうカリカリせずに、折角の美しい装いだというのだから」
「それは関係ありま…。…オーウェン?」
「何だ」
「貴方、まさか、私にこのドレスを買うためにこの依頼を受けた訳ではないですよね?」
「…はは、まさか」
オーウェンはレイラに対して嘘をつけない。他であればどんな人間であっても平気でにこやかに騙してかかるのだが、レイラにだけは嘘がつけない。どうしても一瞬口ごもってしまうから、バレてしまうというのにとりあえず一度は言ってみるのだ。こんな分かりやすい嘘がバレない筈がない。
「暫くグルーミングはしません」
「レイラ」
「しません。私の部屋にも絶対入らないで下さい、入ったら期間を伸ばしますからね」
「レイラ、話し合おう」
「話は終わりました」
「レイラ」
「…歩き疲れたので、抱えて行って下さい」
「それはお安い御用だが、レイラ」
「天馬が待っているから早くして下さい」
レイラはむっつりとしながらも、オーウェンに向かって手を広げた。オーウェンはそっと彼女の顔を隠していた布を取り去り、ひょいと抱き上げて額同士をくっつけた。
「レイラ、グルーミングの禁止はさすがに罪が重い。どうか考えなおしてくれ」
「他の子はちゃんと自分たちでやっていますよ。これを機に自分でやれば良いのでは?」
「…レイラ」
「毎回毎回、許してもらえると思ったら大間違いなんですよ」
「君が気に入るかと思って、新しい魔導書を探していたんだ。あの国の伝手が欲しくて」
「…それで?」
何だかんだと言いながら、既にレイラはぺたりと垂れたオーウェンのふかふかの耳を撫でている。抱き上げられると手持ち無沙汰になるのでよく無意識にしていることだった。
「君という人が私の後ろにいると知らない輩も多いのでね。見せびらかせたかったのだ」
「え、今 話繋がってました?」
「繋がっているとも。魔導書を扱うような商人はどんな魔女や魔法使いにそれが渡るのかを気にする者も多い。君のような優秀な魔女の為に仕入れると言えば購入しやすいんだ」
「優秀な所って、そう出してなかったですが。そもそも私って優秀って程でも」
「君は、我々が仕えている優秀な魔女だとも。あの国で必ず君の気に入る魔導書を手に入れる」
「だから許せって?」
「…駄目、だろうか」
間近で星の光を反射した瞳がきらきらと輝いて見えるようになってしまえば、もうレイラに勝ち目はなかった。いつもいつもこうやってレイラが従者可愛さに折れてしまうことをオーウェンはよくよく知っていた。
「次は駄目ですからね」
「善処する」
「善処じゃないの、絶対に駄目です。本当にグルーミングしてあげませんからね」
「…もし次があれば、内容をきちんと言うとも」
「よろしい」
わしゃわしゃと乱暴にオーウェンの髪をかき混ぜながら、レイラは本日も負けを認めた。まだまだごねても良かったし、本当にグルーミングをしないでやっても良かった。しかしきっとオーウェンは諦めずにずっとへばりついて、様々な方法や貢物でレイラの機嫌を取りに来るだろうしそれはそれで面倒なのだ。
「そういえば、今回の夜会に関しては外に出ることとしてカウントしないんですか」
「どういう意味だ?」
「貴方、私が外に出るの嫌がるじゃないですか」
「私が常に傍にいられる状況なら別段構わない。君が一人で出て行こうとするから止めているだけだ」
「ネイサンについて来てもらうと言っても駄目だって言ったじゃないですか」
「ネイサンは優秀な男だが、私ではない」
「え、つまり、オーウェンと一緒でないと出て行ってはいけないんです?」
「今、気付いたのか?」
「…まあ、別にいいですけど」
「いいと言うのならば、箒を持ち出して勝手に出て行こうとするのを止めて欲しいのだが」
「あれはほら、お遊びみたいなものじゃないですか」
「レイラ」
「あ、天馬がいましたよ。早く行きましょう」
「レイラ」
「帰るのが遅くなったら今日の分のグルーミングの時間が減りますよ」
二人を見つけた天馬が飛ぶように跳ねながらこちらに向かってくる。夜も遅くなっていつもなら寝ている時間だというのに元気なものだったが、早く連れ帰ってあげたい。夜会が始まる前に目隠しの魔法をかけて放っていた為、好き勝手に遊んでいたのだろう体中に何やら草をつけている。
「貴方も楽しかったみたいですね、では帰りましょう」
「レイラ、帰ったら話がしたいのだが」
「え、やっぱりグルーミングしなくていいって話です?」
「…君は意地が悪い」
「冗談ですよ、良い子にはちゃんとしてあげます」
オーウェンはその言葉にやっと黙り込んだが、今日は絶対にいつもより長く手入れをされることとすることを決めた。
読んで頂きありがとうございました。
オーウェンは常にレイラへ何かを贈ろうとしているようですね。そしてレイラも止めろと言う割には止めきれてないですね。ふわふわのお耳と尻尾には誰も勝てないのです。もし次を書くなら日常編に出てきていた雪豹の獣人くんが出せればいいなと思います。
ちなみに今回、主人公枠として動いていた貴族令嬢や護衛騎士たちにわざと名前を付けなかったのですが、やはり読みにくいでしょうか。○○編に出てきた人物は今後出てくる予定がほぼないので、名無しさんでもよいかなと思ったのですがどうでしょう。
ここまで読んで頂きありがとうございました。