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短編集「死の物語」

最初で最後の贈り物

作者: 九十九疾風

少年は、ゆっくりと彼方に話しかけた。


「はじめまして。君、名前は?」

「……彼方。海空 彼方」

「彼方ちゃんか〜。俺は三ツ矢 健汰。よろしく」

「よろしく……」


2017年4月8日。この日が、2人が出逢った大切な日になることを、この時の2人は知る由もなかった。


2人が本当の意味で恋人になるのは、それから約半年後の10月のことであった。

その日、彼方は病気の発作に襲われていた。それも、学校の授業中に。心臓を抑え、苦しそうにうずくまるようにしている彼方を、健汰は急いで保健室に連れて行った。


「……あれ?私……」

「よっ。大丈夫か?」

「もしかして……」


保健室のベットに寝て、発作が治まってきた彼方は、ゆっくりと周りを見た。


「発作……しばらくなかったんだけどな……」

「発作?ってことは、なんかの病気?」

「……後悔……しない?」

「え?な、なんだよ急に……まぁでも、俺は後悔はしねぇよ。なんたって、いつだって前を向いてるからな」

「なにそれ……でも」


彼方は少し言い淀んでから、ゆっくりと口を開いた。


「健汰になら……教えてあげる。私の病気」


彼方は、ポツリポツリと、絞り出すように言葉を重ねた。自分の病気は治せないこと。ずっと病院で生活してたけど、最後の思い出のために今こうして学校に通ってること。そして──


「私……あと半年で死ぬの」


余命が、決まっていること。

健汰は、何も言わずに聞き続けた。そして、彼方の手をそっと握った。


「なら、その半年を全力で楽しまなきゃな」

「あはは……どうしたの急に」

「そのためにも、俺は彼方がこうやって話してくれたことを、後悔させたくない」

「……え?」


健汰はじっと彼方を見つめ、大きな1歩を踏み出した。


「だから、彼方の最後の時まで、俺は彼方の隣にいたい」

「……え?それって……でも……」

「大丈夫だ。彼方が心配することは、何も無いから」

「……本当に……いいの?私……もうすぐ死ぬんだよ?」

「何度でも言うぞ。俺は最後の時まで、彼方の隣にいるって」


彼方の目から涙がこぼれる。ずっと下を向いていた少女の目は、初めて健汰の真っ直ぐな目と合った。


「そっ……か……ありがとう……」

「何泣いてんだよ。今から始めようぜ。最後の思い出作りを」

「うん!」


そして、2人はそれからの日々の中で、たくさんの思い出を紡ぎあった。遊びに行ったり、一緒にご飯を食べたり、他愛のない話をしたり。彼方にとって、人生で最も色付いた、最高の日々だった。

でも、そんな日々が長くは続かないことは、誰よりも彼方が知っていた。



2018年3月30日。彼方は、病状の急激な悪化により、緊急入院することになった。幸い、大事に至ることはなく、4月1日には自宅に戻ることが出来たが、歩くことが出来なくなってしまっていた。

最期が近いことは、誰の目にも明らかだった。

彼方は、最後の力を振り絞って一通の手紙を綴った。それが、彼方から健汰への感謝の想い。そして、最後の贈り物。自分を救ってくれた恩人へ。最愛の人へ。少女は必死に、想いを文字に込めた。

少女が流した最後の涙は、手紙を綴る手に落ち、ゆっくりと流れ落ちた。



2018年4月5日。彼方が死んだという連絡を受け、健汰は彼方のもとに向かった。現実を受け止めきれないまま、ただただ、彼方のもとに走り続けた。

彼方の家に着くと、彼方の両親が健汰を迎え入れた。そして、健汰を彼方の部屋へと案内した。そこで健汰が目にしたのは、幸せそうに寝ている彼方と、彼方の上にそっと置かれた一通の手紙だった。





生きてるってことが当たり前じゃないこと。


あなたは、そのことを知っていますか?


未来も、過去も、今この一瞬だって。たった今過ごしているこの時間が、奇跡だってこと。


あなたは、知っていますか?


