混色
出来れば、あらすじ、本編、後書き、活動報告まで読んで頂けると幸いです。後書きに小説バージョン、活動報告に解説・補足情報載せてます。
*B side*
教室の隅、イヤホンつけたあの子は楽しそうに笑ってた
届かないリズムが、パパパッと弾ける
口元で、あの子の名前が淡く融けて拡がった
雨が好き、傘が好き
嬉しそうなあの子を思い出すから
パチャパチャ鳴る雨音を聞きながら、グラグラ揺れる縁石の上を歩いてみる
この雨が止んだなら、世界がひとつにまとまったなら
僕はあの子に近づけるかな
あの子に貰ったチョコレート、だけどみんなと同じチョコレート
隠したはずの視線に、あの子がふわり振り向く
「─────」
明日、勇気を出して聞いてみよう
それは、桜咲いてた嵐の前日
セピア色の変わらぬ日
*G side*
イヤホンつけて、鳴らないリズムのさざめきに耳を傾ける
四葩、呼ばれた名前をシャット
今日もシトシトと雨が降る
個性ないビニール傘を意味もなく回す
雨はアスファルトに染みだけ残して、何処かへ消えた
傘の中から見る世界、自分と他人を遮る雨
視線が私を殺すから、自分だけの世界に閉じこもる
私を見ないで、忘れないで
代わり映えない帰り道
縁石に乗って、生と死の水平線を見据えた
あの日、それと作ったチョコレートは
ドロリ溶けて、カタにはめられた
元の形は忘れてしまった
群がるアリは、無作為に動く
見えないキセキを辿って歩く
自由という名の絶望に、音なく自壊した私を残して
*小説*
名前の由来は簡単だ。生まれた月が六月だったから。学生でしかない四葩にとって、世界は狭く窮屈で。だけど危険の少ない、安全な箱庭だった。
土によって色を変える紫陽花のように、家族や友、周りの環境に求められるまま対応を変化させた。それが最もラクな生き方だと知っていたから。
一年生。
周りの友達に合わせて、一緒にバレンタインデーのチョコを作った。みんなにチョコを配る自分は、さぞ良い子に見えるだろうと。
任務を終えた放課後、校門近くのアスファルトに誰かが落としたチョコを見つけた。それは誰にも見つからないような影の中に、ひっそりと存在していた。いつからあったのか、アリがきれいに二列に並んでチョコを運んでいる。ふと、アリが目的地まで歩けるのは、仲間がつくってくれた道を追っているからなのだと、どこかで聞いた話を思い出す。じっと目を凝らしても、四葩にはその道は見えなかった。
二年生。
何があった訳では無いが、周りの人からの視線が気になるようになった。みんなが望む“自分”を演じられているだろうかと。居心地が悪くなり、何かと理由をつけて一人になることが多くなった。そうするとあっという間に、友と呼べる存在がいなくなった。クラスメート、知人、なんと呼べば良いのか分からないが、つかず離れずの存在ばかり増えていった。
そして梅雨が来る。ほとんど人の居ない通学路を、縁石に乗って歩いた。雨の日は、嬉しい様な、悲しい様な気分になる。独りだけの世界に浸れることを喜び、独りしか居ない世界に寂しくなる。この縁石が生死の境だとすると、落ちたときどうなるだろうなんて、ありもしないことを想像しながら、手持ち無沙汰に傘を回した。
三年生。
日常に息が詰まる。最近、将来の進路についてよく聞くようになった。教室でさえ誰も話しかけて来ないよう、イヤホンを着ける習慣がついた。
チョコのように、元の個性を溶かして、消して、カタにはめる。みんなみんな大人という同じ形にならないといけないのに、その過程は自由に選べという。周りの人に見えている将来像が、四葩には見えなかった。軌跡も奇跡も何も無い。自由とは? 自分とは? 選択肢が増えるたびに、縛りが減るたびに、分からないものが増えた。
進路希望の紙を、書いて消して書いて消して捨てては書いて。一番大人達が望むであろう進路に決めた。気がついたら、雪が解けて春が来て────自分という輪郭さえも分からなくなっていた。
卒業の日、想い想いに夢を語り輝くクラスメートをよそに、ポツリ四葩は教室にいた。疎外感。自分はこの世界に存在しているのだろうか?
久しぶりに感じた視線に、四葩は振り向いた。自分を見つめていたのは、数少ない同じ通学路のクラスメートだった。普段彼は自転車なので、そこまで顔を合わせることはない。だけど彼は自分を認識していたのか。…………自分を知っている人がいる。なら、ならば、良いのではないか?
「ありがとう」
小さくささやき、四葩は初めて自分の意思で選んだ、自分だけの門出を祝うことにした。