もし知っているのなら、その顔は、しっかりと前を向けてください。


その涙は、無理に拭わず、流しきってください。


過去を悔やむのではなく、未来を信じてください。


ああすれば良かった。こうすれば良かった。


そんな後悔は、捨ててください。


後悔は、視界を狭め、歪ませます。


後悔は、今この一瞬の奇跡を汚します。


後悔は──


……また、説教じみてしまいましたね。


ならば、これが最後の説教としましょう。


きっとあなたは、過去に(とら)われます。


それは、何年経っても抜け出せない、大きな監獄になることでしょう。


でも、あなたなら大丈夫です。


しっかりと前を見据え続けてください。


そうすれば、あなたはその監獄から抜け出すことができます。


決して下を向くな。なんて言いません。


人間なんですから。下を向きたくなる時くらいあります。


そんな時は、自分を許してあげてください。


下を向く自分を。進むことが出来なくなってしまっている自分を。


……あなたは、自分自身を過小評価してしまう癖がついてます。


何があっても、「自分が悪い」「自分の力不足だ」と。


それが、あなたの誇るべき謙虚さであると同時に、取り払うべき足枷です。


失敗全てが罪ではありません。


本当の罪は、失敗を恐れて挑戦しないことです。


何度も挑んでください。そして、何度も失敗してください。


それによって生じる失敗は、間違いではありません。


その失敗を責めること。そのことが、一番の間違いだからです。



この言葉を、私は……文字からではなく、言葉で伝えたかった。


でも、もう遅かったみたい。


……ねぇ、この手紙を読んでいるということは、私は、間に合わなかったのかな。


それとも、偶然、見つかっちゃったのかな。


後者なら、すぐ近くにいるであろう私に、そっと笑いかけてね。


もしあなたが、私のすぐそばにいて、この手紙を読んでいるなら……


泣いているのかな。


笑っているのかな。


私は……どんな顔して、君の前で眠っているのかな。


その答えを持ったあなたと、何十年後の春に……また会いましょう。


もし次会った日には、たくさんお話を聞かせてね。


私が止まってしまった後の、いつまでも進んでいく世界の話。


大丈夫。私はそばにいるから。


いつまでの君の、隣にいるからさ。


だから……君はちゃんと生き続けるんだよ。


私のことを忘れないで。なんて言わないよ。


ただ、1つだけわがままを言ってもいいなら……


1年に1度だけ、私を思い出して欲しい。


あなたと出会った、あの春の日を。


桜の雨の中、初めて目が合った、あの春の日を。


これからあなたが歩いていく時間を一緒に歩けないのは残念だけど……


私はいつまでも、あなたの隣にいるから。


あなたを、ずっと見守っているから。


だから、あなたは、あなたらしく、ずっと前を向いて生きてください。


私から贈る言葉は、これが最後になっちゃうけど……私はいつまでも、この言葉を紡ぎ続けます。



あなたに出逢えて、本当に幸せです。

私の人生に、色をくれてありがとう。

私の心を、救ってくれてありがとう。

あなたのことを、私は、心から愛しています。






彼方が最期に遺した一通の手紙。健汰は、それを読みながら必死に涙を堪えていた。それでも、これまでの日々たちは、涙の津波となって、健汰の目から溢れ出した。


健汰は、声を上げて泣いた。出逢ってから1年。彼にとってこの時間は、とても大切な時間だった。毎日が楽しかった。幸せだった。だからこそ、涙が溢れて止まらなかった。


現実だと思えなかった。思いたくなかった。でも、お通夜に参列した時、彼方の死が現実であることが大きな後悔として彼に降り注いだ。


「後悔は捨ててください」


彼方の手紙に綴られていたこの言葉が、後悔の中で溺れそうな健汰を支えていた。健汰は、ずっと上げることが出来なかった顔をゆっくりと上げた。そして目に入ってきたのは、幸せそうに笑う彼方の遺影。涙は、まだ止まらない。


お通夜が終わったあと、健汰はもう一度、手紙を読んでいた。涙で少しくしゃくしゃになってしまった手紙には、彼方の文字で彼方らしい言葉が綴られている。


自分が彼方を助けようと思っていたのに、実際助けられてばかりだったな。と、健汰は呟いた。


健汰は、大きく深呼吸をした。後悔は、まだ無くならない。でも、涙は止まっていた。




健汰はゆっくりと歩き出す。夜の道を、しっかりと前を見据えながら。







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― 新着の感想 ―
[良い点] 手紙で気持ちを伝える所がとても心に残りました。言葉の一つ一つが自分の中にスっと入ってきて、気持ちが込み上げて来ました。健汰君では無いけれど、自分に刺さる言葉があり、読む時に気持ちが入りまし…
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